MMEI-0084 プラネットチャイルド2

「モンスター娘かどうか確証は得られないが、実験するってことォ?」

「そういうことだね。まあ、我々も勤め人ということだよ。」

「言っときますけど、対象不在の実験て意味不っすよ。どうしろと。」


千葉主任と話しているのは林重徳と林雄大で、反復実験班の名物である、変人主任と林さんズのトリオとして名高い。


今はブラダ山脈の巨大なモンスター娘(推定)に対する実験について、林さんズが千葉主任に猛抗議中だ。


「そもそも何のためにフェーズが分かれているのかぁ、言ってみよう!」

「それは───」

「さぁハイッ!」

「その───」

「聞こえませぇぇぇぇぇん!」

「そうだね…」


いつでもハイテンションで薬物反応が出ないのが不思議な林が雄大だ。暴走しがちな千葉主任を落ち着かせるために、より暴走するキレ者である。元々は菌類学者をやってたので、培養実験が大得意。


「雄大君の言う通りっすよ。俺らの仕事は初期調査が完了してからやるべき。」

「試験的なものだから、今回だけだよ。」

「まーたそうやって、主任の判断じゃないんだから確約できないですよね?」

「グギギィ!しかし捉え方によっては───」

「俺らの受け取り方なんてどーでもいいんですよ…ケッ!」


打って変わってダウナー系の不機嫌で辛辣な林が重徳だ。ドライアドの一件以来、完全に千葉主任とはウマが合わなくなってしまった。麻酔科医の経験があり、強制的な沈静化や無力化に関する実験のプロ。


「とにかく、やると決まったからにはやるのですよ。対象もいます!」

「ありますの間違いっしょ。」


千葉主任の言う対象とは、ブラダ山脈の特異地点Bに出来た地形だ。現時点での調査結果から、それそのものをモンスター娘と考えているわけだ。だから、それに対して覚醒を促すような実験を要請されている。


「ボーリングで地質調査すれば一発っしょ!」

「モンスターとわかっててやったら調査規約違反なのだよ。」

「責任とるのは主任なんだから、いいじゃないっすか。」

「やめたまえ!」


情報処理部から降りてきている要請はいたってシンプルで、「モンスター娘であるかどうかを確認せよ」というものだ。そんなのは本来は調査フェーズの仕事なので、林さんズが憤慨している。


「これやるなら部署分ける必要ないですよ…」

「そんじゃ部署合併するつもりで試験ってことォ!?」


あながちその可能性もあるのが最近の調査団事情だ。実験配信班の活躍から、整備工作班の活躍まで、現体制を覆しかねない。より安く運用しつつも、より高く売っていける組織化だろうか。


「なにが目的かをはっきりさせてくれりゃいいのに。」

「私らの目的なぞ端から実験による生態調査だよ!」

「そっちじゃなくて試験運用のほうっすよ。」


とにかくはぐらかしたがる千葉主任と木田部長のやり口には辟易している。とはいえ、調査団で働く以上は命令されたらやらねばならない。千葉主任いじめでガス抜きしたら、二人は実験に取り掛かるつもりだ。


「おいらも配信してみてェ~よ!」

「雄大君のそのヤバ面は放送禁止っしょ…」




千葉主任は一人でブラダ山脈にやってきた。林さんズは効果があるかもわからない実験に本気になれなかったので、ドローン操作のためにベースキャンプに残った。とはいえ、定点観測班の2人と合流できたので安全面も問題ない。


「主任、寒いですか?」

「こちらは寒いね~。寒いよ。」

「空調のあったかさ、たまんねェ!」


生態調査部の国木田がいなければ、二人は一生千葉主任を弄っていただろう。主任は主任で実験が出来れば何だって全力で取り組む人なので、打てば響くくらいで全く意に介さずに実験にかかるだろうが。


「そっちに2人残したから、整備工作班との連携は一任するよ。」

「それで、どんな機材が欲しいんです?」

「まず、巨大な生物かどうかを確認しなくちゃいけないわけだよ。」

「地質や地熱の調査ぁ、やっちゃいましょうよォ!」

「正直私もやりたいがねー!」


定点観測班の元木主任が流石に止めた。結局、まずは五感を刺激する実験で攻める事にした。


「一番は音っすよ。騒音発生器を持ったドローンを飛ばします。」

「了解したよ。定点観測班への連絡は私が行おう。」


雪の積もらない環境のため、雪崩の心配がないので心置きなく音が出せる。万が一狂暴なモンスターが寄ってきてしまったときのために、今回の同時進行作戦では重武装が認められている。


「元木さんとこは相変わらず軽装だね。一旦離れてもらう事にするよ。」

「もう始めてますけど、騒音はどんな感じですか?」

「何か言ったかね?」

「バッチリうるさそうやぁ!」


1時間ほど特異地点Bの周辺で騒音をまき散らしたが、特に変化はなかった。少しくらい何かがあるかと期待していただけに残念な結果だった。


「そもそも五感ってほとんど頭だよォ?埋まってたら効かないねェ!」

「それだと息ができないっしょ。埋まってないかもよ。」

「でも、何かを食べるところも未観測っしょォ?」

「まあまあ、まずはできること全てやるところから進めようね。」


次は臭いだ。強烈な臭いを撒きちらす。缶詰の状態でもキツい悪臭を持つ、ポイゾナスカンクの臭いガスだ。もっと臭いものはあるが、これは空気より重くて下に流れていく。


「指定地点の頂点らへんをなぞるようにシュートォ!」

「あああああ!臭い!」

「いい気味ィ!」


あまりの臭さに身の危険を感じた千葉主任が音を上げたので、実験を一時中断して特異地点Bから離れた。


「主任それ装備に臭いついてません?」

「さあ。鼻が麻痺して確認しようがないね。」

「この時間無駄じゃないっすか?」

「どうせ効果を見るために待つのだから構わないのだよ。」


結局、ドローン映像で確認することとなったが、変化はなかった。念のため定点観測班の記録も見させてもらったが、なしのつぶて。


「次は味を見てみようね。」

「一応情報処理部に申請中っす。多分無理。」


苦味成分を持つ粉状の物質を散布して実験する予定だが、さすがにこれは環境への影響が大きいため、上位組織へ確認中だ。モンスター娘生態調査団単体での実験で、この手のものが許可された事はない。


