第2話 路地裏ギルドの送還おじさん

 王都ローデルの外れにある路地裏ギルドは人目につかないひっそりとした場所にある。親父さんとその娘の二人だけでやっていることもあって、冒険者ギルドとしての認知度は低く単なる食堂としてみられていることが多い。


 ここを訪れるのはもっぱら近くで暮らす者たちばかり。路地裏にあることが幸いなのか、ある悩みを抱えた者たちがひっきりなしに訪れては旅立っていく。

 

 ほとんどは薄暗い夕方くらいまでに訪れ、適性が無ければそのまま帰ることが多い。冒険者ギルドでありながら冒険者よりも他の用で来る客の方が圧倒的だ。


「おう、エリル。お疲れさん! こっちへ来て座ってくれ」


 小部屋を出てロビーに戻ると、髭を剃らずにたくわえた親父さんとその娘であるアイナが椅子に座って俺を出迎えた。


 おれの仕事が終わるタイミングで夕食を一緒にとるのが当たり前になっていて、テーブルの上には飲みかけのグラスや食べ始めのお皿が乗っかっている。


「おう、お前も飲むか?」


 親父さんと呼んでいる彼は路地裏ギルドのマスター。だが、冒険者が来ないのをいいことに受付なんかはアイナに任せっきりで全く仕事をしていない。


 かくいうおれも冒険者どころか無関係な仕事をさせてもらっている立場だが。


「水ならありがたく頂きますよ」

「もちろん水だ。まぁ、喉も渇く話だからな。アイナ、エリルに水をたっぷり注いでやってくれ」


 目の前に置いてあるコップに大量の水が注がれていく。


「……ふぅ」


 アイナが注いでくれた水を一気に飲み干し、ひとまず落ち着く。


「エリル。お前、いつまでこの仕事をするつもりだ? 言っちゃなんだが、いつまでもここで治療の真似事は出来ねえぞ? この辺の連中はまだいいが、城に近い者どもがお前のことを良くも悪くも広めつつあるからな……」


 治療の真似事……親父さんから見ても、おれの送還はよく分からないらしい。


 なぜ送還という魔法を使えるようになったのかおれにもはっきりとした理由が思い浮かばないが、親父さん曰く腕の刻印が関係しているんじゃないかということだった。


「城に近いというと、中央の?」


 親父さんは軽く頷いた。


 王都ローデルは貴族が住まう中央広場と、おれがいる路地裏ギルドのような外れの地区がある。王城に近い連中はほとんどここに近づくことが無いのだが、王都に起きている変化にはかなり気をつけているのだとか。


「何度も訊いちゃいるが、お前の腕に刻まれているのは王族が身に着けている装飾品に似ている。仮に王族のモンだったら、そのうち迎えが来てもおかしくねえからな」


 親父さんが心配しているのは、ぐるぐる巻きで隠している腕の刻印だ。それと送還の力についても悩みの種らしい。


「王族なんてものじゃないですよ。腕の刻印はいつ出来たのか分からないし、記憶が無いおれを親父さんに拾われてなければその辺でくたばってた奴ですからね」

「まぁ、おれの引退休業中の稼ぎはお前が稼いでるからな。お前だけを責められねえや」


 言いながら親父さんは気恥ずかしそうに頭を掻いている。

  

「それはそうと、結局お前さんがやっている送還魔法で客はどこに送られているんだ?」

「おれにはさっぱりですよ。おそらくこことは別の世界、あるいは単純に故郷に旅立っているのではないかと……」


 正直言っておれの送還によってどこに送られているのかは不明だ。


 初めは試しでしただけだった送還。だが、送還した者がこの町に帰って来ていない話を聞けば、すぐにローデルに帰って来れない場所に行ってしまった可能性が高い。


「なるほどな。お前が分からねえなら仕方ねえな。それに言っちゃなんだが、外れに暮らす者の多くはほとんどが訳ありだ」


 路地裏ギルドは王都の外れ。その辺りの家に住む人は堂々と表を歩けない人ばかり。その理由を聞かされた時は信じられなかった。


「……人を召喚するなんて信じられませんね」

「オレも最初は何のことだか分からなかったがな。どうやら王は勇者って奴に用があるらしくてな。それでレヴラン王国に次々と無関係な人が呼ばれているらしい! しかも用が済めばすぐに王都に放りだすって話だ。酷いもんだぜ」


