世界の真実、偽りの創造

 



 しばらく脳内でマッピングしながら進むと、漫画とかでよく見るモンスターと出くわした。

 軽く尖った耳に茶色混じりの緑色の肌、薄汚れた布切れを纏ったそいつは、ファンタジー作品でしばしば登場する“ゴブリン”であった。

 醜悪で狡猾そうな顔の造りは、現実として対面すると大変気持ち悪く生理的嫌悪感すらもたらされるほど。



「こんな序盤で人型か……」



 ここを作った存在は人間の繊細な心を知らないタイプと見た。


 そんなことを考えていると、こちらを品定めするような視線を向けてヨダレを垂らすゴブリンがこちらに寄ってくる。これは下手なホラゲーより怖いかもしれない。




「安っぽい殺意に、拙い突撃――ぬるい!」




 カッコつけて低音イケヴォを作りながら、相手の棍棒を避けてアイアンクロー。

 突撃の勢いもなんのその、地面に叩きつける。

 隙なんて与える間もなく全力で顔面を踏み抜く。

 何度も何度も、呼吸の音が聞こえなくなるまで。



「感触は生々しいのに、返り血は無く死亡時にモヤとなって消えると」


 こっちには不快感を与えた上に倒したことによる獲物の拾得物も……お? 何か落ちているな。

 モヤが消えた後に残った何かを拾う。



「ゴブリンの眼球か。キショいな」



 何に使うのかと首を傾げながらも、有効活用できる日が来ることを祈ってリュックに放り込んだ。


 弱すぎて興が削がれたが、再度探索を続行。



「ステータス! オープン! 開示! やっぱ無いよなー」



 SNSでそういう要素が無さそうなのは知っていたが、こうして実際に自分で現実を確認すると改めてガッカリしてまう。


 しかし、しかしだ。

 外の自衛隊員しかり、ダンジョンに潜った者のSNSから察するに、素の身体能力も上がるのではないかと考えられる。

 実数値が見えないだけでレベルアップに近い現象は存在する可能性が高い。


 ――大量に狩って確かめるか。


「そうと決まれば効率重視に切り替えるか……いやでもこのダンジョンに自衛隊の部隊が来ているかもしれんし――」



 その場合、俺のやりたいことに支障をきたす。

 盛大にハッスルするか、はたまたこのまま人と遭遇しないような慎重な立ち回りを継続するか。

 ウームと頭を悩ませて歩いていると、ふと違和感を覚えた。



「随分と露骨なだな? どんな罠が待っていることやら」



 壁の材質がレンガ1ブロックほどだけ異様に硬質な部分があった。見た目ではほとんど見分けがつかないが、俺を舐めてもらっちゃ困る。

 こちとら中学の時に理科のテスト勉強で、岩の種類や周期表を覚えるためにこの世の色んな物質を用意して五感でじっくり堪能したのだ。


 ここのダンジョンの壁は周辺の一般的な地層と同じものだ。匂いで分かる。だからこそ異物も匂いで分かるのだ。



 ……え? 何でテスト勉強でそこまでやるのかって? そりゃあもう俺が中二病だからだ。

 全知全能への修練としてはごく一般的な手法なはずなのだ、知らんけど。




「ポチッとな」



 この世のものではないであろう材質の壁を押してみる。すると壁が自動ドアのように開いた。


「隠し扉か。のってやろう」



 俺は欠片の躊躇も見せずに隠し扉の先へ踏み込んだ。



『人の子よ、よくぞここを見つけましたね。本来であれば特殊なスキルが必要になるように作ったはずですが――』

「こんにちは。俺は佐藤幸樹こうきですけどあなたはどこのどなたで?」


 いきなり前置きを語り始めた、フワフワした光の粒子の人を遮って挨拶する。

 なんか上位存在っぽい雰囲気を醸し出しているが、「初対面の人には自己紹介をする」という常識くらい知っておいてほしいものだ。


 俺が「他の人に迷惑をかけちゃいけない」とか「危険なナイフを放り投げちゃいけない」とかの常識を無視しているのは……うん、知らん。倫理観よりコミニュケーションの方が俺にとっては大事なことなのだ。

