第4話 最弱少年と冒険少女

 レヴラン王に従って勇者アリシアの送還に成功したおれは、勇者の手助けを得たことで魔力暴走を引き起こし魔力渦に巻き込まれ少年に転生していた。


 辛うじて自分の名前は覚えているが、相変わらずそれ以外の記憶は甦っていない。


 それはいいとして……。


「キミ! キミの名前! さっきから黙り込んでるけど、名前を教えてくれないとこっちも仕事にならないし困るんだってば! 年は……見た感じ私より下っぽいから十六歳くらいだと思うんだけど違う?」


 そういえばあの時のおれは四十を過ぎていたな。そこから随分と若く生まれ変わったものだ。しかしこの体は確かに少年になっている。


「多分そうだと思う。名前は……えっと、エリル」


 正直言って年齢はあまり気にしていなかったからいいとしても、この名前を言えばアイナはどう思うだろうか。まさかおれが少年になっているだなんて分かるはずもないだろうけど。


「そう、あの人と同じ名前なんだ。いい名前だからきちんと名乗ってね」


 おれは行方不明扱いになったのだろうか。それとも?


「そういう君は?」


 面影を残すこの子を知っているとはいえ、いきなり出会った奴から自分の名前を聞かされたら不気味に思うだろうし言わないでおこう。


「年下くんに君呼ばわりって……まぁ、いいけど。私はアイナ。王都の外れにある路地裏ギルドのアイナ。もうすぐ二十歳になるんだけど、お父さんはまだ私をマスターにしてくれないんだよね」


 良かった、親父さんは存命だ。おれが若返ったのは計算に入れないとしても、アイナが十九歳……九年は経過してるってことだから存命なのは当然か。


 まだ幼かった頃のアイナと違い今では背も伸びているし、清潔感のある白いエプロンを身に着けているのが良く似合っている。


「冒険者ギルドに迷子を連れて行っても、依頼も受けさせられないから仕方ないんだけど、キミは冒険者に興味ある?」


 あぁ、そうか。おれが城に行ったことでギルドランクが上がったんだな。おれがいなければ送還も必要無くなるし、親父さんも引退してられなくなるか。


「な、なれるのか?」

「やりたい気持ちが強ければね。丁度、高ランク冒険者さんが来てるし口利きしてあげるよ。どう?」


 四十を過ぎていた時は親父さんに止められていたが、今は……今なら冒険者を望んでも反対されないはずだ。


「じゃあそれでいい」

「口の利き方がなってないのが気になるけど、それは冒険者さんに任せればいいか。ウチは飲食もやってるから食事しながら話を聞いてみるのがいいよ」


 よし、これで何とかなる。それはそうと、おれがどうなったのか訊いてみるか。


「ところで、おれと同じ名前の人は今どこに?」

「……どこか遠くに旅立ったって聞いたの。それだけ。またいつかどこかで会えたらいいんだけど……」


 アイナはどこか遠くを見るような寂しそうな表情を見せている。


「とにかく、このまま私について来て! もうすぐだから」


 しかしすぐに前を向いておれを先導している。十歳くらいの女の子だったのに、すっかりお姉さんって感じだな。


 路地裏ギルドは王都外れにひっそりと建っていたが、たどり着いたその場所からはひっそりとした感じは消え失せていた。


 周りには立ち話をする冒険者たちや兵士などもいて、扉から出入りする人の数が昔とは比べものにならなくなっている。


「ただいま~!」

「おう、アイナ。戻ったか。ん? その少年は?」


 親父さんがカウンターに立ち、依頼書の確認におわれている。きちんと仕事をしているとは驚きだ。


 伸ばしっぱなしだった髭も剃って若々しく見える。


「冒険者希望の子。城の辺りで迷子になってた。冒険者パーティーさんたち、まだいるよね?」

「彼らは今、食料の買い出しに行ってる。……ここにはあの子しかいないがな」

「あの子か~。う~ん、まぁ年も近そうだし、いいかも。じゃあお父さん……じゃなくて、マスター。この子の紹介よろしく~」

「――ったく、誰に似たのか知らねえがたくましくなったもんだ」


 どう見ても親父さん似だと思うけど。それにしてもおれがいた時はまるで違う。壁で隠していた小部屋も無くなっているし、何よりこんなに広かったのかと思うくらい人がギルドに集まっている。


「おう。お前、エリル……って名前だってな?」

「ああ」

「……子供のくせに偉そうだな。あいつと話してるみたいだが、それはいい。いいか? アイナも言ってたが、口の利き方は気をつけた方がいいぞ。特にこれからお前を紹介する冒険者パーティーはな」


 アイナもそんなことを言っていたな。しかしすぐには変えられないし、なるようになるだろ。


「分かった」


 おれの返事に親父さんは首を左右に振りながらも、奥の席に座る人におれを案内してくれるようだった。


 路地裏ギルドが飲食も兼ねているのは昔からだが、今ではそれが普通になっているようで、不自然さは感じられない。


「マルル、肉を食べてるところ悪いが、ちょっといいか?」

「……何?」


 親父さんが声をかけたのは、耳と尻尾が生えているもののそれ以外は人間とほとんど変わらない姿をしている少女だ。


「エリル、こっちへ! 彼女は狐人族のマルル。冒険者だ」


 親父さんに呼ばれ、席に近づく。


 狐人族というのは初めて見るが、白みのある毛、細長い顔つき、尻尾はふさふさしてて気持ちよさそうだ。そんな少女は食事を邪魔されたのが気に入らないのか、すぐに親父さんとおれを睨んでいる。

 

「マルル。こいつの面倒を見てくれないか? お前さんところのパーティーに加わる予定なんだが……」


 親父さんが目配せをしている。早く自分を紹介しろってことだろう。


「おれはエリル! 冒険者パーティーに入らせてもらうことになった。よろしく!」

「ばっ、口の利き方……!」


 アイナと親父さんに注意を受けていたものの、口調を変えずに名乗ったまでは良かった。


「……だから何? こんなガキ、役に立てるとは思えないけど?」

「君もおれと同じくらいだろ! 役に立てるかどうかなんてやってみないと分からないぞ」


 おれの態度に親父さんは頭を抱えている。若返っていい気になったわけじゃなかったが、何だか腹が立ってしまった。


「どうせお前なんて口だけの最弱小僧に決まってる!」

「決めつけるなよ!」

「ふん。そこまでほざくなら、お前の実力を今すぐ確かめさせてもらうからな! モハ! 奥を使うから!」

「お、おぅ……」


 狐人族の少女はそう言うと、おれの腕を掴んでギルドの奥へと引っ張って進み出していた。


「ど、どこに行くんだ? こんなギルド奥に何があるんだ」

「うるさい、黙れ! お前の最弱っぷりを確かめてやるんだからな!」


 最弱か。そう言われると少年になったばかりのおれが戦えるのだろうか。


 急に不安になってきたな。

 

「ふん、わたしを見た目で判断したことを後悔させてやるんだからな!」

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