第2話
全身に強い衝撃を受けたとき、栄太の脳内にはなぜか昔の記憶がよみがえった。自分よりも出来が良く人当たりも良かった兄。それから、そんな兄を宝物のように大切にしていた両親。昔は兄とも仲が良かったが、両親が自分を見て失望した表情をすることが増えると自然と兄との会話は減っていった。
中学・高校とぱっとした成績はとれないまま、努力はしたが兄ほどの大学には入学できず、大学でも少ない友人とたまに遊ぶ程度で華やかさとは無縁の生活だった。恋人の1人でも出来ればと思っていたが、そんなチャンスもないまま4年がすぎた。
「たまには帰ってくれば?」
お愛想程度の両親からのメッセージに、仕事が忙しいからと返事をした。そうして実家に帰らないまま、自宅と職場の往復をしていた挙句がこの様だ。
「何やってるんだろうな、俺」
「――と言いますと?」
どこからともなくしゃがれた声がして、栄太はひどく驚いた。目を大きく見開くと、皺だらけの老いた男が栄太のことを覗き込んでいた。
「えっと、お医者さんですか……?」
聞きながら老人の服装へと視線を落とした。白を基調としたローブに金糸の刺繍が施してある。とても医者とは思えない。老人はホッホと笑って首を横に振った。栄太は困った様子であたりを見回した。白いレンガで作られた一間に20人以上の人間が集い、彼を囲むように立っている。地べたに横たわっていると気が付いた栄太は体を起こして立ち上がり、体についた埃を払い落した。
栄太を取り囲む人々はなぜか怪訝そうな顔で彼を見ている。ひそひそと囁き合っているようだが、何を言っているのかまでは聞こえなかった。
「お名前を伺ってもよろしいですかな?」
老人が言った。
「えっと、個人情報、なんですけど」
「個人――?」
「あ、いや。加藤です」
「カトウどの。いやはや、ひとつお尋ねしますが、あなたは男性で?」
「は?」
「いやね、見れば分かると言われればそうじゃが。念のため」
「男です」
そう言ったとき、周囲がどよめいた。誰かが「こんなことは歴史にない」と言ったのが聞こえた。
「あの、すみませんけど、ここ何処なんですか?」
「ワ―リオ帝国じゃよ」
「帝国……? 日本ですよね」
そういうと、老人ががっかりした顔をした。
「あ、変なこと聞きましたよね。ごめんなさい」
「いや、いいんじゃよ。こっちこそ申し訳ない。おそらく失敗したようじゃ」
「え? 失敗?」
「……」
老人は申し訳なさそうに目を泳がした。
「失敗って、なんですか? 手術失敗したとかじゃあないですよね?」
「違う」苛立たし気な声でいった。「我々は聖女を召喚しようとしたんじゃ」
「――聖女?」
「そう、聖女」
「俺、男ですけど」
「だからさっき聞いたんじゃ。男に見えるだけだったらどれほど良かったか……」
「そんなこと言われても」
「とにかく、一緒に来てもらおう。せめて王には報告しなければ。……さぞかしがっかりされるじゃろうな」
「なんか、すみません」
それ以上老人は何も言わなかった。奇妙なものを見る目でこちらを観察している人間たちの前を通り、連れられるまま栄太は一室を出た。部屋を出ると螺旋階段があり、長いこと階段を登らされる羽目になった。階段を登り切るころには汗ばみ、息が上がっていたが老人は彼を待つ素振りすら見せずに歩いていく。
(あの爺さんバケモンか……?)
ヘロヘロになりながら老人の後を追いかける。途中の廊下には毛足の長い絨毯が敷かれ、定期的に台座があった。その上には見るからに高そうな壺や花瓶が置かれており、他にも王族の絵画らしきものが無数に掛けてあった。高そうなものには出来るだけ触れないようにしながら老人を追いかけると、ついに大きな扉の前で立ち止まった。
老人は扉の前に待機していた警備兵に何か耳打ちしている。兵士たちは驚いたように少しのけぞり、それから栄太の方を見た。2人の兵士はぼそぼそと何か話し合っていたが、意を決したように頷くとこちらへ手招きをした。
栄太が近づくと「何も話すな。失礼の無いよう、ずっと俯いていろ」とだけ言って返事も待たずに扉を開けた。何が何だか分からない栄太の腕をがしりと掴むと、老人は栄太をものすごい力で引っ張りながら扉の奥へと進んでいった。
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