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 ぐだぐだ話しながら道を歩き、どうやら街の南方面に出たようだ。ゆまちゃまの誘導についていくだけでゲームが進んでいる。今どこを進んでいるのかすらポップアップで初めて知る状態である。リテッカ平原という名前らしい。BGMも変わった。本当に何も考えていないあたり、何とも怠惰である。



「そういえばさ。どこに向かってる?」

「リテッカ南の森に向かってるぜ。森のちょっと奥に行ったところに生える草なんだけど、その辺から敵が少し増えて強くなるから初心者は行かねえところだな。」

「そっか。ぼく初期の武器と防具のままで大丈夫かな。」

「囲まれないようにきちんと索敵して道を選べばまず大丈夫。盗賊ってステータス上身軽だし、きちんと警戒して進めば敵が襲ってきても回避も難しくないんだぞ。……まあ気負わずに行こうや。森に入るぜ。」



 森に入るとまたBGMが変わった。制作陣のこだわりを感じる……気がする。ちょっとこだわりに関しては感じた気になっただけかもしれない。森に入ったことだし、と索敵スキルを発動してみると、視界中にマップが開かれ赤い丸が多数示された。もしかして、索敵中はマップが出たままなのだろうか。ちょっと邪魔だな、と思った満はマップが浮いているあたりをスイっと手で払ったら左端に移動した。大きくしてみたい場合は拡大するイメージでそれをいじればいいようだ。



「索敵してる?」

「うん、してるよ。赤丸がモンスターだと思っていいんだよね?」

「ああ、赤がモンスター、緑がNPC、白がプレイヤーだ。モンスターは近くにいるか?」

「南東方向に赤丸3つある。」

「倒してみるか? この辺ならおみでも全然平気だと思うぜ、もちろん行かんでもいい。」

「ん-、いいや。早くルッテ草見つけたい。」

「はっは、君はそういうやつだよなあ。じゃ、東に寄らないように進もう。」



 まだまだ浅い場所だから弱めのモンスターだろうが、時間ばかり——満の食欲的に——かけてもいられない。モンスターがいる方向に寄らないように進み続け、だんだん赤丸を避けた先にも赤丸があるようになってきた頃。ゆまちゃまが戦闘を終えて振り向く。



「近くにモンスターはいるか?」

「いないね。ここからちょっと西にずれたところにいる。」

「じゃあ、一回索敵を切ってから鑑定を開いて、周りを見渡してみてくれ。」



 ひとつ頷いて索敵を切る。鑑定のスキルを選択すると、目に一枚、謎のフィルターがかかったようなエフェクトが見えた。見え方の変化としては薄い色付きのレンズを通してみているような感じだ。ぐるりと見渡してみると、きらきら光るものがいくつかある。近寄ってみると、「アミミ草」と表示され、それに触れてみると「アミミ草:痺れ解き薬の材料となる。」と出てきた。なるほど、これが鑑定。Omichanはひとつ頷き、次々と手を伸ばす。いくつか確認して、お目当てのルッテ草ではないことに気落ちしながらも次の光に手を伸ばそうとした、そのとき。

 ぎゅお、という獣の声が近くで聞こえた。声のした方に向くと、ゆまちゃまがうさぎ型のモンスターを切り捨てるところだった。えっと、これは確か角生えウサギ……。



「っえ! モンスター、近くにいたの?」

「こっちに寄ってきてたみたいだ。鑑定に切り替えたし、仕方ねーよ。こういうことあるから、ソロでやるときは気ぃ付けてな。」

「わ、わかった。でもこれ、一緒に発動できないのかな。」

「一緒に発動できても、一度に両方見ていられないんじゃね。」

「……たしかに。」



 聞くところによれば、警戒さえしていればスキルとしての索敵をしていなくてもなんとなくの気配がわかるようになるらしい。満は、自分には無理そうだなあとやる前から諦めた。とりあえずもう一度索敵をして、丸がこちらに寄ってきていないことを再確認してまた鑑定に切り替える。どちらも目の前でフォンフォンするから、少し目が疲れてきたかもしれない。

 周りを警戒してもらいつつ、探すこと数分。「ルッテ草」を見つけ、採取をする。バッグの中に入ったのを確認すると、クエストの表記が「ルッテ草の採取(1/5)」となった。もしかして、これはあと四つ探せという意味だろうか。



