第3話 初仕事とパウンドケーキ

「明咲香ちゃんとっても似合ってるわ、いやぁいいわねえ新人さんなのにもう何日も前からこの店にいたみたいで」

「いえいえそんな、でもありがとうございます!これから精一杯頑張らせていただきます!」

「にしても大丈夫?休みの日だからってバイトフルで入って」


「大丈夫です、前のバイト先二日間フル休憩無しで働かされたことあるので!!」


「どんなブラックだよ労基通報しろ労基」

「いや本当理不尽理由で首になって良かったですよ」

「ほんとにね。とにかく時間確認しながらちゃんと休憩はとろうね、うち人命第一だから」

「はい、ありがとうございます!」


 バイト面接の翌日、私は今喫茶ベルベットのデザインが描かれているエプロンに身を包んでいるのだ。

 調べたところ、喫茶店の制服にも意外と結構な種類があって、中には喫茶店というよりメイドカフェとかの趣旨の違うものもあった。(その中にあった超絶ミニスカの制服だけは絶っ対ぇ着たくねぇなと思った。)


 種類が多くある中でも、喫茶ベルベットの制服はYシャツにズボン又はスカート、デザインがプリントされたアールグレイカラーのエプロンという店の内装と同じくシンプルな制服だった。


 これに関してはかおるさんいわく、「シンプルな方がお客さんもリラックスできるし、あと動きやすいでしょ」とのこと。


「オーケー明咲香ちゃん、バイト初日の明咲香ちゃんにはまず、食器や食材の場所を把握してもらう、あとは食器洗いの二つの仕事を授けます!」

「はい、よろしくお願いします」

「んにゃ、いい返事だね。じゃあついてきて」


 かおるさんについていき向かったのは、マスターの響太郎さんがいるカウンターの裏にある台所。


 扉を開けると、すでに作業に取り掛かっていた甘崎がいた。


「あ、小平さん今日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします甘崎君、一緒に頑張りましょう」

「別に敬語に直さなくていいよ、いつもの甘崎って呼び方で大丈夫」

「じゃあ、よろしく、甘崎」


 気合を上げるため一度深呼吸をし、かおるさんの方へ体と目線を向ける。


「では、かおるさんご指導お願いしま――――」



「じゃあ蒼、明咲香ちゃんの指導お願いね」



「「…え?」」

「ん?どした二人共?そんな教えるのは私じゃないのか―って顔して」


 私と甘崎は顔を見合わせた。そして―――――


「「いや普通そう思うだろ!/思いますよね?!」」


 ハモった。互いの彼女に対する意見が、見事なまでに完璧にハモった。


「ちょっとまって母さん!なんでそんな『アンタならできるでしょ?』みたいにしれっと仕事ふるの!!」

「え〜、だって事実でしょ。容姿端麗で仕事はとってもうまくこなす、おまけにお客さんからは大人気!そんなアンタなら明咲香ちゃんに仕事教えるくらいお茶の子さいさいでしょう?」

「あ・の・ね・え!!そういうのは言うもんじゃないの昨日の事もそうだけど俺はもっと慎重に行きたいの!わかる?!」


 かおるさんと話す甘崎の姿は、いつもの猫背で暗い印象からは想像もできない程感情豊かで、少しあったかい人間味というのを感じた。


あと、なんかどきどきした。なんだコレ。


 ◆◇◆


 結果、甘崎の抵抗も虚しく食器食材の場所把握と食器洗いの仕事は、私と甘崎の二人ですることになった。


 かおるさんの、「二十分後の十時半開店だから、蒼に大体のこと教えてもらいな〜」といったときの顔をみて、確かにこういうとこ甘崎の言う通り悪魔だな、と思った。


「じゃあ、今から食器と食材の場所教えるね。まずは俺達が今いる台所から」

「うぃ、メモの用意はできてるぜ」

「ふふ、えっとね、台所には調達してきた食材の保管と調理をしてる。冷蔵庫はこの大きいのが二つあって、見てわかるように野菜とかハムとかのご飯系のメニューを作る食材の冷蔵庫にはオムライスのマーク、生クリームとかフルーツのコンポートとかのスイーツ系の食材はパウンドケーキのマークを貼ってるんだ」


 言われたことをひたすらメモる、めっちゃメモる。そして、初仕事の質問的なノリで後に私が後悔する質問をしてしまった。


「これさ、オムライスとパウンドケーキってなんか理由があったりすんの?」

「あぁこれ?オムライスは俺の好物でさ、喫茶店の看板メニューのひとつでもあるしちょうどいいって、父さんが描いたんだ」

「響太郎さん絵上手いな、で、こっちのパウンドケーキは…」

「えっと、これ、は!」


 二つ目の問いと同時に甘崎の声が裏返り、顔が赤くなった。

 そして彼は裏返り引きつったような声でこう言った。


「その…、それこの間まではなくて、物寂しいからこっちもなにか貼りたいねってなってたんだけど昨日の小平さんの『好きな食べ物はパウンドケーキですっ!』で、俺…じゃなくて父さんが!「あ、それにしよう」ってなっちゃって…。なんかごめんね、って小平さん?小平さーん?」


 なんかごめんね、という彼の声が私は一瞬聞き取れなくなっていた。それもそのはず、今私の脳内はとんでもないことになっているのだから。


(あれかー!!あの大焦り自己紹介の時のやつかー!、ってか今こいつ響太郎さんが決めたって言う前俺って言わんかったか?!何だここに来てから十六年間の中で一番の恋愛事情の変化だぞ!甘崎お前もうかおるさんに私に対する片思い暴露されてんだから吹っ切れてグイグイ来いやぁー!)


 脳内暴発思考から一時脱却し、思考から連れ出してしまった残りの感情に身を任せて甘先の服を掴み店内に迷惑がかからない小声で甘崎に突っかかった。


「甘崎あんたこの野郎おぉ!」

「は、はひ…!な、ななな何でしょう?!」

「あんたねぇ!恋愛に奥手なのにも限度ってもんがあんでしょ」

「げ、限度といいますと…?」


 あーもうここまで来たら言ってやる、もうけっこう切れてるしこのままいってやっていいよなもう。


「っだから、たとえ家族にであろうと自分の恋愛対象の人間に片思いしてるの暴露されたらね普通なんか吹っ切れたりしないの?!逆にそこまでしても吹っ切れない精神力はどこから来んの?!」

「お、お褒めに預かりこうえ…」

「褒めてないわ!!」


 あぁもう、何をやってるんだ。

 甘崎コイツも、――――――私も。

「…は、あっはは」

「え、えっと小平さん??(え、どうしよなにこれなんか急に笑い出したんだけど)」

 可笑しくて、笑っちゃうなぁもう。

 切れたと思ったら笑い出す?、あーもう今日私情緒ばぐってんなぁ。



「あ、よかった笑い収まった?」

「あはは、いやぁだいぶ落ち着いて来たわ」

「もういきなり笑い出すから何事かと思ったよ」

「それはごめん」


 ひとしきり笑ってふと時計を見ると、開店時間ギリギリの二十八分になっていた。


「うっそやば、甘崎時間やばい」

「うわほんとだ、小平さんさっきの覚えられた?」

「全部メモったから平気!」

「了解、じゃなる早で食器洗い教える」

「よろしく」


 なんやかんやあったが喫茶ベルベットは無事時間通りに開店し、あっという間に時間が過ぎていった。


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