ゆまキチの部屋1


 とある動画配信サイトのチャンネル。名を「ゆまキチの部屋」。登録数は個人のゲーム実況者としては少し多いくらいである。ゲームセンスが格別にいいわけではないが、堅実なプレイを好むタイプであるために、超プレイは見られないが良プレイは見られると評価されていた。また、声がかっこいいことと、たまに顔出しをしたとき映るマスクイケメンが女性からの人気の一因である。ただ、イケメンだが性癖を隠さないことや陰キャオタクが垣間見えることでファンからは大変残念なイケメンと言われていることは蛇足である。



「あー、あー。みんなこんばんは。配信始めるよっと。声入ってるよな? よしじゃあ始めていきやーす。」



 ゆまキチの部屋チャンネルの配信には、「Fantasy of another you」の文字がでかでかとが浮かんだタイトル画面が映っている。ログインするを選択すると、自分のアバターが表示され、そこに飛び込むような演出が起きてゲームの世界に入っていく。


 彼は遊馬あすま 輝一きいち、活動名は本名を適当にもじっただけのものである。彼は大路満の幼馴染であり、配信者をしている男である。小さなころから顔が整っていて、ちやほやどころか意地悪されるばかりだった輝一に、何事もなかったかのように接してくれていたのが満だった。満からしてみればイケメンというものは良くも悪くも関心を引かないだけで、輝一という存在が特別でも何でもない存在だったのだ。家は少し近めだったが、その程度のクラスメイト。輝一は満に懐いたように一緒にいたがるようになった。

 ちょっとやんちゃな同級生が輝一のこと——好きな女が輝一が好きだとかいうクソッタレな内容とか——についてケチをつけてきても、「はあそれは大変ですね」という何とも他人行儀な態度で流してしまう。そのころには満と輝一はセット扱いされ始めていたために、輝一より弱者っぽい満は絡まれやすかったが、ヤンキーの「てめえ聞いてんのか」という脅しも食に思いを馳せてしまっては響かないもので、そのうち満に輝一の件でからむ人間はいなくなった。それからはただただ満と仲良く遊んで飯を食って過ごしていたというような関係だ。

 


「今日さ、なんと、幼馴染がふぁんゆ始めるんだよ。俺が勧めて、そう、一緒にやろうぜって言ったんだ。キャラクリのときさあ、俺エンジョイでやるわーつったじゃん。んで俺、幼馴染いた方が絶対エンジョイできるって気づいて! ってことでえ、リスナーのみんな、あいつに優しくしてくれよ。頼んだぜ。」



 ふぁんゆとは「Fantasy of another you」の略称の一つである。他にはふぁなゆ、えふえーわい、ふぁいなどプレイヤーが呼びやすいように呼んでいる。輝一はふぁんゆ派だった。

 これは満がはじめて「ふぁんゆ」にログインする日の配信である。半ばだまし討ちのように配信に出させたのは理由がある。どうせプレイするなら配信した方がうまみがあるというのもそうだが、輝一は満の食事風景が好きだったので、それをリスナーに共有したかったのである。理由は何でもうまそうに食うから。それだけだが、それだけというのが結構大事で、食欲がなくても満がおいしいおいしいといいながらいい顔で食べているのを見ると不思議とお腹がすくのだった。



:幼馴染、だと

:女か

:かわいい?

:場合によってはゆまキチに優しくできない


「んだよ、男だよ。小学生からずっと仲いい唯一の友達! 配信とかそんな詳しくないからまじで優しくして。ないかもしれんけど、万が一動画見に来たとき悲しくならないような対応して。」



:なんだ男か

:一緒に遊んでくれる友達がいるなんて聞いてないぞ

:民度が問われる

:道徳学びなおしてくるわ


「ま、だから頼むわ。じゃあとりあえずゲーム始めるけども、幼馴染と合流したらあまりコメント拾ってられないかもしれないからよろ。」


:まじ? 配信のうまみが…

:ゆまちゃまと幼馴染♂のいちゃいちゃ見せられるのはちょっと

:ゆまキチのエンジョイ配信楽しみ


「いちゃいちゃかどうかは視聴者がどうとらえるかっていう話なんでどうとも言えないわ。ごめんけど、まじで幼馴染とエンジョイする件に関しては譲れんので、合わねーなって思ったらそっ閉じしてくれ。」