「ええ、もうなくない? さっき結構時間かかったよ。」

「いや、数分だぞ? こんなもんだろ。俺一人だと絶対もっと見つけられねーわ。あっち行ってないし、根気よく見てみようぜ。」



 面倒くさがりの満だが、気を取り直して鑑定スキルを使って進んでいく。他の植物に紛れて生えていて、よーく見ないと見つけられない。しばらく歩いて残り四つを集め終えたところで、「クエスト完了」と表示がなされたのち、端末内の項目が「報告待ち」となっている。これで、ギルドに報告にいけば報酬が貰えるだろう。



「お、終わったあ。たいへんだったね。」

「よおし、帰ろう。」



 ふたりは急いでリテッカ街に帰り、報告を済ませて報酬を得た。満にとってはここからが本番である。受け取った報酬は決して大きい金額ではなく、二人で分けるとさらに減ってしまったが、高くないものならば食べられるだろう。何を食べよう。何が食べられるだろう。Omichanはふらふらと、「おっとこっちの方からおいしいものの気配がする気がする」と謎センサーを発揮して歩き始めた。

 


「おみ、おい、ちょっと待て。一人で行くな。」

「っは! な、なに、どうしたのゆま。」

「いやいや、誤魔化そうとすな。というかどこ向かってんだよ、どこかうまい飯の情報があるのか。事前にSNSとかで情報集めた?」

「いや、わかんないけど、こっちにおいしいものがある気がして。」



 すなわち野生の勘のようなものだ。うまみに飢えたOmichanはそういうところが鋭くなる……のかもしれない。ゆまちゃまはため息をつきつつ、ゆまちゃま自身もまさかバーチャルな食べ物の情報など仕入れてはいないのでOmichanの第六感についていくことにした。


 冒険者ギルドの前の大通りから脇道に入り、細い道だが綺麗な道を進んでいく。しばらく歩いていくと、通りには店より家屋が多く並ぶようになっていき、その道の奥まったところに小さめの家があった。

 おもちゃの家のようで、お人形が住んでいてもおかしくないような見た目だ。もちろん周りの家もおしゃれではあるのだが、その中でもひときわ可愛らしい。これは本当に飲食店なのだろうか、と看板や店名を探すが見当たらない。男性だけでは入りづらいような雰囲気があるが……。ゆまちゃまが戸惑う暇なく、Omichanが扉に突撃していった。


 ゆまちゃまが慌てて後を追うと、中から「いらっしゃいませー!」と優しい声が聞こえてくる。明るい店内にエプロンを掛けた女性店員がいて、こちらへどうぞと声を掛けてくれる。Omichanは素早い動きを見せ、案内された席にさささと座った。木製のテーブル席だ。ゆまちゃまはテーブルを挟んでOmichanの向かいに座り、メニューを受け取る。瞬きせずメニューを見つめるツレに呆れを隠すことなく、しかし「これが満だもんな」と思ってメニューに目を落とした。

 個人経営の店と言えば少しお高いイメージがあったゆまちゃまだが、意外と安価で今日の初心者の稼ぎでもぎりぎり払える程度だったことに安心した。Omichanがぶつぶつと呟いているがそれを無視して……いや、シェアするのはどうだろうか。



「オムライスもいいけどハンバーグも捨てがたくて、パンケーキだっていいかもしれないし、フレンチトーストが食べたい気もする……!」

「おみ、俺がハンバーグにするから君はオムライスにして。半分にし、」

「賛成! 他はまた来たときにする!」



 食い気味の賛成に苦笑いをこぼすゆまちゃまである。せめて半分にしようぜくらいは言わせてくれてもいいだろうに。

 店員さんに注文をすると、Omichanはわくわくした様子は継続のまま、先ほどまでの飢えた顔つきは、「できあがったら食べられる」という気持ちになったおかげか少し収まったように見える。フロアの一角にあるキッチンで料理人のおじさんが料理を始めた。その手元をOmichanが首を伸ばして覗こうとして、店員さんがそれを見て笑っていた。平和である。



