MMEI-0071 アンガーノック2

アンガーノック。青い大きな翼を持った人のようなモンスターだ。豊満な女性の体を持っているが、腕の代わりに翼がついている。当然、空を飛んで移動が出来る。


今、彼女は食事を終えて休息をとっている。膝を曲げて身体を縮めているので、ちょうど胸が押しつぶされている。身体を覆うようにして畳んだ翼から、膝小僧と潰れ饅頭が良く見えるのだ。


彼女の体は全体的に青色をしていて、その青の濃淡で横縞の模様が出来ている。とくに首から腹にかけては薄い青色をしていて、縞になる濃い青が目立つ。一方背中には大きな縦縞が一本あって、その左右に横縞が広がっている。膝から下は鳥類らしい鱗状の皮膚を持っていて、三本の指がある。この部分だけは黄色なので、青との対比で良く映える。だから休息中に脚に目が行くのは不可抗力だろう。


彼女の頭部には羽毛ではなく毛が生えている。この毛は頭部全体に広がっていて、髪の毛のように長い部分もある。その髪の毛は、彼女が空を飛ぶときによくなびく、だから煌めく。一方、顔は毛が薄くて、すこし淡い黄を持った白色をしている。顔の表情は薄いのだが、首を良く動かすので感情は豊かだ。最も目を引くのは長くて大きいクチバシで、脚同様の目を張る黄色。


彼女のクチバシの根元には、上部に穴が二つ開いていて、これは人間で言う所の鼻にあたる。だから彼女は鼻呼吸をしていて、口呼吸はできない。その口のほうは、クチバシの中に牙はない。ただし恐ろしく長く延びる舌を持っていて、それで虫を食べている。


その彼女のクチバシこそ、名前の由来となる特異能力を発動させる。一度発動すればどんなに硬い物でも貫ける。貫くまでにひたすら首を振って突くのだ。突くほどに顔が真っ赤に染まって、まるで怒りに燃えているよう。だから彼女はアンガーノック。


実際に彼女は怒っているのか?それを知るのは本人のみだろう。


今、彼女はベースキャンプにいて、接近信号装置が付けられた所だ。彼女は扉の中の生き物だから保護される。むやみやたらと危害を加えるわけにはいかない。されど人に害を成すので、丁度良い塩梅を見極めねばならない。


目下、緊急警報を止めるために皆動いていた。接近信号を発するようになれば、受信装置を持てば対面せずに済む。視界外でも接近に気づけるようになるからだ。


調査と実験のためにしばらく存在を放置することになるので、その判明している生態からより都合の良い対応を取ったのだ。


 ・・・


「中川さん、ばっちりとれてるッスよ!」


彼女を撮影する者たち、それは整備工作班だ。調査フェーズを無事終えて、実験フェーズに移ったところ。ドローン撮影による調査が良好だったので、続いて実験までやろうというのだ。だが、経験がないので、そこはもちろん応用実験部がフォローする。


「千葉さん、準備オッケーです。どんな実験するか指示ください。」


丁度、千葉主任が帰還途中で空いていた。情報処理部の要請する内容を満たせるように実験を進める助けをする。


「中川君、まるっきり全部聞く気じゃダメでしょ。まずは実験の設計をどうやるか説明するから、自分でも考えてね。」


情報処理部の実験要請とは、実験方法の具体的な指示等ではない。まず確認したい事をリクエストしてくる。だから、実験フェーズではその確認したい事を見るための実験を作るのだ。実験の具体的な内容は自分たちで用意する。基本的に、そのモンスター娘が持つ特異能力から実験していく。


「特異能力については結構分かってきてて、後は対象がどれくらい厚い物体なら発動するか知りたいくらいだけど…、多分アンガーノックの個体の大きさにも左右されるから、いらないね。」

可能な限り調べるべきではあるが、リソースは有限だ。優先順位やそもそも必要な情報かの判断もつけなくてはならない。細かい実験は後でやればいいのだ。


「とれた餌のクロアリを観察したいね。ドローンなら人的被害も起きづらいから、奪ってみよう。」

「わかりました。でも、もし暴れたらどうしましょう?」

「その時はその時だね。でも機動防衛チームが麻酔を撃ってくれるよ。」


危険な実験や要請にない実験をする場合は、別途申請が必要だ。しかし、危険の差すものとは人的被害のことなので、ドローン主体の場合は基本、危険ではないという扱いになる。怒らせるだけで相当な危険がある場合等は危険とするような例外はある。


「中川さん、準備万端です。次の特異能力発動時を狙いますね。」

「お願いします。でも近づきすぎるとドローンが突かれるから気を付けて。」


アンガーノックが休息を止めて翼を広げる。そのままゆっくりと立ち上がって、背筋を伸ばした。尻尾を振るえさせながら翼を閉じていく。


彼女の行動前の準備運動のようなものだ。ちょっとしてから、手頃な硬い物を探して動き出した。


彼女が岩場を見つけて近づいた。蛇のように首をくねらせて周りの様子をうかがっている。特異能力の発動には、陸地でしばらく時間をかけるから、鳥類の特徴を持つモンスター娘にしては警戒心が強いのだ。


蛇のような動きと横縞の模様は、外敵へのカモフラージュだ。横縞模様がくねって動くので、身体を大きく見せられる。目立つ色をしているのも警戒色のようなものだ。


コツン。


彼女が岩場にクチバシを当てた。その後は早かった。すぐに首だけを使って高速で突き始めたのだ。彼女の頭が金づちのように前後するだけで、工事現場の掘削音と、すさまじい埃がたってくる。