 ゆまちゃまがふぁんゆの世界に降り立つ。前回ログアウトした場所からのスタートだ。ちなみに、ふぁんゆというゲームでは配信する方法として、ふたつの手段がある。プレイヤーの視界を共有する形で配信する方法と、ソフトの購入によってカメラを好きに操作できるようにして撮影する方法だ。他プレイヤーからは見えない位置にカメラが浮いているような感じである。ゆまちゃまは後者を選んだ。

 満からのフレンド申請を待つ間はカメラの具合を確かめたり、リスナーとおしゃべりしたりしながら狩場で遊んでいた。話の中心は自然と満の話になっていき、今回一緒にやることにした理由等もすべて話している。どんなアバターで来るかもわかっていないので、リスナーと一緒にわくわくしていた。



:ゆまキチのアバター知ってんの?

:ロリ巨乳がリア友に知られるの草

:性癖で殴っていく


「ロリ巨乳は先に伝えた。困惑された。」


:そらそうよ

:先に伝えちゃったら楽しくないよ

:幼馴染の反応をだけを楽しみにいままで生きていたのに



「幼馴染の存在さっき知ったばかりのやつが何言ってんだ。って、おお、きたきた申請。っくふふ、ダイエット中のOmichanだって。っはっは、わかりやすいひとこと助かる。」


:ダイエット中アピール草

:そんなに強調する?

:ダイエットしない俺、悪いみたいな気分なってきた


「じゃ、いまから電話かけるし、これ以降なかなか拾えないと思ってくれ。」



 ゆまちゃまはOmichanのフレンド申請を承認し、フレンドコールを掛けた。ふたりのふぁんゆが始まったのである。

リスナーの中には「求めていない」ことをするゆまキチに文句を投げかける者もいるが、ゆまキチは知ったこっちゃなかった。悪いことをしているわけでもないゆまキチに言わせると、リスナーが配信者を選んでくれればいいだけの話なので。ふぁんゆの配信は肌に合わないと思うなら、ふぁんゆをしているときは見なければよくない? と思っている。心が強いタイプの配信者である。



:ふぁんゆ楽しんで

:幼馴染たのしみ

:男要らん

:ん? 女の子の声じゃん

:ネカマきたやん

:いやこれただの可愛い女の子や…

:おみちゃんかわいい

:おみたそかわいい

:いちゃいちゃしろ

:ぺたんこかわいい



 幼馴染の満、ゲーム内ではOmichanもとい「おみ」は、可愛らしい女性であった。アバターはもちろん、本人の話し方やことば選びが割と丁寧であるがゆえに違和感がなかった。リスナーの多くが、ゆまキチの友人像を想像するときに、ゆまキチに近しいタイプの男性をイメージしていたため、こんなに丁寧な話し方をするとは想定していなかったのだった。アバターの方向性がゆまちゃまと真逆だったのもリスナーにとっては、飽きが来にくくてちょっと嬉しい点であった。



:おみ氏食いしん坊で草

:思ってた以上に飯のことしか考えてないな

:おみちゃん、もしかして何も知らない…?

:全部教わっててワロタ 自分で調べる気がござらん…

:ダメだこの子、だれかが世話してあげないと

:ゆまキチがもう世話してんだわ

:わかった、ゆまキチがこの子をダメにしたんだ



 Omichanが冒険者登録をしに行っている間、すでにリスナーは満のことをわかり始めていた。食いしん坊で、事前調査をしないタイプで、面倒くさがりで……。



「おみ、いつも行き当たりばったりだから逆に俺と相性いいんだよ。」


:いい笑顔

:てぇてぇ?

:正反対すぎでは

:計画大好き人間と風任せ人間って相性いいんか?

:↑作られた風でも気にしないタイプなら最高なんじゃない?