「おまたせしました。クク鳥卵のふわふわオムライスと、健脚ブル肉のジューシーハンバーグです。」

「くくどり? 健脚ブル?」

「モンスターの名前だよ。」

「へえ! いただきます!」



 きらきら輝く瞳で卵に黄色く包まれたオムライスを見つめ、スプーンで端を掬う。ケチャップソースはまたあとで味わうらしい。ふわふわの名を裏切らない卵は掬われた形のまま、Omichanの手の震えに合わせて震えている。黄色の間から覗くライスは赤く色づいてきらめいていた。オムライスをよく観察するOmichanは、はっはっと待てをしている犬のように息遣いが荒く、顔も赤らんできている。食べる覚悟を決めたように顔をきりっとさせ、スプーンを口に運んだ。



「あっむ、ん、んふふんんんん! むぐ、おいしいいいいいい!」



 ひとくち食べた後は手が止まらないようで、目を潤ませながらはぐはぐと食べ進めている。机の下で、少々行儀は悪いが長い足が少しぱたぱたして嬉しさを表している。がっついているのに下品に見えないのは食べ方が綺麗だからか、はたまた見た目が綺麗だからか。なんにせよ、今のOmichanは全身でおいしいを表している。綺麗に半分まで食べたところでゆまちゃまの手元のハンバーグを見た。



「あれ、まだ食べてないの?」

「うん。ハンバーグ先に食べていいぞ。代わりにオムライスもらうぜ。」



 Omichanはいそいそとお皿をトレードし、受け取ったハンバーグのにおいをくんくん嗅いでしあわせそうな顔をした後、お肉を半分に切った。デミグラスソースのハンバーグは、切った場所からじゅわっと肉汁が出ている。目を輝かせて再び食べ物の観察を済ませて「こへもんひひい」とことばにならない感想をこぼしているのを目の端に捕らえつつ、ゆまちゃまはおいしそうなオムライスと向かい合うことにした。

 Omichanもとい満はおいしいものが好きな割にグルメリポートちっくなことはとても苦手で、何を食べても「おいしい」しか言わない。体のどこかが暴れていると、中でも特に好きなものであるというくらいだ。しかし、ゆまちゃま的にはおいしいものを食べている満を見ていると、いろいろ小難しいことを言うより、最高の笑顔とひとことの「うまい」で十分なんじゃないかなと思うのであった。このオムライス、とてもうまい。

 ゆまちゃまもOmichanのことを言えないくらいには食レポができない人間である。ふわふわの卵にもちっとしたケチャップライス。上にかかっているケチャップソースからはバターの香りもする。見た目はシンプルだが、料理人のおじさんがこだわりを詰め込んだ逸品である。

 オムライスを味わっていると、Omichanからハンバーグの半分を返された。相変わらず食べ終えるのが早すぎる。ゆまちゃまはゆっくり味わった。

 ふたりとも食べ終え大満足の顔をしながら席を立つ。料金を払うためにレジに向かえば、店員さんだけでなく料理人のおじさんも来てくれて、



「おいしそうに食べてくれてありがとう。」



と言ってくれたのであった。嬉しくなったふたりは「また来ます」と答えて店を出た。いい店だったなと会話しながら、満はひとまずの目的を果たしたので今日のゲームは終了することにした。



「ゆま、ぼくそろそろ終わるね。これってどうやって電源切ればいいの?」

「ああ、お疲れ。VRダイエット、結果出るといいな。端末でメニュー開いたらログアウトってあるだろ、それ選べばできるぞ。」

「ありがとう、また連絡するね。じゃあ。」



 Omichanはログアウトし、満は現実世界に帰ってきた。ヘッドセットを外して一息つく。少しだけ目と頭に疲労感があって、これがVRか、と思うのであった。

 それより、とお腹をさする。ぷにぷにというかもはやぶにぶにの腹はゲーム開始前よりも「何かを食べたい」とは訴えていない。どうやら満の体の部位では、胃よりも舌の方が、意志が強いらしい。食事だけでスリムになれるとは思っていないが、それでも今まで通りの食事をしないで済めば、体が軽くなって運動をする気にもなるかもしれない。一日一回、VRMMO内で食事をする。それで舌を満たしていこう。


 満は実際には食べていなくても味覚に働きかけられる現代技術に感謝をし、今日のオムライスとハンバーグに思いを馳せた。あの卵とお肉、すごかった。ファンタジーの食べ物最高かもしれない。次は何を食べよう、今日のお店のメニューを全制覇するのも楽しそうだけど、他のお店も試してみたい。

 翌日の仕事予定の確認をして何時ごろにゲームにログインするかを幼馴染に連絡しておく。明日のグルメが楽しみだ。

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