 ここでの生活を余儀なくされ、おれの魔法によって望んだ世界へ帰っているのだとしたら、送還士として役に立っていると言えるのかもしれない。


 もちろん送った側の世界までは見えないので確証は無いが。


「エリル。お前、四十を越えてるおっさんだぞ? しかも記憶が無いときたもんだ。だからといっていつまでもここで働くってのは……」

「それなら、王都を出てどこか旅を――」


 ここじゃない他の国にも送還希望者がいるとしたら、他の場所で生計を立てるのもいいのかもしれない。


「旅? 冒険者ってことならその歳でやるのはおすすめ出来ねえな。それに、アイナだってようやくお前に懐いたことだしな」


 親父さんの言うとおり、おれが保護された時は幼いアイナがおれに怯えて全く懐いてくれなかった。


 それが今ではすっかりおじさんと呼ばれ、アイナとは普通に話が出来ている。


「俺が道中の途中まで送りてえところだが、腰が痛いしな。かつて仲間だった奴らも年を喰ってとっくに引退してる。アイナをここに置いていくわけにはいかねえし、お前一人だけで外に行かせることが出来ねえ」


 親父さんはアイナを見ながらおれのことも心配してみせている。おれは注がれる水を飲み干しながら結論を出そうとするが――。


「お父さん! たくさん足音が聞こえる!」


 手持ち無沙汰で大人しくしていたアイナが急に立ち上がり、外を気にしだした。その表情はかなり不安そうでおれのそばに駆け寄ってきた。


「あん? 客がこんな遅い時間に来るわけが……」


 冒険者が滅多に来ないとはいえ、悩む者の為に扉は常に開放している。そんな扉付近を気にしていると、フードで顔を隠した男たちが数人ほど入って来た。


 剣を腰に据えているところを見れば冒険者のようにも見えるが。


「お前さんら、依頼を見に来たのか? 残念だがうちは休業中だ! よそへ行ってくれや」

「……このギルドに、送還なる妙な魔法を使う男がいると聞いて興味を持って来たのだが、あなたのことか?」

「――それを訊いてどうする?」


 親父さんは首を左右に振りながらおれに目を送っている。うかつに動くなということだ。


 だが、


「なぁに、連れて行くだけだ! 少なくともギルドマスターであるモハ……あんたには迷惑はかけんよ」

「――何!?」

「手荒な真似はせんよ。我らは王の配下なのでな! それに送還士が役目を果たせば、路地裏ギルドには冒険者の依頼を増やすことを約束しよう」

「ぬ、ぬぅ……」


 男の一人が顎で合図をすると、他の男たちが一斉にフードを外し素顔を晒しだした。


 男たちがおれに近づくが。


「おじさんを連れて行かないで!!」


 手を握っていたアイナがおれの手を離さずに立ちはだかる。


「心配はいらないよ、お嬢ちゃん。彼は国王に呼ばれた名誉ある人間なんだ。ひどい目に遭わせるわけじゃない」

「……そうなの?」

「もちろん。国王はもちろん、兵士たちに興味を持たれた人間だからね。悪いようにはならないんだ」


 アイナにそう言うと、兵士はおれの両脇に立って移動を促した。


「おれに興味じゃなく、王命で連れて行く……で違いないか?」

「……送還士エリル。その名は貴族連中の誰もが気にしていた名だ。我らはあなたを迎えに来たに過ぎない。本当に出来るものなら城に同行してくれることを願う」


 親父さんじゃないが、まさか本当に迎えが来るとは。


 態度はもちろん、おれを拘束するつもりは無いようだ。すでにアイナや親父さんに迷惑をかけているし城に行くしかないだろうな。


「送還が役に立つというなら同行させてもらう」

「おお! ではエリル殿、行くとしましょう」


 どうやら捕まるといったものではなさそうだ。そうなればすぐに戻って来れるはず。


「親父さん、アイナ! やれることが済んだらおれは戻って来ます。なので、心配しなくても大丈夫ですよ!」

「エリルおじさん、きっと戻って来てね!」

「……お前がそう言うなら仕方ねえが、とにかく何が起きたとしてもここに戻って来い! そしたら年若くないお前さんでも冒険者の心得ってのを叩き込んでやる。いいな?」


 おれに何かが起きる予感でもあるのか、親父さんがいやに優しいな。


「はい! では、親父さん、それとアイナ。行ってくるよ!」


 送還によって誰かの役に立ってきたおれが今度は国王の力になる。それなら存分に発揮して親父さんとアイナを安心させないとな。

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