:ゆまキチ、幼馴染大好きで草越えて森


「やーもうそうね、おみ以上に大切な友達は絶対できないね。おみと食う飯、一番うまいし。」


:ドデカ愛

:俺もそんな友達ほしい

:上司と食う飯まじまずい

;ゆまキチ、友達大事にしろよな…


「もちろん。」


:友達自慢してるゆまキチかわいい

:友達いない俺に刺さった

:どんまい

:お、おみちゃん帰ってきた

:冒険がいま始まる——



 冒険者登録をしたOmichanは壁を見ている。Omichanが見ているクエストたちはゆまちゃまに見えている依頼内容とは、ランダムであること以外にも冒険者としてのランクの違いによって異なってしまっているため、読み上げてもらうほかない。周りのぴりぴりした焦りの感情にあてられることなくゆったりとした空気のままクエストを選びにいったふたりであった。



:いや始まらない

:あ~本当にさくさくプレイは期待できなさそうね

:鑑定?

:バトルにはあんまり意味ないけど採取は楽できるね

:まじ? 最初からルッテ行く?

:ゆまキチいるなら(武力面では)平気



 ふたりがゲーム内のこともそうでないことも話ながら進んでいくと目的の森が見えてきた。索敵をしてできるだけ戦闘を避けていくことにしたOmichan。



:全部倒すと時間かかるってよくわかってんじゃん

:食欲のために早く終わらせようとしてるってのが残念かわいい

:初心者にしては索敵がうまいぞおみちゃん

:がんばれおみちゃん



 本人の知らないところでたくさん応援されていたOmichan。索敵を切って鑑定に集中していたらウサギに喧嘩を売らたり、ルッテ草が見つかりづらくてしょぼしょぼ顔になったりしていた。そんなOmichanだが、初クエストとしては——アドバイザーのゆまちゃまにおんぶにだっこだったことを無視すれば——結果は上々である。はじめて受け取った報酬を喜ぶまもなく、ふらりふらりと歩き出し、食へまっしぐらであった。



:夢遊病!?

:怖い怖い怖い

:やばすぎワロタ

:野性的すぎる

:え、ここすごいおしゃれな住宅街じゃん

:食べ物屋さんある?

:えー! かわいいこの家!

:突撃ww



 外観はお人形の住んでいそうな見た目だったが、店内は明るくも落ち着いた雰囲気のある空間となっていた。日の光を取り込む大きな窓に、優しいクリーム色の壁紙、よく磨かれた木製のテーブルと椅子。そして、店員の女性と料理人の男性は、どちらもとても柔らかい空気を纏っている。



:このお店めっちゃ雰囲気イイ

:おいおい、さらっとシェアしようとするやん

:これ♂同士なんだぜ

:仲良しさんかよ

:おっさん同士の幼馴染でこんなに仲良いままってなんなん…


 

 Omichanとゆまちゃまがオーダーし、ごはんが手元に届いたときのこと。いままで撮影をオート設定していたゆまちゃまは位置の固定をした。オート設定にしておくとパーティメンバーの顔から少し離れたあたりを映すように勝手に追尾して撮ってくれるのだが、ふたりとも動いていないうえにゆまちゃまが見せたいのは満の——ガワはOmichanだが魅力はむしろ増しているだろう——食事風景なのだから、いい角度を決めて固定するべきだとささっと操作をした。ゆまちゃまは主役ではないのだ。



:健脚ブルとか名前おもろ

:あ、カメラ固定たす…ゆまキチ映らんの!?

:女の子がしちゃいけん顔しとる…

:いい顔

:うわうまそう

:がちで食への執着がすごいのがわかった

:ゆまキチがおみちゃんを配信載せたかった理由って、このうまうま顔のためか

:俺も飯食お

:ゆまキチも映ってよ



 ゆまキチは映らない。おいしそうに食べ終わると、優しそうな店員たちに見送られ大満足のふたりである。当然、固定は解除され、ゆまとOmichanが映っている。



:ここ行きたいな

:おいしそうに食べてもらえるってまじしあわせよな

:サクッといなくなっちゃったんだが

:おみたそドライで草

:お疲れ!

:おつ

:おつ 明日もやる?

:ねえ明日もやるなら並んで食べて 一緒に映って

:楽しみ またおみちゃんいる?


「一緒に映る? あー、考えとくわ。明日もやるけど、おみはどうかな。時間が合えば一緒にできるけど。」



 ただ飯をうまそうにかっ食らう美女の映像が大いにバズる……ということはなく、いつもよりは数字が伸びたがその程度であった。ゆまキチにとっては数はどうでもよかったので、世界に向けて「俺の友達いいだろ!」という自慢ができたことにすごく満足していた。次は何をして何を食べに行こうか。

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