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 気づいたときには自分でアバターを操作できるようになっていた。幼馴染からは「ゲームを開始できたら最初は俺をフレンド登録しろ」と言われている。フレンド欄ってどれだ。腕の端末を触ると広がる透明なパネルにマークが書かれた四角がいくつも表示された。

 鞄マークにバッグと書かれていたり、歯車のマークに設定と書かれていたり、手紙マークにお知らせと書いてあったり……。バッグをタップすると、バッグの中身——今は何もなかったが——を確認できた。つまり、フレンドというものがあれば……これだ。人のマークにフレンドと書いてある。

 フレンドを開くと、当然だが「フレンドはいません」と書いてある。端に「フレンドを探す」というボタンがあったのでそれを選択すると、検索画面に切り替わったので、教えられていたユーザーネームを入力してフレンド申請をした。フレンド申請にひとこと加えられるみたいだったので、「ダイエット中」と添えて。


 申請が通るまでどうしようかと、周りを見渡してやっと満はいまいる場所を認識した。どこかの街らしい。いる場所は広場で、広場を囲うように建物が並んでいる。その中でも一番大きいあれは何の施設だろうと近づいてみると、壁に見たことのない文字が書かれていて、わきに日本語でポップアップが出た。「商業ギルド リテッカ街支部」と書いてある。大きくてきれいな建物だ。材質はまったくもってわからないが、きっと高いやつだ。

 ふん、と意味なくひとつ頷いて、広場散策を……せず、おいしいにおいを感じたのでそれを辿ってみようと歩き始めた。五感でやるゲームだと聞いてはいたが、本当ににおいを感じるなんてと感動に打ち震えながら進む。

 この先にきっとおいしいものがある、と広場を突っ切るように歩いていると、リンロンという軽快な音がした。音がしたのは腕の端末からで、端末の画面を確認するとふわっとパネルが広がり、「フレンド:ゆまちゃまよりフレンドコール」との表示が出る。ゆまちゃまは先ほど検索した幼馴染のユーザーネームである。コール通知の下に「承諾」「拒否」と表示されていたので、承諾を選択する。

 


「あー、もしもし。」

「ゆまちゃまだよ! よろしくね!」

「あっ……ハイ……。」



 満の口と電話の相手から可愛らしい声が聞こえた。これが外付けマイクの力か……。満は大いに感心した。本当に美女になった気分だ。

 外付けマイクは、プレイヤーがゲーム中に音声チャットが楽しめるように声を拾うものだが、それを肉声だけではなく声優さんの声に変換してくれるものも選べたのである。Type1から11まであり、Type1は普通のマイクだがそれ以外は声優さんの声に変換される。お値段は2~11が1の二倍くらいでお高い買い物になったが、声を偽れることとゲームを楽しむことを考えてしまえば、お値段以上だと感じられた。


 それはさておき、幼馴染はロールプレイをするつもりなのか、だいぶかわい子ぶって電話をかけてきた。満の知る幼馴染はお調子者の気はあるが、漫画的に表現すれば語尾にハートがついていそうな「ゆまちゃま」の話し方とはさすがにかけ離れていたので居心地の悪さを感じた。声は可愛いが相手が幼馴染だとわかっている以上、どういう反応をすべきかわからない。



「おいおい、冷たいじゃないか。俺だよ。」

「……わかっているよ。でもあまりにもキャラクターが……その。」

「ひどいな。俺超かわいいだろうが。まあいいや、これから君のほうにワープするからパーティ申請蹴るなよ。」



 急にかわいらしさが抜けた「ゆまちゃま」からパーティ申請が届き、承諾するとすぐ隣に誰かが降り立つ気配がする。彼女がゆまちゃまだ。ピンクツインテールの丸顔美幼女である。幼めな顔に小さい体、そして体に見合わぬサイズの胸部。にひひと口を開けて笑う様子は何とも愛らしい。初期衣装ではなさそうなビキニアーマーに、背中にはどでかい剣を背負っているが、剣士とはこれがスタンダードな装備なんだろうか。



「来たぞ、おみちゃん。」

「えっと、おおみちゃん、のつもりだったんだけど……。まあいいや呼びやすいように呼んで。」

「おお? おみ、よろしくな。」



 エモートと呼ばれる機能を使って、ジャンプして喜ぶアバターに少しどぎまぎする。動きがリアルというか、むしろ夢を詰め込みすぎなのではと思うような動きをしている部位があったので。直視することに少し後ろめたさを感じて視線をそらしてしまった。なんだかこっちが恥ずかしくなってくる。



「きみ、そのアバターさあ……、中身が男性だと知られると白い目で見られない?」

「別に? クリエイト中から配信してるからいろいろバレてるけど、センシティブなもん配信してるわけでもないし。むしろもっとやれって言われたわ。視聴者媚びせず己に忠実になれって。」



 きっしょ、って思ってる視聴者もいるんだろうけど気にしてられないしと呟きながら虚空を見つめるゆまちゃまにぎょっとする満。もしかして。



「ええ、配信? 今もしてるの?」

「してるよ。おみちゃんかわいいね、だってさ。まずい?」

「ううん……まずいってことはないよ。君が配信者って呼ばれるような職業をしているのは知っているけど、ぼくがそこに出ることになるとは思わないじゃない。マナーみたいなのも知らないし。それに、見た目も音声も女の子二人だけど、実際はイケメンとただのデブだよ。炎上しない?」

