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 手を引かれるままギルド内に入る。空間としては広いが思っていたより人がいるせいで、そんなに広く見えない上にざわざわと騒がしい。活気あふれるというよりは、雑多な雰囲気と言った方が表現として正しい。入ってすぐ右側は酒場のようで、喧騒が止まない一因だろう。それはさておき。



「左の壁の紙はクエストな。あそこから自分の力量とかやりたいこととかに合うものを選んで剥がす。剥がした紙を、あのカウンターに持っていくんだ。正式に受理されたらそこからクエスト開始になる。ああほら、今ちょうど紙を剥がした人がいるだろ。」



 ゆまちゃまが説明をしながら指をさす。まずは左。左を見ると壁一面が掲示板のようになっていた。たくさんの紙が貼ってあり、冒険者らしき人がその中から一枚を選んで紙を引っぺがした。その人を目で追うと、カウンターに近寄ってクエスト受注窓口と書いてある窓口の人に話しかけた。カウンターには、見る限り4つ窓口があって、向かって左から「総合窓口」「クエスト受注窓口」「クエスト報告窓口」「買取窓口」と書かれている。まるで、役所とか郵便局みたいだ。カウンターの両脇には二階にあがる階段がある。



「あの人は今からクエスト開始するんだね。」

「そう。掲示板に表示されているクエストは個々人で違うから、他の人に取られることはない。慌てないで大丈夫だぞ。」

「うん、わかった。」

「でもおみはまだ冒険者登録してないからまず登録からな。登録は総合窓口でできる。あそこは基本なんでも対応してくれるから、何かわからなかったら総合窓口に行くといいぞ。」



 ゆまちゃまはまっすぐカウンターを目指し歩き始めた。入口からまっすぐ行けばカウンターにつく形だ。総合窓口にはにっこり笑っているハンサムなお兄さんがいる。事務員だろうに、すごくムキムキだった。



「カウンターは混まない?」

「まあ、ゲームだからな。そこはほら、都合よくいくんだよ。なんというか、NPCは一度に何人とも話せるんだわ。」

「へえ、便利だね。……そうだ! NPCとプレイヤーの違いって何? 見た目でわかる?」



 いままでなんとなく気になっていたことだったので、ちょうどいいから質問をしてみる。見分けがつかなくても別に困ることはないだろうけど、見分けられるならそっちの方がいいはずだ。トラブルの回避にもつながりそうだし。



「プレイヤーは名前が白いだろ? NPCは名前が緑で表示されるんだ。」

「ん、んん? あ、本当だ。」

 


 それぞれ頭の上に名前が浮かんでいたのだが、ゆまちゃまは白で、窓口のお兄さんは「アイク」と緑文字で表示されていた。なるほど、これならわかりやすい。じいっとアイクを見つめていたら左手が震えて、端末を確認したら「窓口のアイクに話しかけますか」と表示されている。こうやって話しかけるのか。もしかして、こんにちはと声をかけたところで会話は始まらないのだろうか。



「こんにちは。ここは冒険者ギルドのリテッカ街支部、総合窓口です。本日は何の御用でしょうか。」

「あ、えと……。あれ?」



 口頭で伝えようとしたところ、勝手にパネルが開いて目の前に選択肢が現れた。ああ、これも口頭ではなくコマンドを選ぶような感じか? 上から、「冒険者登録をしたい」「冒険者って何?」「何でもないです」とあって、説明を聞くのは幼馴染からでもいいやと登録を選んだ。



「冒険者登録ですね。こちらに記入の上、少々お待ちください。」



 アイクがカウンター向こう側で何かを探って紙とペンを出した。記入の要求をしたうえで、アイクはまだ何かの作業をしている。書けば進むのだろうか。そう思い、手元を操作してペンに触れると勝手に記入されていき、満が手を動かす必要はなかった。Omichanはさらさらとユーザーネーム、ジョブとスキルを書いていく。