「待ってる間に他の実験を考えとくぅ!」

「後は、視覚と触覚だよね。」

「視覚は夜に投光器でいいっすね。触覚はそれこそボーリングっすよ。」

「手掘りで土や岩以外に当たるか確認してみようかね。」


結局、重徳の言った通り苦味の散布は却下された。類似する実験も大体同じ理由でNGとなるので、味に関しては保留だ。


視覚については先ほど決めた通り、夜に投光器の明かりで照らす。日が沈むまでの時間を使って、手作業で特異地点Bを掘る事にした。


「主任の意味わかんないとこで発揮されるバイタリティ、すごい!」

「ほんと意味わかんないっすけどね。」


結局、土しか掘り返せなかったが、夜になったので明かりを使う事にした。投光器をぶら下げたドローンで夜の山地を照らして回る。


「知らずに見たらお化けっすよ。」

「お化けなんてものは存在しないのだよ。」

「いや、そういうことではなく…」


結局これも効果はなかった。




一夜明けたのち、同じ実験を反復してまた行う。条件を少し変えるのだ。


「人間の可視光線とは別の線があるし、日中の投光器も一応やるよ。」

「夜より操作が楽なんで、いいっすけどね。」


例えば時間帯をずらしたり、使う機材を替えてみたりする。臭いについても、今日はラベンダーの香りで試してみる。このあたりの条件の変更については、林さんズは妥協しない。


「音についてはどうするかなあ。」

「地球でデカい生物って言ったら、クジラぁ!つまり、超音波ぁ!」

「雄大君、いいね!ペタアンブレラのやつでも流してみるか。」

「私を殺そうとしているのかね!」

「勝手に耳塞いどいてください。」


しばらく、このような方法で実験を続けつつ、千葉主任は地面を掘り続けた。変化のないまま1週間が過ぎた。


「大した成果も無いまま調査期限がきましたけども。」

「今回はハズレってことで、終わりかね。」


そう千葉主任が言った後、掘っていた穴の先に未知の感覚があった。多少表面は硬いが、明らかにその内部が柔らかい。少し硬化した人間の皮膚のようだ。


「これはひょっとしたかも知れないよね。」

「調査期限間近なんで、こちらで電報打っときます。」


成果アリということで、一次期限は過ぎたものの、二次期限として更に1週間の調査・実験フェーズがやってきた。


「せめて重機ほしいっすね。待つのがしんどい。」

「やってるこっちはもっとしんどいがね。」

「今更向かっても1週間オーバーするんでェ!主任ガンバ!」


ボーリングはモンスターを不用意に傷つける可能性があるため不可だ。それに加えて、重機の使用も却下された。それもすべて環境への影響が大きすぎるためだからだ。


「どのみち人間が来ただけで環境に影響あるんすけどね。」

「曖昧な配慮は今に始まった事ではないよ。」


影響が大きいと言いつつも、実際にどれほど大きいのかも不明だ。第一、影響があるかも不明瞭だ。それでも、本来無いものが入るから影響甚大だと決めつけられている。


人間の手が入る事自体は許容するが、その限度を定めたいのだ。短期間で大きな仕事をするような場合、限度を優に超える可能性が高い。だから、探査団も調査団の上層部も却下してくる。


「気に入らないっす。」

「君の好みは関係ないのだよ。」

「キャハハハハ!」


実際の所、影響の有無がどうこうというより、万が一何かがあった時に、誰も責任を取りたくないので、各国の世論に対して媚びるべく環境の配慮を謳っているだけだ。林さんズはそれが気に入らない。


「それで、その皮膚はどのあたりなんすか?」

「肩のようだよ。」

「そっから頭探しましょうよォ!頭!」

「そうすればもっと実験できるよね。頑張るかな。」


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応用実験部反復実験班千葉幸利


実験結果報告書


識別名       : 未定

生息地       : ブラダ山脈


サイズクラス    : 超大型

ウェイトクラス   : 超重量

スピードクラス   : 超鈍足

ムーブメントクラス : 未定義※観測できず


フェロシティレベル : 未定義※観測できず

フレンドレベル   : 未定義※観測できず

フィーンドレベル  : 未定義※観測できず


特異能力 : 未定


特徴 :

対象は、山ほど大きなモンスター娘である可能性が高い。特定地点の地面を掘ることで、肌と見られる組織が発見された。発見された部位を人体と比較することで、乳房や頭部も発見できた。


生態 :

対象は、現時点ではブラダ山脈の特異地点BC間を移動すると考えられている。目、耳、鼻、口は存在するが、現在の所機能しているか不明。呼吸や鼓動をしていないが、微かに体温があるため生きていると思われる。生涯のほとんどを睡眠状態で過ごしていて、代謝が低いと見られる。

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