「幼馴染のおっさん同士できゃっきゃしてるだけで炎上する世界なら、もう何気を付けたって炎上するわ。ゲーム楽しみたいだけなんだし、いいんだよ。一緒にやってくれるやつとか君くらいしかいないし、いいだろ、ね、ね。」



 おねがあいと甘えるように声を出し、エモートを使ってお願いポーズを見せてくるゆまちゃま。すごくあざといが、しゃべり方がいつもの幼馴染に戻っているせいか背後に本人の顔の幻覚すら見えてきて、さっきに比べてかわいさが半減したような気がする。



「出た分の利益は分けるし許してくれよ。俺のかわいさに免じて。ね、お願い。」

「利益とか別にいいよ。わかった、一緒にやる。でもぼくそんなに冒険する気ないから見栄えはしないよ。おいしいものが食べたいだけだからね。」



 配信に出演することに多少抵抗はあれど、すでにアバターが映ってしまったこと、しかしアバターを自分とかけ離れた存在にしたがゆえの安心感によって「どちらにせよ自分はただご飯を食べるだけか」という考えに至った。

 先に言ってくれという気持ちが一瞬生まれたが、結局のところ配信されようが満には何も関係ないのである。あちらも配信において不都合ないどころか一緒にやることを望んでくれている。いざこうなった満が「ま、いいか」と判断するとわかっていて言わなかっただろうことはちょっと恨めしいが、先に言われたら言われたで断っていそうだとも思ったので、よくわかっているやつだと納得しておく。

 配信映えのするような何かを求められるならばそれには付き合えないことはいま伝えられたと思うし、わざわざ伝えずとも人の意思に反して無理を通そうとするやつではない。何はともあれ、配信で何かがあればその都度教えてくれるだろう。その点は心配していないのだ。



「俺から誘ったんだから、君のやりたいことは知ってるよ、でも、食うにもゲーム内通貨が必要だろ? 飯代稼ぎ、と飯屋探し、一緒にやろうぜ。」

「……そ、そうか! ただで食べられるわけがないよね。」



 満がハッとして口に手を当てると、Omichanも同じ動きをする。少し考えたらわかることだったが、いくらゲームと言えどお店で食べるためには買わないといけない。ゲームを始めてすぐにご飯が食べられるわけではないことに少なからずショックを受けつつも、もはや舌と胃袋でものを考え始めていることに危機感を覚えた。いけない、このままでは理性泣き生き物になってしまう。



「システム上、レシピと料理スキルと調理場が手に入れば、食材を集めて自分で作るのもできるらしいけど、人に作ってもらって食べる方が好きだったよな?」

「うん。自分で作る料理より人の料理の方がおいしく感じるよ。」



 贅沢な話だが、自分で作るより人に作ってもらうのが好きだ。これを話すと「食べるだけの人は楽でいいね」なんて意地悪を言われたことがあるが、そうではないのだ。自分では自分の味もしくはレシピ通りの味、つまり決まりきって慣れ親しんだ味にしかならないから、作る人の個性を感じるのが好きなのだ。そんな満はファミレスに行くより個人経営のお店を発掘する方が好きである。



「まあ。料理スキル持ちプレイヤーをフレンドにするっていう手もあるけど、作ってもらうにも完全無償ってわけにもいかないからな。食材を購入なり狩るなりしてお願いすることになると思う。」

「ご飯作ってもらうためにフレンドになんかなれないよ。探すのも手間だし、お腹すいちゃうし、真面目に働こう。早くおいしいものが食べたいよ。どうやって働けばいいの?」



 幼馴染の彼は、事前にしっかり情報集めをするタイプだ。決して満のように行き当たりばったりなんてことはしない。一緒に遊びに出かけたときも全部頼りっきりである。情けないと思って手伝おうとしたこともあるが、「これは性分だしやらせてくれ」というのだから下手に手を出さずに任せてしまった方が双方楽だという結論に至った。適材適所ということばもある。満はおいしいご飯さえあればしあわせなのだ。ゲームに対する姿勢もふたりとも普段と変わらないのである。



「話が早いぜ。簡単なのはギルドに登録して任務を受けることかな。」

「ギルド? そこの商業ギルド?」

「いんや。俺たちが行くのは商業じゃない。商いをしたいプレイヤーはこっちに登録するんだけど、商いになるようなスキルをとって作った商品をギルドに申請する必要があるんだ。今度興味があったら話すよ。」



 こっちだよと手を引かれ広場を抜けた。大通りに入り少し歩いたところ、商業ギルドより少し、いやかなり地味めだがより大きく古い建物があった。これが目的地だろうか、ゆまちゃまはその建物の前で立ち止まり、じゃーんと言ってポーズをとる。ちょっとだけ得意げな顔をしていた。



「ここは冒険者ギルド。俺たちは冒険者になるんだ。こういうファンタジーにはつきものだろ?」



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