MMEI-0090 スパイシーVビーンズ
モンスター生態調査団が確保したポイゾナスカンクのメスは、臭腺除去と初期調査を終えて、モンスター娘生態調査団に管理が移譲された。スパイシー
「伊達主任、この容態であればいつでも実験開始できますよ。」
確保飼育班の神保主任がそう言った。応用実験部の実験配信班の成功を受けて、生態調査部に新設された班だ。捕獲したモンスター娘の安全な収容と飼育を行う目的で作られたとされるが、実際には飼育下にあるモンスター娘の様子を配信する目的で作られた。
適切な管理下で安全に収容できるモンスター娘の存在をアピールする事で、調査団の表の目的となる「良き隣人」を紹介する事が出来る。それがモンスター娘生態調査団の運営資金獲得につながるのだ。
「それはありがたい。すぐにでも実験に移らせていただきますよ。」
反復実験班の伊達主任は、この時迷っていた。うだつのあがらない自分の成果と、他の主任の働きを比較して焦っていた。かつて部下だった橘は、今では花形班の主任として調査団を牽引している。それを考えると自分も何か、大きい事をしてみたい。
だが、スパイシー
それで、いつも通りの要請をクリアするためだけのつまらない実験を行うか、斬新な実験手法を考案して大きな成果を上げようと努めるか……伊達主任はこの時迷っていた。
「佐藤さん、君の方で手引書にある方法を一通り試しておいてくれ。」
「わかりました。」
結局、いつもやっているようなマニュアル通りの実験は部下に丸投げした。機材確保や施設利用の委任など、申請無しでやるのはルール違反も甚だしい。そんなことにも構えなくなるほど、伊達主任は追い込まれていたのだった。
「『特異能力を細かく調査せよ』ねえ。この要請から逸脱せず有意義な実験をするにはどうすればいいか……」
任意実験を申請する必要がない程度にざっくりとした要請である。特異能力に関するものであれば全て要請実験として行えるからだ。そして、成果として注目されるのも特異能力に関する新たな発見だ。しかし、別の媚びへつらい方もあるだろう。
「直接触れる事が出来るほど友好的なことが分かれば一歩前進する。それに、特異能力に関する実験として通用するじゃないか!」
昨今の調査団の配信偏重による資金獲得の波に乗るのだ。その手助けとなるような情報が得られれば評価されるはずだ。人的被害の懸念から対象へ直接接触するような事は禁止されているが、それは無許可の場合だったらだから、許可さえ得られれば問題ない。今回のように要請されているのであれば、許可されているも同然だろう。
伊達主任は夜間実験の申請だけ済ませると、佐藤職員の勤務終了を待った。今晩は実験棟でスパイシー
調査結果報告書と確保飼育班の検査報告を見るに、問題ないだろう。生態として攻撃性は皆無だし、臭腺が無いなら反撃はあり得ない。そもそもモンスター生態調査団で散々弄られて尚これだけ温和なのだ。何を恐れる必要があると言うのだ。
「伊達主任、今日できる部分は一通り終わりました。報告書を一部更新しておきましたので、ご確認願います。」
「あー、うむ。ご苦労だった。」
伊達主任は結果報告書の暫定更新されたものを一瞥したが、内容を深くは確認せずに自分の実験の準備を進める事にした。檻の中に布団と枕を敷いて、外にはカメラを設置する。
伊達主任の予想としては、檻の中でのみ特異能力が発動する。発動条件が3m以内に人間が居て、尚且つ人間に見られていない時なのだから、その狭い範囲でのみ不可視の個体が増殖するはずなのだ。それに、飽くまで感触だけであって実際に増えているわけではないだろう。
モンスター生態調査団で撮影された映像を見ても、何も増えてなかった。ただただ被験者だけが、何か複数の毛むくじゃらに触れていると言っていた。万が一何かがあったとして、実験棟のここには撮影用以外にもカメラがある。人間が本体を視認すれば特異能力は解除されるのだから問題ない。
「よおし、お前を使って俺もでっかくなってやるぞお」
「ミィ?」
全く暴れることなくスパイシー
(これが『見えない増殖』か。確かにもう1体いるかのような感触だ。)
そのままうつらうつらとしていると、今度は更に重さを感じた。3体目の増殖した個体が上に乗っているようだった。寝苦しく感じた伊達主任が目を開くと、抱き枕の感覚だけに戻った。本体の首筋が見える。視界に体の一部でも入れば解除されるわけだ。
(うむ。これなら解除も簡単だから問題ないな。)
伊達主任は本格的に寝入った。そして、暑さと圧迫感で朝を迎える前に起きた。身体を微塵も動かせず、目も開かない。息をするのもやっとだ。
(個体が増えすぎてしまったのか……!?)
すぐ近くから金属が押し広げられる音がする。実験棟の鉄の檻が増殖した個体に圧迫されているのだ。この増えた者たちは感覚だけじゃない。実際に実体がある!