「ん? スキル?」

「記入ありがとうございました。ああ、Omichan様は索敵と鑑定がお得意なんですね。それならばおすすめは特定のモンスターの討伐や採取系のクエストですね。あちらの掲示板から紙を剥がしてこちらに持ってくるか、直接窓口で相談をすればクエストを受けることができます。はい、たいへんお待たせいたしました。こちらが冒険者ライセンスです。本日からOmichan様は冒険者となりましたので、心得を忘れることなく自由に旅をお楽しみください。」



 頭を下げたアイクはそれ以上話さなかったのでこれで完了だと判断してカウンターを離れる。スキルはいつの間に手に入れていたのだろう。あと、心得ということばについては「冒険者って何?」を選択していたら説明してくれていたのだろうか。ゆまちゃまがいた方向に目を向けると少し離れたところに移動して、リスナーと話をしているみたいだった。Omichanがそちらに少し近づく。



「ゆま。登録したよ。クエストはどれにする?」



 話を遮るようでリスナーには悪いが、声を掛けさせてもらった。気づいたゆまちゃまが駆け寄ってきた。にっこにこだ。何かいいことでもあったんだろうか。



「っし! じゃあ選ぼう。その初期装備だとジョブは盗賊だよな?」

「そうだよ。この格好かわいいから選んじゃった。」



 くるりとその場で回って見せる。胸の下で腕を組んで「うんうん」と何度もうなずくゆまちゃまも、この衣装は好きらしい。しかし実際には、本人はファンタジーでよく見る「女戦士の見た目心もとない防御力の高い装備」を選んでいるから、それもいいよねという相槌かもしれない。



「スキルは何だった?」

「あ、そうだった。索敵と鑑定ってなってたんだけど、このスキルって何なの? 選択とかしてないけど、いつ決まったの?」

「ああ、これはな、はじめて鑑定を受けるときに決まるんだよ。ギルドへの登録をするとジョブとスキルの確認がされるんだ。教会にいって調べてもらうこともできるけど、基本みんな何かしらのギルドに所属することになるからそのときに付与されるって感じだな。それで、一個目はジョブ固定、二個目はジョブスキル中からランダムって感じ。で、何だった?」

「そうなんだ、スキルに関しての記憶がなかったからいつなのかって思っちゃった。索敵と鑑定だってさ。討伐と採取がおすすめって言われた。」

「おお! いいじゃん。ジョブ固定の索敵はもちろん、鑑定も何にでも役に立つからいいスキル引いたと思っていいと思うぜ。」



 話しながら掲示板の方へ進む。そこそこ人が残っているのだが、なかなかクエストが決められないのか、唸り声やぶつぶつ呟く声がそこかしこから聞こえる。ちょっと怖い。ちらりと見た感じではここにいる人たちは白文字なのでプレイヤーのようだ。どれでもいいからさっさと決めればいいのにと思いつつ、怖いので小声になりながらゆまちゃまと話を続ける。



「ゆま、ぼくはサクッと短時間でお金が稼げるやつがいいよ。ゆまのおすすめのやつはあるかな。」

「うーん、駆け出し向けのものは単価がよくねえのが多いんだよな。簡単なやつばかりだし、金がすぐ貯まっちゃったら次行きやすくなっちゃうからだろうけど。」

「そうなんだ? その辺ちょっと考えないといけない感じなんだね。」

「まあ、とりあえず何があるか読み上げてみてくれよ。俺が選んじゃるわ。」



 でも、そんな悩むほど根詰めてゲームしないでもいいのに、なんて満は思った。お金がないとできないことが多いのはわかるが、やらなきゃと思いながらやる趣味は楽しくないだろう、と。苦しむくらいならのんびり進めたらいいのに、と。

 満の知らないことだが、効率のいいクエストというものが存在し、それは報酬的な意味でも冒険者としての経験値としても、プレイヤーにとってはできる限り選びたいクエストである。ゲーム外の非公式攻略サイトやSNSでもおすすめクエストランキングが作られ、それがすべてではないはずなのプレイヤーはランキング上位にあるものを選びたがった。もちろん期待している案件が掲示板に表示されるかどうかというのは個人の運しだいであるため、おすすめされていないクエストを選ばざるを得ないことなんてたくさんある。

