禁足地に拠点があったらかっこいいよね!

 


 相手するのが面倒な後輩に、神様との契約だけはぼかしながら今日までやった事を伝えた。

 神様との契約だけは、誰にも漏らすわけにはいかないのだ。人類へのサプライズに例外は作らない。



「でも先輩、実際他に何をするんです?」

「それもこのリストに書いてある。やりたいことに合わせてやれることからやっていくんだ」


「つまるところ……?」

「今日は悪の組織を立ち上げる」


「おー」

「組織の名前、何がいいかねー」



 ゆるっと、ああじゃないこうじゃないと言い合って……最終的に〖愚者の寓話フールフェブル〗に決定した。

 特に深い意味は無い。理由を絞り出すとしたら、響きがかっこいいとかだろうか。



「あー、んん゙! 〖愚者の寓話フールフェブル〗のボス――“Mr.Evil”モードはこの声、この姿、この口調でやっていこう」





変態指輪メタモルリング】で自分の顔のまま老けさせ、二十代半ばでストップ。

 他を変える必要は無いだろう。

 イケヴォのトッピングで雰囲気を出したら、野望を抱える悪役の完成だ。



「せんぱぁい♡ そのイケボは耳が孕んじゃいますよぉ。責任、とってくださいね?」


「……我は世界にとっての必要悪。ゆえに不幸や試練はもたらそう。しかし、我が下につくのであれば、一切の希望を捨てよ。幸福を享受することすなわち我が意に背くと知れ」



 面倒臭いのでMr.Evilと名付けた悪の親玉の皮を被ってはぐらかす。

 なぜか更に「はぅ……」と床に伏せながら目が錯乱しているが、きっと重度の花粉症なのだろう。そういうことにしておく。



「ふぅ、取り乱してしまいました。先輩は意地悪なんですから。……ところで、さっき目がボッて黒い炎みたいに光ったのってなんですか? やっぱりスキルとかですか?」

「え、俺の目、ボッてしてたの?」


「はい、完全にボッて」

「ボッ……?」



 スキルオーブは俺の目標を踏まえたスタイルや、神様社会の事情を鑑みるにあまり使わないようにしようと考えているのでありえない。

 可能性があるとしたら【変態指輪メタモルリング】が何かしたのだろうか?


 ……ダメだ、推測の域を出ないな。

 そんなかっこいい演出、再現性を確保しておきたかったが結論は出なさそうだ。



「――力の適合、その予兆だろう。丁度いい」


「あ、これ適当言ってるやつですね」



 鋭いヤツめ。まあとりあえず当初の予定通り、悪の組織を創る――その最初の段階として拠点の確保が必須だ。




「加藤……いや、一般人なら組織の名前を設けた方がいいか。好きに名乗るがいい」


「じゃあ佐藤桃香で」



「却下だ」

「好きに名乗れと言ったのは先ぱ――ボスじゃないですか!」



 この後輩、気付いたら外堀を素手で埋めに来るから恐ろしい。別名で俺の名字を使おうとする馬鹿がどこにいるというのだ。



「ブー、じゃあボスが決めてくださいよー」


「…………そうだな。貴様はアポストル。EvilApostle使徒なんて適任だろう?」



「せ……ボス!」



 今にも(性的に)襲いかかってきそうなギラギラとした視線が向けられる。俺は瞑目で拒否の意志を示してため息をつく。


 こういう感情さえ向けてこなければ完璧なのにな。俺の意向をなぜか察知してたまに昼食の欲しいパンを勝手に買ってきたこともあったし、たまに道場破りの手伝いとして良さげな道場を教えてくたり。



 ……あれ、俺ってこいつのことナチュラルにパシリにしてね?


 いや、うん。でも加藤が勝手にやってるだけだしな。告白だって幾度となく断ったのに勝手に俺のためになることをするから恐怖ですらあるのだ。



「アポストル、準備完了です!」


 俺が罪悪感を抱くべきか迷っている間に、加藤もといアポストルが俺の分の靴まで持ってきてくれた。




歪曲腕輪プシュケシンゼス】で転移できることは教えたので、おそらくそれを使って何かしに行くのだと察して用意してくれたようだ。

 ぐう有能。



「しかし貴様、それでは素顔を晒すことになるぞ。しばし待て――」



 自室の押し入れにあるミシンを取り出し、昨日念の為買っておいた布地でササッと姿を隠せそうな外套を仕立てた。


 ササッと、なんて言っても実際は人並みの時間かかったが、即席にしては上出来だろう。


 これも全知全能に憧れていた修羅の道を歩んだ過去の俺のおかげだ。別に転生者とか天才とかそんなものではない。血のにじむ努力と全知全能への憧れ、そしてひとつまみの中二魂があれば俺みたいな人間にはなれるはずだ。



