第4話 まかない

端的に言おう、

今日は凄まじい一日だった。


初仕事とはいえ休日のため、割と都会よりのこの場所も結構な人が来る。お昼時には超人気料理店並みの行列ができていた。

面接をしに来たタイミングがたまたま空いていただけで、もともとここは結構有名な喫茶店であったことを仕事中思い出した。

いつもは人が並びまくってるから外装見てもあんまし気付かないんだよなぁ。


そんな状態のため、昼頃の店内は席は満席、看板メニューのオムライスとベルベブレンドの紅茶『ベルベット』とブレンドコーヒー『エキザカム』が注文の七割を占め、結果として十個入り卵パックを五パック、四つほどあるベルベットの茶葉用ボトルのうち一つとボトル八割を使う結果とし、先程閉店時刻六時半に、本日の大仕事は幕を閉じた。

一日とにかく働く、それはたとえどんなに裏方の仕事で休憩を適度に取ることができたとしても仕事が多ければもちろん疲弊する。

バイト初日、フルで働くなどというバカなことをした私、小平明咲香のライフは見事なまでにゼロとなった。


「つっっっっっ………かれたぁあ!」

「お疲れ様です、小平さん」


正直、甘崎コイツはすごい。昔からバイトとしても働いているらしく、とにかく動きの一つ一つが手慣れている。家が喫茶店なだけある。


「いやー喫茶店のフルバイトエグい、何時間も休みなしでやるデスクワークより断然キツい!」

「いや本当にどんなとこだったんだよ前のバイト先」

「ふふ、お疲れ様〜明咲香ちゃん」

「…あ、お疲れ様です、かおるさん」


この人は甘崎のお母さんで、喫茶ベルベットの店主、かおるさん。

かおるさんはベルベのボス的な存在でもあり、ベルベの店員の全員をしっかりまとめ上げることのできるザ・最強店長である。


「どう?初仕事の感想は?」

「ここ、すっごい楽しいです!皆さんすごい優しいですし、料理とかもすっごい美味しそうで!いやー最高ですよ!」

「あら、それなら良かった!あ、でも楽しいからといって今日みたいにバイトフルで入るのはなるべくやんない方が良いよ、今日みたいになるから」

「いやそれはほんとに………。今日身を持って感じました」

「うむ、それならよろしい!あ、そうだ明咲香ちゃん、今お腹空いてたりご飯の予定ってあったりする?」

「?いえ、特にはないですよ?」

「りょーかい!じゃあもう少し待っててもらっていいかな?」

「あ、はいわかりました」


何かまだあったりするのかな、まいっか。

………いや、でも本当に疲れた。仕事の内容が違うだけでもこんなにも疲労度が異なるとは…。

体力ある方ではあるけどやっぱもっと体力つけよう。


「さーて、おまたせ〜!とってもお疲れの明咲香ちゃんにベルベから取っておきのご褒美がありま〜す!」

「?なんですかご褒美って?」

「小平さん、はいどうぞ。初仕事本当にお疲れ様です」


そう言って私が座るカウンター席に置かれたのは紅茶『ベルベット』とオムライスだった。


「え?!これいいんですか?こんなに美味しそうなもの!」

「いーのいーの!だってこれ、明咲香ちゃんのために作ったまかないだから!」


どうやらさっきの夕食の話はこのためだったようだ。正直めっちゃお腹空いてたからありがたい。


「じゃあ、お言葉に甘えて…いただきます!」


そう言って、まずスプーンですくったオムライスを口に運ぶ。

オムライスは口の中でとろけ、まろやかな味わいが舌に広がる。


「!このオムライスめっちゃ美味しいです!もうなんか卵とケチャップライスの味のマッチ具合が最高で!本当美味しいです!」


いや、マジでこのオムライスめっちゃ美味しい。確かにこれなら、あれだけ長い行列に並んででも食べたくなるわけだ。

しかも紅茶もすごい美味しい。風味がしっかりしてるのにさっぱりしててリラックスできる味だ。

そう思ってまた一口飲む。うん美味しい。




そして夢中で食べ進め、米粒の一つも残さず完食した。


「いや〜美味しかったです!こんな美味しいのまかないで食べてほんとに良いんですか?」

「いいんだよ〜美味しく食べてもらえるのはお客さんでも店員でも変わりなく嬉しいから」

「そんなんですね、いやでも本当にありがとうございます。あ、そういえば響太郎さん」

「ん?どうかしたかな?」

「ここの紅茶とかコーヒーの名前とかブレンドとかって全部響太郎さんがやってるんですか?」

「あ、ドリンク系の名前は響太郎さんがやってるんだよ、花言葉とかでえらんでてね〜」


意外だった。響太郎さんはどうやらロマンチストな一面があるらしい。


「そうなんですね、かっこいいですね」

「あぁいや、それほどでも。あと紅茶は僕がブレンドしているんだけどコーヒーは僕がしているわけじゃないんだ」

「?そうなんですか?じゃあそれは誰が………」


その解答に補足をするように答えたのは甘崎だった。


「……あー、コーヒーのブレンドをしてるのは父さんじゃなくてだよ」

「?甘崎、そのたびたび話に出てくるっていうのは……?」

「……あー、えっ…と」


私の問いに対して、なぜか言い淀む甘崎をフォローするように、すかさずかおるさんが答える。


「あぁ洸平くんはね、うちのお得意さんの焙煎士のお孫さんでうちの『エキザカム』をブレンドしてくれている見習い焙煎士の子だよ」

「はえーそんな方が……、今度あってみたいで―

――」


言葉の全てを言いかける前に甘崎が椅子から勢いよく立ち上がった。


「絶ッッッ対ダメ!あのちゃらんぽらんだけはダメ!無理!小平さんに会わせたら大変なことになる!」


どうやらそのさんが甘崎の地雷らしく私はそれを綺麗に踏んだらしい。甘崎がびっくりするくらい感情出してキレた。


「明咲香ちゃん、蒼はね、前に何度か洸平くんに秘密を言って洸平くんが私たちにそれを言っちゃったことがあってね〜それであんな感じ。でも洸平くんいい子だから今度あってみたら?」

「そうなんですね!会えるならぜひあってみたいです!」

「だからダメだって!!!言ってるだろうがぁぁぁああ!!」



そんな感じで、私の初仕事は幕を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

放課後のベルベット 椿カルア @karua0222

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