第5話 背中越しの警告

 驚いた……。


 まさか路地裏ギルドの奥から、王都の地下水路につながる階段があったなんて。それもおれがいた隠し部屋のさらに奥にだ。


 後から作られたものなのか、それとも元々あったのを親父さんが言わなかっただけなのかは分からない。


 そんな地下水路を見せる為におれにずっと背中を見せながらひたすら進みまくっているのが、食事をしていた狐人族の少女だ。


「ど、どこまで進むんだ?」

「……黙ってついて来い。お前が最弱だってことがすぐに分かるんだからな」


 おれのことを最弱最弱と……まだ戦ってもいないのに。


 しかし目覚めてすぐにアイナに保護されたうえ、周りのことが分かってないからおれ自身もよく分かってないんだけど。


「そ、そんなのやってみないと分かんないだろ」


 文句のつもりで呟くと少女はいきなり立ち止まり、おれに振り向いたかと思えばそのすぐ後に、おれの胸元めがけて先端が尖った短剣を向けていた。


「ひっ……な、何するんだよ?」


 まさか自分に敵意を向けられるなんて……。変な悲鳴を出してしまったじゃないか。何なんだいきなり。


「ふん、やはりお前弱い。戦ったことがないのも分かった。冒険者希望も嘘なんだろお前?」

「そっ、そんなことはない!」

「なら、わたしのこの短剣をお前にやるから、前に進んで戦ってみせろ」

「え? 戦うって……何と戦うんだ?」


 おれに刃を向けてきたかと思えば、それを渡してきて戦えだって?


 武器を使ったこともないおれにそんなバカな。


「わたしはお前の後ろをついて歩く。お前はひたすら進め。簡単だぞ」


 なんというスパルタ……。いや、さすがに武器があれば何か出来るはずだ。


「この水路には何がいるんだ? おれが倒せる魔物なのか?」

「口答えと口の利き方だけ気を付ければ、お前でも倒せる。それすら出来ないなら、わたしがお前を――……」


 最後の方は言うのをやめたのか、全然聞こえなかった。とにかく短剣を持たされた以上何か出来るはず。


 おれは右手に短剣を持ちながら、薄暗い水路を歩くことにした。


「…………そろそろ、上からも左右からも来る」

「えっ? 何だって?」


 何が来るのかをはっきり言ってくれないまま細長い通路を進んでいると、黒っぽい何かがおれの周りに現れる。すぐに耳鳴りがしたかと思えば、髪を引っ張られているような感じを受けた。


 な、何だよ、これ!?


「こ、このっ……! か、髪を引っ張るな!! あぁっ、くそっ!」


 何がおれを取り囲んでいるのかさえ分からずに短剣を使ってやみくもに振り回すも、全く当たらずにただただ頭の辺りを引っ掻き回されているみたいだ。


「弱い、弱すぎるね、お前」

「そ、そんなこと言われても何が何だか分からない……ど、どうすればいいんだよ」


 前も後ろも見えなくなっている中、背中越しから聞こえてくるのは態度の悪いおれに警告してくる彼女の声だ。


「みんなと会う前にわたしが最初で良かったな、お前」

「な、何を言ってるんだよ?」


 こいつ、おれと同じくらいの年の少女じゃないのか?

 

 狐人族だからってそんなに違うのか?


「最弱すぎるお前を助けられるのはわたし。助けて欲しければ、わたしを頼って生きろ! そうしろ! さもなければ、わたしがお前をやっつける。ここから出さないし弱すぎ魔物にやられるところを見守ってやる! どうする? 選べ」


 そんな無茶な。そんなのもう選びようが無いじゃないか。でも、今のおれじゃあどうすることも出来ない。


 そもそも何がおれを襲っているのかさえまともに見えてないんだから。


「た、頼む! じゃなくて、お、お願いします……おれを助けて!」

「……今は助けてやる。でもお前、簡単に変わりそうに無い。だから直るまで刃を向け続けてやるんだからな!」

「は、早く何とかしてください~!!」


 もはや目の前が見えない。おそらく黒い魔物の群れがおれを取り囲んでいるし、ずっと細かい動きで攻撃をし続けている。こんなの、今のおれじゃどうしようもない。


 おれの弱気な発言のすぐ後、おれの背後にいた少女の何らかの動きによって複数の魔物の叫びと切り刻みの音が同時に聞こえてきた。


「終わった。目を開けて、その場から立ち上がり周りを見てみろ」

「へ?」


 言われるまで気づかずにいたが、おれは恐怖でしゃがみ込んでいたらしい。両手で頭を守ってはいたものの、腕には細かな引っ掻き傷がついていた。


 少女に言われたとおり立ち上がって周りをよく見てみると、足元にはとても小さなコウモリが数匹だけ落ちているだけだった。


「えっ? 小さいコウモリ? こ、これだけ……?」

「そうだ。お前、自分以外何も見えていなかった。こいつらはとても弱い魔物。王都の地下にいる魔物、とても弱い。でもお前、もっと弱い」

「う、うぅ……」


 まさか自分がこんなに弱かったとは。送還で人助けをしてた時は路地裏ギルドから外に出ることも無かったとはいえ、こんなにも非力で臆病だったなんて……。


 ……ん? 


 そういえば送還って今のおれでも使えるんだろうか。そうだとしても今すぐ試すことは危険過ぎるか。人助けにしか使ってきてないし攻撃で使えるのかも分からない。


 こんなに非力な状態で送還を試すとかはあまりに危なすぎる。まずは大人しく冒険者に従おう。そうじゃないとどうにも始まらないしな。


「お前、手を出せ」

「おれはエリル……です」

「エリル? ただのエリルか?」

「う、うん」


 他に思い出せないし、二つ目の名前も思い浮かばない。


「エリル……お前、弱いからこれからわたしの言うことに従え。いいな?」

「き、君のことは何と?」


 おっさんの時の態度や口の利き方を直していかないとだな。


「マルル・ハーネン。マルルと呼べ。わたし、きっとお前の世話係。ずっと一緒」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る