「これでそれなりに誤魔化せるだろう。行くぞ、手を取れ」


「はい! あっ、先輩の手、ゴツゴツしてて男らし――」



 昨日帰りに野良猫で実験したのだが、他者を転移に巻き込むには使用者との接触が必要なのだ。

 こうやってアポストルを喜ばせるためにしているのではないため、無視して目的の場所へ転移した。



 ▽▽▽



「ボス、ここは一体……?」



 ここはある山の山頂。

 以前修練の一環で登頂したことがある場所だ。あの時は俺の人生における師範せんせいも一緒で、彼女とここに掘っ立て小屋を建てたのだった。


「ここは公式には人類未踏の地、チベット高原西方に位置するカイラス山だ」


「道理で雪が積もってるわけですか」




 カイラス山は色んな宗教の聖山とされており、標高6656mの山頂ここには届かないが下りたところでは巡礼地となっている。

 山中では時の流れが変わるとか、途中にある2つの湖の伝説もあったりするが、大事なのはここに他の人が立ち入れないという点にある。



「あれ? 先輩あれって――」


「ボスと呼べと…………ダンジョンか?」




 掘っ立て小屋の傍に、人が一人入れる穴があった。ここを建てた時にそんなものを見た記憶は無い。



「……死にたくなければ我から離れるなよ」

「はい」


 アポストル加藤を抱えて穴に飛び込む。

 数秒の垂直落下運動の後、床が見えたのでスタっと鮮やかに着地した。


 ここはダンジョンなのだと第六感が告げている。雰囲気がまんま地元のと相違ないのだ。


 だが、明らかに違う点があった。



「一本道に扉か」

「どうします?」


「先を見ておくべきだろう」

「ですね!」



変態指輪メタモルリング】で変身した時についでに腰に差しておいた2本の長剣を抜いて扉の奥へ進む。

 コツコツと大理石の床を踏んでいくと、背後の扉がひとりでに閉まった。


 そして大きな部屋の中央に、牛の特徴を持った怪物がどこからともなく現れた。




「ミノタウロスといったところか。アポストル、扉の前から動くなよ」

「はい!!」



 純白の肉体から、バチバチと電気らしきものが迸っているあたり、ただのミノタウロスではなさそうだな。



 〈ウルゥオオオ!!〉



 ミノタウロスの姿が掻き消えた。

 ――否、俺の横に一瞬で移動したようだ。

 そう知覚した瞬間、やつが持つ斧が眼前にあった。


「速いな。――だが、それだけだ」


 1本の剣で攻撃の軌道を僅かに逸らし、もう1本でそちらに斧が逃げるように振り払う。


 俺の師範せんせいの動きの方が100倍速かった。技量があった。



 目の前のこいつにあるのは人外特有の活かせていないパワーだけだ。全知全能を夢見ていた俺にとっては障害になり得ない。


 〈ウルゥオオオアア!!〉


「まったく、単調だな」



 雷を振り撒きながら四方八方から俺に斧を何度も振るうが、その全てをいなす。

 もう十分だろう。速度にも慣れてきたし、戦いの感覚も戻ってきた。観察は終わりだ。



「その白き肉体を真紅に染めてやろう」



 やつの隙の大きい横振りを見切り、タイミングを合わせて斧を足場にやつの背後に跳躍。


 片方の剣を背中から心臓らしき脈打っている箇所に刺し、回し蹴りを食らわせて剣を押し込んだ。

 何かが砕ける音がした後、剣がその勢いのままミノタウロスの体を貫通し、扉の横の壁に突き刺さった。



「ひぃぇっ!? ちょ、危なかったんですけど!?」


「扉の前から動くなと言っただろう。言いつけを守ったから当たらなかった、それでいいだろう。それより――」



 報酬だ、とミノタウロスがモヤとなって消えた場所に現れた宝箱を指す。

 冷静さを取り戻したアポストル加藤は、それを見て唾を飲み込んだ。


 俺はズカズカと歩み寄り、躊躇なく箱を開けた。



「……概念断片シーカースケルトンか?」

「この謎の立方体がですか? 何に使うんですかね?」


「さぁな。欲しいか?」

「頂きます」


 解析できる概念断片シーカースケルトンは自室に置いてあるため、性能は帰還後に確かめればいい。


 無色透明なキューブを渡すと、アポストルはそれを手の中に収めた。何か起きろ〜と力んでいるが何も起きない。時間を無駄にしたくないので、そんなアポストルを引きずりながら、部屋の奥に現れた階段を下りることにした。



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