VRMMO式ダイエット
@wagashi_suki
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満ち足りた人生を送れますようにとの願いを込められた名前に違わず、満ち足りた食生活のせいでミチミチと肉が満ちていき、気がついたころにはすでに肥満の診断が下されていた。成人してからは毎年春に健康診断を受けており、毎度医者からは「生活に気を付けましょう」と言われ続けはや10年。ついに問診で「痩せましょうね」と言われてしまった今春である。
満としては今のところ健康に不満はないので——実際には診断結果が怪しいところはありながら若さにかまけて放置し続けているだけだが——ダイエットなんてものはしたくもない。ダイエットといえばまず食事制限だが、食事制限がかけられてしまった暁には自身が自身でいられる自信がない。これならば地団太踏んで地震でも起こしてやろうとすら思う。そんなふざけた思考になるくらいには、正気ではなかった。満にとっておいしいものを食べることは人生のすべてであった。
ならばと運動をすすめられたが、満は肥満であるわけで、重さに負けた膝はすでに運動には耐えられないのではないだろうか。在宅でできる職種を選んだために通勤で体を動かすことのない、生活上必要程度に家の中を歩いているだけの日々である。ジョギングやウォーキングは痩せる前に膝が逝く。ストレッチは肉が邪魔してできやしないし、ヨガも重すぎてバランスが取れないし、筋トレはコロンコロン転がっているだけである。ならば水泳は……悲しいことに満はカナヅチであった。足がつくところでも溺れそうになる。そもそも家近くにプールのあるジムがないので、泳げないならば水中ウォーキング、というわけにもいかないし……。
以上すべて、ダイエットがしたくないがゆえの満の言い訳である。飯も減らしたくなければ体を動かしたくもない。わがままの結果のボディである。
そんな満を見越して、満の母らしくふくよかな母は「今日からダイエットメニュー作るわ」などと言い出したので満は気が気じゃなかった。このままではおいしさが消滅した人生を送ることになる。実家暮らしで生活費だけ払っている現状にいろいろな申し訳なさを感じていたが、その申し訳ない気持ちが吹っ飛んでいきそうだ。息子の体を心配してくれているのはわかっているし、飯を作ってもらっている手前、文句なんて言えるわけがないのだが。
そんな愚痴を幼馴染のイケメンに相談したところ、大笑いしたあとに「じゃあ一緒にゲームしようぜ」と誘われたのだ。ゲームごときじゃこの飢えはごまかせないぞと言えば、彼の案は気を紛らわせる程度のものではないらしい。そのゲームの中ではおいしいものが食べられるというのだ。
「実際食わなくてもうまいものを食った気になれれば、ダイエットメニューでも満足できるんじゃねーか。」
これが幼馴染の言い分である。なるほど、一理あるかもしれない。彼曰く、最近やっと実用化されたVRMMOと呼ばれるジャンルのゲームでは五感すべてで世界を楽しめるとのことだった。それによればおいしいものを食べたいだけ食べておきながら、自分の腹には肉がつかないなんて夢のようなことができる——かもしれない——そうだ。話を聞いて即座にゲーム機とソフト、そしてそれ専用のヘッドセットを注文した。そして、それが今目の前にある。名を、「Fantasy of another you」というらしい。
届いたゲーム機のセットを済ませる。プレイ中の転倒を避けるため、プレイ中は丈夫な背もたれ付きの椅子に深く座るか横たわるかのどちらかでやるようにと説明書に書いてあったので、今日は椅子に座ってやってみることにした。説明書通りに椅子に深く腰掛け、左手首に時間の表示がない腕時計のような端末を巻く。この端末は操作に欠かせないらしい。外れないか確認……問題なし。次にヘルメットのようなヘッドセットに、購入時に選択した「外付けマイクType6」をさしたら準備は完了だ。それをかぶり、腕時計型端末のわきにあるボタンを押す。
駆動音のようなゲーム開始の音が聞こえると、視界いっぱいにゲーム会社のロゴが見え、それが消えたら薄暗い空間に綺麗なお姉さんが現れた。
「ようこそ、
お姉さんのわきに、男性がふわっと現れた。どうやらこれがプレイヤーの、オリジンの姿のようだ。これをいじってアバターの設定をしていくのか。手首の端末あたりから空中にパネルが広がっていたので、適当に触ってみると男性のパーツが変化した。タップすると部位の変更ができるようだ。ぴこぴこといじってみる。
幼馴染に聞いたところ、必要のないトラブルを避けるため、できれば自分とかけ離れた容姿と名前の方がいいらしい。オンラインゲームが初めてな満は、どうせなら自分とは似ても似つかない「分身」を作った方が面白そうだと思っていたので、前もって「こんな感じにしよう」とだいたいのイメージは決めていた。
満は、イメージに従ってスレンダーな美女を作り、アバターの作成を終わりにした。ショートの黒髪で、少しツリ気味の青目の色白美人である。満の「憧れの女性像」を体現したアバターとなった。幼馴染はロリ巨乳だとかなんだとか言っていた。変態めと思ったが、そう考えると好みに合わせて作った満も同じ穴の狢のように思えてきたのでそれ以上は考えるのをやめた。
決定を選択して先に進むとジョブの選択画面が出てきた。正直満にとっておいしいものを食べることが第一で、旅は二の次になりそうなのでこだわるつもりがなかった。そうはいっても、一緒にやろうと言ってくれた幼馴染の邪魔になりそうなジョブは選びにくい。あいつは剣士から始めたと言っていたような気がするので、それ以外がいいんじゃないかと思う。
少しだけ悩んだ末に、初期衣装が気に入った盗賊に決めた。盗賊の初期衣装は「下っ端盗賊衣装」という名前だった。ぴったりした生地の黒のへそ出しワンショルダートップスにだぼっとしたカーキ色のパンツ、その裾を入れるようにして膝下までの茶の編み上げブーツを履き、指先の出る手袋をして、腰に太めのベルトとそこに小さめのウエストバッグが通されている。とても気に入った。
最後に名前を決めるらしいが、普段の据え置き系RPGをするときには「みつる」でやっているし、SNSも大路満本人としてのものしか使ったことがないもので、ユーザーネームを考えるのが難しい。現実の自分を限りなく消しながらも、自分であるとわかるものでないとユーザーネームとは言えないだろう。小学生の頃のあだ名……みっちー?
「使用されているユーザーネームです。」
ううん。女の子の見た目だし、かわいいし、見た目にそぐわない名前は付けづらいな、と満は悩んだ。限界ネームと言われるようなものやネタありきなものは絶対につけられない。この見た目じゃなければビッグストリートとかつけてもいいんだけど。困ったな。大路から、おおみちゃんとか、どうだろうか……ええ、これもはじかれた。ローマ字なら? Omichan、と……。
「あなたの名前はOmichan。間違いありませんか。」
これ以上考えるのも時間もかかるし面倒なので、Omichanでいいだろうと決定を選ぶ。正直なところ満は最初のセッティングをさっさと進めて、食べ応えのないさっぱり薄味ダイエット食で萎びそうな口に「おいしい」を味わわせたい。いや、わざわざ作ってもらっておいてなんとも贅沢なことを言っている自覚はあるが、やはり普段から好きなものを好きなだけ食べる生活を送ってきたわけだから、腹が減ってなくてもすごく口寂しい。このゲームならその寂しさを満たしてくれるはずだとものすごく期待してしまっているのだ。少しでも早く食べてみたい。現実では味わえないものもあるかもしれない。わくわくが止まらない。
視界ではオープニングムービーが流れていたが、それよりこれからの楽しみに気がとられ、満の記憶には残らなかった。
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