 俺の行動指針であるかっこいい状況というのは、他者との複雑なコミニュケーションが必須であり、倫理観なんて邪魔ものでしかないのだから。


『あ、私はいわゆる神です。“蒼地の世界”担当――エトラと申します』

「“蒼地の世界”? 地球の神様版呼称っすか?」



『そのようなものです。……どうやら本題に入ってほしいという要望を抱えているようなので、早速お話しましょう』

「おー、さすが神様、テレパシーも使えるんですねー」


 声の波長的には女神様が正しいかな。

 五感には自信があるから多分あってるだろう。


『ここに辿り着いた報酬として、どんな質問にも私が答えます。そして更なる、スキルオーブや概念断片シーカースケルトンを差し上げます』

「……じゃあまずはいくつか質問を。スキルオーブが特殊な能力を習得するやつってのは知ってますけど、そのシーカーうんちゃらはどういう物なんです?」


『そうでした、まだダンジョンを用意してから1日も経過していないから《鑑定》系のスキルや概念断片シーカースケルトンも発見されていませんよね……』



 姿は不明瞭だが、失念していたと手を頭に当てている。その様子からするに初日からここを発見されるのは想定外だったようだ。



概念断片シーカースケルトンは、特定の事象を引き起こすことができる道具です。オーブで習得できるスキルの中で直接的な超常現象を発生させるには《魔法》系のスキルしかありませんが、概念断片シーカースケルトンは《魔法》系のスキルの上位版といったところでしょうか』



 ――なるほど。スキルは《魔法》を除いたら、先程話していた《鑑定》とかの内面的な技能がメインというわけか。

 おおよその情報は手に入ったから次の質問に移行しよう。



「では、テレパシーがあるのに今質問させている意図は?」


 もっと聞きたいことはあったが、何となく釈然としなかったので尋ねてみる。



『漠然とした感情の機微が分かる程度だからです。そこまでの万能さは持ち合わせていませんよ。他の上位の神ならできるかもですが……』

「神様も縦社会なんですねー」



 このままの流れだと愚痴がボロボロと止まらなくなりそうな気がしたので、さっさと大事な質問を投げかけよう。



「はい、次の質問なんですけど! あなたがダンジョンとかを作った目的は?」




『――世界のです』



 ほう。

 原因ではなくそれが目的にくるか。



『各世界は様々な要素で昇華していきます。そして、ここ――“蒼地の世界”は第三段階への昇華を控えているのです』

「その昇華にダンジョンやらが必要だったと」


『正確には人類が、今回導入したを手にすることが必要なのです。ここの……日本でしたか?』


 国名に興味が無いのか不安そうにしていたので、「合ってますよ」と相槌を打って続きを促す。



『日本では書物で異世界に関する物語があり、そこにステータスやその他の要素があるのですが、それらは第三段階から世界に適用されるのです』

「ダンジョンやスキルが先に適用されたのは良いんですか?」


『それが昇華条件であり、第三段階以降では揺るぎない常識ですから、人類に慣れさせるといった狙いがあります。そしてそれらを導入するのは私達、担当を受け持つ神の仕事ですので』

「……お仕事お疲れ様です」


『いえいえ、この世界は穏やかなので他の神よりはのんびりできていますよ』



 俺の中で前提知識は大体把握出来た。

 この神を名乗る光の粒子が幻だったり神を騙る敵性生物の可能性もゼロだろう。俺の直感が教えてくれる。

 昇華に関するのメリットについて触れない辺り、神様の社会と昇華させる理由は何となく察しがつくが――まだいいか。


 しばし自身の目的と現状、すべてを反芻してから俺は口を開いた。



「提案があります。――いや、対等な交渉か」



 低音イケヴォに切り替え、口調も変える。言うなればラスボス口調である。

 そんな俺の戯れに対し、困惑しながらも神様は耳を傾けている。



「そちらには昇華の促進、進展を提供しよう。そうだな、猶予は多めにとって3年だ。おそらくそこまでかからないがな」



『……』



 この反応、やはり世界の昇華によって神は何らかのメリットがあるのだろう。消極的なていを装っていたが、最低限の野心くらいは持っているようだ。



「代わりに、こちらの言うことに二回だけ従って欲しい」


『二回、ですか』




「一回目はこの場で言おう。概念断片シーカースケルトンを3つ用意して欲しい」


『それはもともとここへ辿り着いた報酬もありますし構いませんが……』



 もう一つのお願いごとが気になるようだ。

 俺はニヒルに口角を上げ、とんでもない条件を伝える――――




 その日、俺と神様だけが知る世界の偽りが創られたのであった。


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