覚醒待ちの最弱冒険者はあらゆる不運を打ち破る
遥 かずら
失われた記憶
第1話 始まりと忘却
「……酷い有様だ。再建までかなりの時間を要することになりそうだな」
旧テルミア帝国はかつて栄華を極め、圧倒的な軍事力を誇っていた強国。だが、今では魔王軍によって復興もままならない壊滅都市と化している。
壊滅都市周辺を狩場とする腕利きの冒険者に協力してもらい、世界各地の壊滅国を巡る遠征に出向いて早十数年。聖者としてやれることは生存確認や治癒の施ししか出来ていない。
これまで治癒によって助けられた人の数もごく僅かに過ぎず、そこですることのほとんどは瓦礫を動かしたり残存する魔物や魔獣を仕留める冒険者の手助けをするくらい。
一人の聖者が出来ることは限られるうえ聖者の役割が救済措置である以上、おれにしか出来ない役割を果たすだけになる。
「聖者エリル殿、こっちへ来てくれませんか! 奇妙なものを見つけたんです」
帝国内を隈なく探し、撤収を終えようとしたところで冒険者たちから声がかかった。
奇妙なものが見つかるとは珍しいこともあるものだ。
魔物の類、もしくは奇岩や何らかを模した石像でもあったのだろうか?
やや不安を覚えながら声がしたところに近づこうとすると、恰幅のいい剣士の男が笑いながら駆け寄る。
「ガハハハッ! 心配いりませんぜ! アイテムが落ちてるってだけなんで!」
「アイテム? すると、魔物に関することじゃないんだな?」
「いや、魔物でしたがね。すでに瀕死だった魔物のところにあるってだけのことなんで何も心配いらんですよ」
剣士の男と一緒に目当ての場所に近づくと、仕留めた魔物がすでに灰と化していて、その近くに向けて指差す魔術師の姿があった。
彼らの冒険者ランクはA。少数で動いている。
「……それは?」
「形あるものだったので壊さずに様子を見てたんですが、聖者殿はこれが何なのか分かりますか?」
彼は下手に触れると何が起きるか分からないといった表情で、地面に置かれているものを黙って見つめている。
「装飾品だろうな」
魔物を倒すと稀に鉱物や魔石、人から奪ったとされる武器や金品なんかを見つけることが出来るが、装飾品は今まで見たことが無い。
何らかの刻印がされているようにも見えるし厄介だな。
「装飾品ですか……。魔王配下の奴ならともかく、弱い魔物が持っていたりするものなんでしょうか?」
腕輪のような装飾品となるとその辺をうろつく魔物ではなく、ある程度の知性を持った魔族じゃなければ持つことは無いと言える。
「すでに瀕死状態の魔物だったんだな?」
「はい、そうです。あっさりと倒せましたから」
「魔術師のこいつでも倒せたから弱っていたってことですよ、聖者のダンナ!」
剣士の男は豪快に笑っているが、剣士の出番も無く倒せたなら心配するアイテムではないということになるな。
「どういう奴だった?」
「使い魔のインプでした。壊滅都市に多く見られる個体ですね」
帯同している冒険者は剣士、魔術師ということもあってよほどの強敵じゃなければ苦戦することはなく、それがインプであればなおさらだろう。
「インプが腕輪を持っていたとなると呪い付きの可能性が高いな」
インプという魔物は小さな角と大きな頭をした知性のある使い魔と聞く。力は強くないが、魔王あるいは幹部級に付き従って偵察や伝送、戦闘地から本拠地に送還する力を持つらしい。
「……どうされます?」
「このままにしておくのは良くないし、君たちも拾いたくないだろう?」
おれの言葉に二人は顔を見合わせて頷いた。
「聖者のおれが身に着ければそのうち嫌でも浄化するはず。預かっていても構わないか?」
本来なら冒険者たちの戦利品になる。しかし、見慣れぬアイテムに躊躇している彼らを迷わせない為にもおれが拾うしかない。
「聖者殿であれば問題は無いと思います。どうぞ」
