第3話

 星の出ない闇夜。どこか遠くから狼の鳴き声がする。空に手を伸ばすように奇妙に伸びた木々は大きな森をつくり、その鬱蒼とした森の中には大きな城がある。黒を基調とした城にはガーゴイルを模したレリーフがいくつも取り付けられていて、その造りは繊細で真に迫っており今にも動きそうだ。


 その城の一室で、大きな角の生えた女が椅子に座ってワイングラスを傾けている。平民ではとても手の届きそうにない、がっしりとした1人用のソファ。座面とひじ掛けは柔らかいベロア素材で包まれ、背面と脚には金の装飾が施されている。ソファのひじ掛けに片肘をかけ、女は言った。


「ミン、人間共の様子は」


 女の向かいには長い赤毛を肩に垂らした男――ミンが座っている。耳の先は細長く、人の耳とはかけ離れた形。整った顔立ちが余計に人間離れして見える。彼は女のソファよりいくらか質素なソファに座り、自分の膝に両肘をおいて前のめりになりながら言った。


「前線は停滞。人間達は物資を補給しながら前線に留まっているようですね。前線の南側では高見櫓の建設が始まっている。何か企んでいますよ、あれは」


 グラスに残った赤いワインを覗き込むと、彼女の大きな瞳がワインに溶けてしまうようにも見える。二人の間では大きな暖炉につけられた焚火がパチパチと音を立てていた。


「前線を、随分押し上げたつもりだったがな。人間達のことだ、前線の衰勢を変えようと思っているのだろうが、そんなこと可能だろうか。ゴーレム達の様子は?」

「ルティーナ様の采配どおりに配置されているようですよ」

「ふむ……」


 ルティーナは毛先が巻いたくせ毛をひと房指でつまんでクルクルと回した。


「南の櫓はデコイかもしれませんね」

「とはいえ南の勢力を薄めるわけにはいかない。北東に派兵を。それからスライムどもに偵察を命じておこう」

「スライムですか……」

「どうせ動かんのでな、地竜にでも運ばせるさ。働かんのならドラゴンの餌かマンドラゴラの肥料にするぞと脅せば多少は動くだろう」

「だと良いのですが。私も出来るだけ鳥の目を使い前線を監視しておきましょう」

「ああ、頼むぞ」

「では私はこれで」

「もう寝るのか?」

「鳥の目も力を使うのでね。それに魔族じゃない者からすると魔王城は居心地がよくない」

「それは悪かったね」

「いえいえ。私も好きでやっていることですから」

「本心だと思っておくよ」


 にっこりと笑うと、ミンはグラスに残ったワインを飲み干しソファから立ち上がる。うやうやしくルティーナにお辞儀をすると、ゆっくりと部屋から去っていった。




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