第3話 勇者送還、そして
「……国王はどうしておれを城に?」
城に向かう途中、兵士に同行するおれを見る貴族たちはあまりいい顔をしていなかった。
送還という力を脅威に感じたか、それともおれが単なるおっさんだからなのか。それとも、外れの町から出たことが無いおれを見るのが初めてだから……まぁ、様々だろうな。
「エリル殿がしてきたことについて、国王は感謝しております。そしてその力さえあれば、あの方の望みを叶える事が出来るのだとおっしゃっておられた」
送還を望む王族が城にいるってことか?
「おぬしがエリルか?」
「は、はい、王様」
兵士たちに付き添われ王の間に着くと、国王から直接声をかけられ平伏してしまった。王の間には側近と兵士が立っているだけで物々しさは感じられない。
「よい。頭を上げよ、送還士エリル」
「……で、では」
「おぬしを呼び出したのは我がやたらに人材を求めて集め、その後に放置していた者たちを還してやったことを評価したからだ。その力があれば、勇者殿をも還すことが出来るのではとな……」
勝手に送還したことを咎めるつもりはないみたいだ。
「勇者……? その者に送還を?」
「そうだ。勇者を召喚出来たことで満足したのだが、還す手段が見つからなかったのだ。それを可能にしたのがおぬしというわけだ。やってくれるな? エリルよ」
人材を求めて召喚しまくったらしいが、勇者を召喚して満足したってことか。
「王命には応じます。しかし、召喚した者じゃなければ問題が生じるのでは?」
呼び出した者が帰還させるべきなのに何でおれ?
「おぬしの疑いはもっともなこと。だが、勇者を帰還させるには膨大な魔力量が必要だった。勇者を召喚するのに王国中の宮廷魔術師をかき集めてやっとだったのだ。彼らは体力を激しく消耗してしまって今は身動くこともままならぬ」
なるほど……どこの世界の者か分からない人間、それも勇者を呼ぶだけで精一杯だったわけか。
どうりで宮廷魔術師たちの姿を見ないと思った。
「国王はどうして勇者を召喚したのに送還をさせるのですか?」
「……い、いや、勇者を我の近くに置き、そばにいて欲しかっただけなのだよ」
「え?」
「い、いいではないか! とにかく、頼むぞエリル」
国の安寧を望んでの召喚などではなくそばに置きたかった?
何なんだそれは。それでは今まで送還希望を持った人たちの悩みは国王の自己満足によるものに過ぎなかったのではないのか?
「勇者アリシア、こちらへ」
国王の指示で客間に控えていた勇者なる女性が姿を見せる。まさか女性だとは思わなかったが。
そのいでたちは、派手なアクセサリーを全身に纏い額部分に小さな角をした赤い髪の女性だった。
純粋な人間ではないのか?
「……送還士エリルさま。私をどうか、元いた町へ還してくださいませんか?」
元いた町か。国王の身勝手な召喚で呼ばれているし成功させないとだな。
「国王レヴラン様。送還の儀式は周りに人がいては上手くいきません。ですので人払いを」
「おぉ、そうか。では我らは離れの客間で待つとしよう。エリル殿、お願いいたす」
「お任せを」
国王たちが王の間から離れた途端、気のせいか勇者アリシアから仄かな気配を感じる。だが国王以下、城の者たちに頭を下げられてしまった以上送還を成し遂げるしか無い。
「エリルさん。エリルさんの送還によって、人間たちはどこに還っているとお思いですか?」
「え?」
もちろん答えられるわけがない。
しかし勇者は微笑みながら、その答えを口にする。
「ある者はどこか遠い大陸へ転移、またある者は記憶を失くして転移……そして――」
「故郷のような場所に還るわけではないと?」
「いいえ、もちろんいるでしょうね。あなたにはそれを期待しています……」
勇者が言うことが気になってしまうが、これもおれの仕事だ。
古布を腕から巻き取り、勇者の腕に手を伸ばす。後は彼女が望む場所へ向けて魔法を放つだけだ。
「アリシアさんが思い浮かべる還りたい場所はどこですか?」
「瓦礫が多く残る大きな町、複数の冒険者が未だに居座っている都市……旧テルミア帝国。そこに還りたいですね……」
ん?
何だか違和感のある都市の名前だな。
「分かりました。あなたが強く望むならきっと送還されるはずです」
「是非……。送還次第、そこにいる者全てを同じ目に遭わせてやりたい――」
「では、かざしますよ」
送還魔法は対象者が浮かべたイメージ先に向けて魔法、魔力をかざすに過ぎない。発動さえしてしまえば失敗することは無いといえる。
だが、何度注いでも勇者アリシアには送還の光が注がれることが無かった。
「……すまない。何が原因なのか分からない」
「では、私も魔力の手助けをしましょう」
勇者がそう言った直後、まるで魔力暴走かのように空間に歪みが生じ始める。暴風が起こり、魔力の渦がおれとアリシアさんを包み出した。
「あぁ……上手くいきそうです。そのお礼に、エリルさんにはもう一度人生を楽しめるように全てを変えてあげましょう――フフフッ」
彼女が小声で呟いていたが、おれはすでに魔力渦に巻き込まれ意識そのものを落としていた。
「――――いててて……」
何だろう、全身がバキバキに痛い。何だか分からない痛みを感じながらおれは目を覚ました。
しかし随分と広い部屋に飛ばされた気がする。勇者アリシアの姿がないところを見ると、送還は成功したように思えるが。
部屋を見回しても変わった様子は無いが、息切れが酷いのは何でなのか。
「おい、そこで何をしている!」
どうやら兵士が戻って来たようだ。
「あっ、どうも! 無事に終わりましたよ~」
「何を言ってる? どこから忍び込んだか知らないが、ここはお前のような子供が来ていい場所ではない! 今すぐ出ていけ!!」
「へっ? いやっ、勇者送還に成功したので国王に一言だけでも……」
「訳の分からないことを言うガキめ! 帰れ帰れ!!」
――おれが子供だって言ったのか?
外に出されたのは仕方が無いとして、おれが少年だって?
手が小さくなっているのは分かるが、それだけじゃ分からないな。城から追い出されたし、まずは路地裏ギルドに戻るしかなさそうだ。
そう思って駆け出そうとするも、段差で足を転ばせてしまった。
「いてて……」
「こらこら、そこの少年! 道に迷ったからってお城に近づいちゃ駄目でしょ? ほら、立ち上がって!」
まさかこの大人びた声、アイナ……なのか?
「全く、迷子しかいないの? この町は!」
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