 しかし、効率が悪いものを選び続けることは周りのプレイヤーから差をつけられかねない。表示されている中でもできるだけ条件のいいものを選んで進めていかねば、プレイヤーとして落ちこぼれていく。プレイできる時間内でどれだけ経験値を稼いでランクを上げられるかを必死に考えるプレイヤーは多かった。

 そんなことを知らない、そして知っていたとしても「ぼくには関係ないな」と考えるタイプの満は、すでに周りのプレイヤーの姿勢はどうでもよくなっており、最低いくら稼げば食べ物が買えるのだろうということに考えがシフトしていた。ゆまちゃまの言う通り、Omichanの掲示板に貼られているクエストを読み上げていく。「森林オオカミの討伐」「研究所の掃除」「レレンの木の実の採取」……。



「おみは鑑定を持っているんだろう。普通のプレイヤーなら難しくて避けがちな採取クエストも比較的楽して受けられるはずだぞ。」

「そっかあ。でもそれじゃあ、ゆまは楽しくないんじゃない? 暴れられないよ。」

「んなもんどうでもいいんだよ。俺は、おみがうまい飯食って満足して、結果減量ができるのかどうかを見たいだけなんだから。道中の敵で十分だ。」



 いつの間にか「Omichanの行動を全肯定ゆまちゃま」になっていた彼の気持ちをありがたく受け止めることにして、掲示板に目を戻す。Omichanがクエストを読み上げて、ゆまちゃまが独断と偏見で切り捨てていく。最後の一枚。



「ええと、ルッテ草の採取……。」

「ああ、それいいんじゃね。装備が整ってない初心者にとっては付近のモンスターは強いけど、おみが索敵頑張れば避けて通れるっしょ。避けられなかった分は俺がどうにかするし。」

「ぼくひとりじゃいけないところってことだよね。そうなるときみの戦力をあてにするみたいになるじゃない。」

「多少だろ、しかも索敵はおみが頑張って避けられるだけ避けてもらうんだから別に俺だけの力にはならねえよ。ほらほら、とってとって。」



 早く早くと急かす声に思わず紙をむしってしまう。ルッテ草ってなんだろう。どこにあるんだろう。



「えっと、じゃあ、受けてくるよ。これってぼくだけでカウンターに行ってもゆまと一緒にクエストを受けられるの?」

「おう、パーティ組んだ状態で話しかければ平気。クエストを受けたあとに組むと一緒に受けてることにならないから、気を付けてな。そうだ、さっき端末使ってたけど、直接声かけるんでも話しかけられるから試してみ。」

「ん、パーティ組まないと困ることある?」

「例えば、討伐で何体倒すかって決まっている場合、俺が倒してもカウントされないからおみが全部倒すことになる。採取なら俺が拾ったものはカウントされない。みたいな感じ。」

「はあ~、そうなんだ。一緒にいる利点が減っちゃうんだね。」



 ゆまちゃまを置いてカウンターに向かう。受注窓口にてクエストの受け付けを済ませると、目の前に「クエスト受注:ルッテ草の採取」が大きく表示されたかと思えば、それが小さくなって画面左にスイっと移動して端末に吸い込まれた。メニューパネルを開くと、ほか項目を押しのけて一番上にクエストの内容が表示されている。



「受注完了したよ。ルッテ草ってなに?」

「あはは、向かう道すがら話そうぜ。本当はな、わかんねーことはギルド二階の資料室を使って調べるんだぜ。」

「そうなんだ、ぼくはゆまの知識を頼らせてもらっちゃってるけど、ゆまがいないとき困っちゃいそうだな。」

「いつも事前に調べるの億劫がって、行き当たりばったりだもんな。俺は大丈夫だけど、一人でやるなら気を付けた方がいいかもしれねえなあ。」

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