「特異能力発動を確認しました。接近します。」

「ウチのドローンも近づけるッスね。」

「オーケー、誰かのドローンが餌を取れれば成功だよ。最悪、弾き飛ばしたりやなんかでも最終的に採取さえできれば成功だ。」


岩場に深い穴が空いて、彼女が餌を掘り当てた。その中に本来は存在しないはずの大きなクロアリが出てくる。クチバシの先のクロアリ目掛けて、一斉にアームが伸びた。


バチン。


彼女の口から餌を奪った。怒り出した彼女は、翼を大きく広げてドローンにとびかかる。中川たちは、囮役のドローンをたてることで、本命のドローンの破壊を回避してクロアリの採取に成功した。


「やった! やりましたね、中川さん!」

「うん! みんなもありがとう!」


クロアリは動いている。一体どのような存在なのだろう。そればかりは専門家でなければわからないので、保存だけに留める。


「アンガーノックも落ち着いたね。また餌をとったみたいだ。特異能力の効果は餌をとるまでだってことがわかったね。」

「上出来だね中川君。次はフレンドレベルの調査をしよう。」


フレンドレベルとは、そのモンスター娘が人間にどれだけ友好的か、その度合いで定義する1つの危険度のバロメータだ。調査段階で人が直接接触することなんてありえないので、大抵省略する。しかし、ドローン主体でも実験による定義はある程度可能だ。


「七海さん、ヒューマンスメル缶は搭載したよね?」

「はい。開封してみます。」


人間の臭いを近くで出す実験だ。この臭いに彼女がどのような反応をするか見る。


彼女は一瞬臭いのほうを見るような素振りをしたが、それきりだった。少なくとも人間の臭いに対しては無関心のようだ。


「じゃあ次はカカシを近づけよう。」

「はいはい! アタシやりまース!」


服を着せたマネキンを近づける実験だ。視覚で人間を警戒するか見てみる。


彼女は近づいて来るカカシを凝視した。そのまま触れるところまで近づけると、後ずさって距離をとった。単純に奇妙に感じて困惑しているようだ。


「中川君、そういう反応をした時でも無関心という扱いでいいよ。カカシに対して困惑しているだけで、人間に対して敵対してるわけじゃない。」

「そこ、結構ファジーなんですね。」


定義というからには厳密であるべきだが、ある程度は曖昧な所がある。これはクラス・レベル定義の用途が職員訓練のためにあるからだ。そして、そもそも一定の条件たりえない生物の生態のことだからだ。大体こんなもん、という基礎情報がわかればいいのだ。


「最後に聴覚も見てみよう。」


ドローンに通話してその音声を流す実験だ。聴覚で人間の声にどういう反応を持つか見てみる。


彼女は人の声を聞いた途端、首をくねらせて警戒した。それでも声が止まないと、翼も広げるようになった。


「これは明確に人の声を嫌ってますね…。」

「このまま続けたらどうなるかで判断しよう。」


彼女は最終的に、飛んでその場を離れていった。そしてそのまま帰ってこなかった。


「中川君、私が遠隔操作して撮った映像をみてくれたまえ。飛び立つあの子の尻を観察してみたのだが、総排泄腔だな。」

「つまり、乳房はあるけど鳥類寄りの卵生ですかね?」

「うむ、そう思う。まだまだ得られる事はあるな。」


中川たちはドローンで信号装置を付けたままの彼女を追うことにした。少ないリスクでもっと細かい情報を得るためだ。


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設備管理部 整備工作班 中川忠多


  実験結果報告書


識別名       : 怒髪天金づち

生息地       : マルサ樹海


サイズクラス    : 標準

ウェイトクラス   : 軽量

スピードクラス   : 超俊足

ムーブメントクラス : 飛ぶ


フェロシティレベル : 普通

フレンドレベル   : 敵対

フィーンドレベル  : 有害


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特異能力 : 金剛ついばみ

発動条件

対象が空腹になること。


効果範囲

対象のクチバシが届く範囲内。


効果

範囲内で最も硬い物体に穴が空くまで突く。穴が空くと、その中に餌となるクロアリを創造する。中身がないと発動しないため、薄い物体は効果の対象外。周りに土と木しかない場合、人の頭骨が対象となるため注意。


人的被害レベル:中


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特徴 : 

対象は、体長130cm程度の翼を持った人型モンスター娘である。全身が真っ青な羽毛で覆われており、濃淡によって横縞の模様が見える。体を動かす事でこの横縞の模様が動き、蛇のように見える。上半身には乳房があるが腕はなく、代わりに翼がついている。下半身は膝までが人に近く、その下からは鳥類の黄色い鱗状の肌を持つ。頭部には羽毛と違う髪の毛が生えており、顔面は薄い白い毛がある。クチバシは長く鋭く、中には体長ほどに延びる舌が隠されている。総排泄腔を持っており、食後すぐに糞尿を排泄する。現在まで卵や幼体が確認できていないが、卵生と思われる。


生態 : 

対象は、扉の中の世界を飛んで好みの環境を探す渡り鳥のような性質を持つ。一度気に入った場所を見つけると住めなくなるまで滞在し、付近にある木や岩といったものに特異能力で穴を開けて餌をとる。ロッククリーナーやツリーフォージといったモンスターと共生関係にあり、岩や木の穴を修復してもらうことで地形環境を維持している。基本的に人には無関心だが、人の声を嫌っており威嚇行動を誘発する。人の声に対する反応には個体差があると見られるため狂暴化に注意。餌は特異能力の対象となった物体の硬さに応じて大きくなるクロアリ。このクロアリは生きているが、自然環境には存在しないため、特異能力による生物の創造が行われている可能性が高い。特異能力発動中は、突いた回数に応じて顔面が真っ赤に染まっていく。

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千葉さんだけは主語を識別番号にしてるのが気になる───中川主任


どの「対象」か分からないとマズいよね。昔は外部向け資料作成に報告書を使ってたから、その時のミス予防───千葉主任

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