〈001.時代の変革に立ち会って意味深に独り呟く〉
――俺、佐藤
いや、もちろん表面上は普通の男子高校生だ。誰もが抱える内なる男児を捨てることもできずに未だ患っているだけ。
しかし、それも昨日までの話。
『昨夜0時、世界各地に不審な地下空洞が出現しました。日本には現在確認されているだけで六ヶ所の空洞が発見されており――』
この世界に今日からファンタジーさんが来訪してくれたようで…………ようやく、前々から用意していた人生でやりたいことリスト100選を達成させられるのだ。
本来なら困惑したり状況を呑み込めなかったりするかもしれないが――「もし現代にダンジョンが現れたなら」なんて妄想をした経験があるから動じることなどない。
ふふふ……。
「――時は満ちた。今この瞬間、世界は真なる産声を上げるだろう。…………よし、〈001.時代の変革に立ち会って意味深に独り呟く〉完了っと!」
まあ、俺っていい子だからそんな大事な瞬間はとうに寝過ごしたんだけどね。
今は土曜の朝9時、9時間遅れの産声と言えるかもしれない。人間でも産まれてから少しして泣くこともあるし、それが世界規模なら9時間の誤差もセーフということで。
「おにぃ何してんの? ノートなんか開いて」
「べ、勉強だよ。勉強。それよりお前は……ああ、部活?」
堪能していて背後の気配に気が付かなかった。
妹が部活の用意を済ませて出発する時間らしい。
俺はやりたいことリスト100選が書かれたノートを閉じて妹――
「何かすげーことになってるのに世間様は平常運転なんだな」
「そりゃあ私だって興味はあるけど、無謀にも侵入した死傷者まで出てるらしいし、今は自衛隊が見張ってるみたいだよ?」
「ゲームみたいな話じゃないのは分かるが……自衛隊ねぇ」
大手SNSのトゥベッターで流れてる海外の情報を信じるなら、モンスターが発生するダンジョンには宝箱があり、そこには超常現象を引き起こす
鵜呑みにするつもりはないが、俺も健全な男の子だ。ワクワクする。
――そんな最高の
やりたいことリストを完遂するには、ダンジョンの自由な出入りが必須なんだ。
「おにぃ? どうしたの急に目瞑ったけど病院行く?」
「いやいい、眠気がまだな。ところで母さん達は?」
「いつも通り買い物デートだよ。じゃ、そろそろ私行かなきゃだから」
「そか。いってらー」
「ん、いってきまーす」
まったく、こんな非日常に浮かれないなんて、俺の家族は大人ばっかりだ。休日とはいえ朝からデートしてる両親は別の意味で浮かれているけど。
「さて、俺も着替えて行動しようかねー。まずはダンジョンに行かなきゃ始まらないしな!」
幸い電車で2駅行ったところにダンジョンが出現しているのはSNSで把握済みだ。自衛隊が警護なりなんなりしているだろうが、方法はいくらでもあるからな。
俺はテーブルに置いていた野菜ジュースを飲み干して、ソファから立ち上がった。
▽▽▽
「いいねぇ」
ダンジョン探索の支度を済ませた俺は、電車でダンジョンがある町までやって来ていた。自衛隊が出張ってる入口周辺には、当然のように群がる承認欲求まみれの俗人らがスマホを構えてシャッターを切っている。
中には報道局の腕章をつけた人や、キャピキャピした動画配信者、Metuberらしき人も居る。
自衛隊員もこんな気色悪い好奇の視線を浴びせられて大変そうだ。
――俺にとっては都合がいいことだが。
これだけ密集していれば
目立たないどこにでもいるような冴えない男子の格好をした俺は、出処を誤魔化すために軽く腰を落として大衆に紛れる。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!」
奇声ともとれる悲鳴を上げ、準備しておいたサバイバルナイフを適当に地面に転がす。
ナイフは昔無人島に漂流したら必要になると買っておいた物だ。持ち主の特定を防ぐための小細工も欠かせない。
俺はナイフを持っていたスーパーの無料のビニール袋数枚を手から外し、すぐにリュックに仕舞った。
「な、ナイフ!?」
「ひぃぃ!!?」
ナイフを発見した人から恐怖が伝播して、大衆が揺らぐ。ナイフから遠ざかる者、その場で状況を呑み込めずに右往左往する者、カメラを構える者――そして、騒ぎに乗じてダンジョンに潜ろうとする者。
俺はそれを見てほくそ笑む。
自衛隊員は騒動を一瞥しながらも、持ち場から離れることはない。ダンジョンに入ろうとする者達をたった2人で止めさせ、何らかの説教をした後に別の隊員に連絡している。
持ち場最優先で、他の隊員があのじゃじゃ馬共を引き取るのだろう。
「予想通りっと」
俺はチラチラとその様子を確認しながら、ダンジョンの入口の様子を映している監視カメラにスーパーで回収した小さめのダンボールを被せていく。
被せると言ってもカメラ同士が映るような配置なので、人混みの中から放り投げてセットしたんだけどね。
猶予は少ない。
異変に気付いた自衛隊は現場の隊員に無線で連絡を入れるだろう。だが、それでいい。幸いここにいる隊員は少なく、僅かでも引きつけることができれば大金星なのだ。
なぜなら、隙を作りさえすれば――
「今だ!」
「うおおお!」
「チートハーレムはワイのもんじゃああ!!」
「待ってな俺のエルフ嫁!」
自衛隊員の意識が、無線越しに伝えられたカメラのことに向いた瞬間、策無し脳無し共がここぞとばかりにダンジョンへ侵入していった。
「君達待ちなさい!!」
「指令通り俺が保護に向かう! ここは任せたぞ!」
「ああ、気を付けろよ!」
2人居た自衛隊員の片割れが急いでダンジョンの中へ入っていった。
予定通りだ。
馬鹿な生贄が現れるとは思っていたから、様子を見て自衛隊員の行動を読むという目的は達した。
追いかけずに持ち場から動かないなら強引に侵入すれば良かったが、これはこれで良い状況だ。
警察と大衆は先程のナイフによる通り魔事件(捏造)に気を取られている上に動揺により入口を囲う“侵入禁止”のテープを普通に越えてしまっている。カメラを覆うダンボールは未だ健在、自衛隊員は1人だけで持ち場から離れられない。
――最後の一押しだ。
「わぁっ!?」
「きゃっ!」
「ちょ、押さないでよ!」
「おい押すな……!」
「あっ――」
侵入禁止のテープを越えた大衆を押して、わざと転倒事故を引き起こす。隊員の眼前でドミノ倒しになる野次馬達。
さすがにそれを見過ごすことのできないお人好しな隊員が、それを正面から受け止めて支える。
あの支えている異様な力、やはりダンジョンに潜った者に与えられる恩恵がありそうだ。
俺はそんなことを考えながら、騒ぎに乗じて隊員の死角からあくまでも自然に、日常の一コマのような違和感のなさを保ったままダンジョンへ入った。
「ダンジョンの攻略に人員が割かれてしまうのは分かるが、せめて10人は用意しないとこうなるってのにな」
俺はそう呟いて、先に侵入した馬鹿とそれを追いかける隊員の声がしない道を選んで進んで行った。
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