自分が窒息するのがはやいか、あるいは潰れるか、それとも檻が破壊されるのがはやいだろうか。とにかく、目さえ開ければ解除できるはずだから、諦めない。
しばらくして鉄の千切れる音がした。伊達主任の目が開いた。
「やったぞ!」
しかし、抱き枕にしていたスパイシー
「ぐおおっ、くそっ!重い!」
しかし探す事すら出来ず、窒息死の次は圧死の可能性が出てきた。檻は壊れたが、その外で更に増殖が続いているのだ。増えれば増えるほど、指数関数的に増殖速度が速くなっている。だから、伊達主任は重さで全く身体を動かせない。
もはや伊達主任単独で特異能力を止めることはできなくなった。自分がいかに愚かなことをしでかしたか反省し始めたが、もう反省する事すら手遅れだった。
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暫定報告書
識別名 : にじみ出るもう一体
生息地 : 毒性地帯P-120N
サイズクラス : 標準
ウェイトクラス : 標準
スピードクラス : 俊足
ムーブメントクラス : 歩く
フェロシティレベル : 温和
フレンドレベル : 友好
フィーンドレベル : 無害
特異能力 : 見えない増殖
発動条件は、対象が別の生物の半径3m以内に居て、何かの視界に映らない時。カメラ越しの場合は視界外と判定されるため、発動条件を阻害しない。効果は、見えない実体が増えていく。この実体には重量や体積があり、物理的に存在している。生物の視界ではっきりと対象を区別できる状態で、本体を視認すると終了する。
人的被害レベル:重
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<緊急警報 緊急警報 モンスター出現 緊急警報 緊急警報 モンスター出現>
ベースキャンプにてモンスター被害が発生。不可視の実体が急速に増殖することでキャンプを押しつぶしている。
<職員はただちにベースキャンプから離れて非難せよ>
<エコー ベースキャンプから離れて非難せよ>
現在のところ推測される中心地は以下の2か所。
・モンスター生態調査団 飼育槽
・モンスター娘生態調査団 実験棟
特に飼育槽側の被害が甚大で、こちらは刺激臭を振りまいている。原因究明と並行して解決に向けた作戦を決行する。
<緊急警報 緊急警報 モンスター出現 緊急警報 緊急警報 モンスター出現>
・・・
深夜から早朝にかけてベースキャンプで鳴り響いた緊急警報は、全ての透明な実体が消失するという急展開によって止められた。飼育槽側の刺激臭を取り除く必要はあるが、喫緊の課題は解決した。
原因究明チームと問題解決チームが合同して調査に入ったところ、中心地とされる2か所でそれぞれの原因が発見された。
ポイゾナスカンクのメス(スパイシー
関係調査団と緊急警報解決合同チームによる情報を整理した結果、3m以内に生物が存在することで特異能力が発動してしまったことと、その条件となる生物が死亡したことで能力が終了したことが一部始終である。そう結論された。
モンスターの確保に関してずさんな管理をしていることと、職員が軽薄な行いをしたこと、そのどちらもが非難の対象となった。モンスター関連の調査団体には、今後は外部の厳しい監査が入る事となる。
モンスター娘生態調査団としてはあまりに重い過失となった。人的被害を起こしてイメージを損なっただけでなく、日本政府からの支援が減らされることとなってしまった。何より、真の目的を遂行するのに監査が非常に邪魔だった。
・・・
「えー……伊達くんの後継として内藤くんを据えることにする。君は度々伊達くんと衝突していたし、団内規定を遵守しているからね。」
「はっ! ありがとうございます!」
一連の事件の幕を閉じた後で、空いた席を埋める人事があった。木田部長に新たに任命されたのは内藤
「伊達くんの代理としては今まで美代ちゃんを立ててたから、引継ぎは彼女にまかせてるよ。後は頼んだからね。」
「おまかせください!」
こうして、内藤新主任は佐藤職員の手を借りて実験を再開した。伊達の一件は反面教師として、モンスター娘の恐ろしさを正しく周知した。
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応用実験部 反復実験班 内藤弟羅玖栖
実験結果報告書
識別名 : にじみ出るもう一体
生息地 : 毒性地帯P-120N
サイズクラス : 標準
ウェイトクラス : 標準
スピードクラス : 俊足
ムーブメントクラス : 歩く
フェロシティレベル : 温和
フレンドレベル : 友好
フィーンドレベル : 有害
特異能力 : 見えない増殖
発動条件
以下の2つが満たされる時。
・対象を中心とした半径3m以内に別の生物が存在すること。
・距離に関わらず、生物の視界に直接映っていないこと。
※対象と同種の生物は特異能力の発動条件には含まれない。
映像を経由する場合は視界範囲外と扱われる。
効果
対象と同じ能力を持つ透明の実体が増えていく。この実体には重量や体積があり、物理的に存在している。また、それぞれの実体はそれぞれ別種の生物として扱われる。そのため、指数関数的に増殖を繰り返すようになる。発動条件を満たさなくなると終了する。
人的被害レベル:致死
特徴 :
対象は、体長164cmの標準的な人型のモンスター娘である。白黒まだらの長毛に覆われていて、ふさふさの長い尻尾を持っている。短い耳とつぶらな瞳、桃色の鼻を有していて愛嬌のある顔をしている。1対の大きい乳房があるほか、その下には2対の小さな副乳が連なっている。ほとんどの場合は尻尾を立てて4足歩行しているが、2足歩行も可能。いずれの場合でも尻尾を過剰に動かして移動するが、これは頭と乳房の重さに対するバランサーとしての役割である。鋭い牙と爪を持つが、攻撃は滅多に行わず、分泌液を噴出して戦闘を避ける。
生態 :
対象はスカンク科の哺乳類の特徴を有した人型の生物であり、群れを作らずに個体で動き回って食事や寝床を探す生態をしている。ただし、子供が産まれた場合は成熟するまで一緒に行動する。基本的に温和で友好的だが、警戒時には逆立ちして威嚇を行うため、この時不用意に近づいてしまうと窒息するほどの刺激臭を持つ分泌液を出す。この分泌液の役割は戦闘を避けること全般に存在していて、外敵の撃退のほか、予め臭いを散布したり縄張りを誇示したりするのに使う。更には、この分泌液の他に特異能力による自己増殖を武器としており、嗅覚を持たない生物であっても視覚がなければ対処できる。嗅覚と視覚の両方を持たない生物は生息地におらず、生存能力が優れている。また、環境への適応力が著しく高く、極端な気候でなければ即日で順応する。
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