「わしも構わんよ!」
二人から同意を得たおれは、地面に落ちている腕輪を拾い左手首に通して身に着けた。
だが――それが間違いだった。
腕輪を身に着けた直後、全身に魔法攻撃を受けたかのような痛みを感じたうえ、めまいのような状態異常が起きた。
「エリル殿!! 呪術系の魔法が暴走して磁場が悪くなっています!! 今すぐ腕輪を外してください!」
「聖者殿、早く腕輪をっ!!」
彼らに外せと言われ手首を見るも、身に着けたはずの腕輪が無くなっている。
「まさか、腕輪が……消えた!? 一体どこに……」
腕輪が無くなっていることも驚きだが、彼らが近づけないレベルの重力が一帯に生じ始めだした。耐性の無いおれは身動きが取れないまま、地面に叩きつけられている。
このまま地下深くにでも沈んでしまうのかもな……。
「ああぁっ!? せ、聖者殿が消えた?」
「な、何てことだ……」
彼らの悲痛な叫びを感じながらおれは意識を落とした。
「…………目の前に見えているのは濡れた地面……?」
気づいたらおれはひと気のないどこかの路地に倒れていた。霧雨が降りしきっているようで、辺りにひと気はもちろん魔物もいないように思える。
全身が鉛のように重く、頭痛も感じて手足が思うように動かせそうにない。
このまま眠っていればどこかでまた目覚めるだろうか?
……などと悲観的な思考に陥ろうとしていると、
「お父さん!! 誰か倒れてる! こっちに来て」
女の子の声……か?
「お、おい、あんた! しっかりしろ! まさかまたこの町に送られてきたってのか? ったく、よりにもよって何でこんなところに……おいあんた、名は言えるか?」
駆けつけてきた野太い男の声が耳に響く。
名前か。
おれの名前は――。
「エリル……」
「エリルだな? あんたかなり歳を食っているが……ん? 腕に刻印があるな。まさか王族か?」
ああ、そうか。年若く無い体だから体が重いんだな。しかし腕に何が刻まれているというのか。
「ここは王都ローデルなんだが、あんたは一体どこから来た?」
どこから?
そもそもおれは今まで何をしていたのだろうか。どこからと言われても何も分からない。
「お父さん、見回りが来ちゃうよ」
「しょうがねえ! アイナ、先に行って部屋を暖めておいてくれ! この男はオレが運ぶ。いいな?」
「うん、分かった~!」
野太い声の男は全身が重くどうすることも出来ないおれを担ぎながら、どこか分からない路地をひたすら歩き出していた。
目が覚めたのは数日後だった。
あれからどれくらいの月日が経ったのか分からない。しかし、それを考える間もなくおれは路地裏ギルドで生計を立てるまでになっていた。
ギルドの奥、一枚の薄い壁で仕切られている隠された小部屋で、ベッドに横になっている尖った耳をした男性に向かって手を伸ばす。
かざしたその手から間近でもぼやける淡い光のようなものが注がれ、そして。
「……あぁぁ、やっと僕はあるべき場所に還れるんだ。送還士さん、ありがとうありがとう!」
そう言い残し、"客"は穏やかな表情を浮かべてこの場からいなくなった。
今日の客もきちんと還ることが出来たのだろうか?
おっと、のんびりしてられないな。あの子が呼びに来てしまう。
"送還"した直後に熱を帯びて浮かび上がる腕の刻印を古布でぐるぐると巻いて隠し、ベッドを綺麗に整える――ここまで済ませたところで。
「エリルおじさ~ん、ご飯が出来てるよ~?」
おれを呼ぶ少女の声が壁の向こう側から聞こえた。
「ああ、今すぐ戻るよ!」
妙な魔法を使い、何者か分からないままのおれを働かせてくれている"家族"の元に向かって部屋から出ることにした。
「は~い! お父さんと先に食べてるね」
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