MMEI-0071 アンガーノック1

扉の中の世界は広く、地球と同じように季節の移り変わりがある。その間隔や程度は地球とまるっきり別で、地域差も大きいのだが、自然や生き物たちに影響があるという所は同じだ。それらすべての変化が多様な変異、進化を促している。


コロンバス・イン・ザ・ドア平原は、扉に入ってすぐのなだらかな平原だ。年間を通して比較的安全な地域、場所として知られている。


起伏の少ない地形と穏やかな風があって過ごしやすく、人を襲うようなモンスターはめったにやってこない。毒を持つ植物も存在しないし、急な環境変化も起こらない。


だから、未知の扉があらわれてから最も人が通った場所であり、今でも多くの人が住んでいる場所でもある。


あらゆる探査団・調査団、研究所や企業の基礎となる基地施設があり、それらすべてをひっくるめて、ベースキャンプと呼ばれている。モンスター娘生態調査団も、ここに基地を持っている。


「中川さん! また資材足んないんだけどー!」

「ちょっと栗原さんってば、まずこっち通してよ!」


基地の管理保守は設備管理部の仕事だ。地球に似た大気や穏やかな環境と言っても、基地は緩やかに劣化していく。そのままにしておいたらいずれ崩れてしまう。だから、保守作業が必要なのだ。


部の中でも整備工作班が主導していて、志藤主任が責任者だ。しかし大抵忙しくしているので、中川主任が援助している。それでも手が回らないことは多い。


「もー中川さんってば、また帳簿ミスってない?」

「ごめんよ~…。」


中川主任だって別にやることはあるのだ。彼だけを責めるのはお門違い。しかし、主任だと言うのに気弱なままなので、中川忠多ちゅうたは班員の尻に敷かれやすい。


まあ、かえってそれが話しかけやすさに繋がっている。実のところみんな口で文句を言うのみで、中川主任のことが好きなのだ。言ってくる分だけ動いてフォローしてくれている。


「主任っ、お疲れ様ですっ!」

「おつかれサーッス!」


栗原千秋ちあき七海ななみ花、二人は比較的新しい。電子工学班の七海主任の妹である花が調査団を志望した時、その恋人である千秋も一緒についてきた。彼女達はどちらも能力に遜色がなかったので、無事入団できたわけだ。


「おつかれさま。今日の保守記録も忘れずにサーバにあげといてね。」


再三の説明となってしまうが、モンスター娘生態調査団ではモンスター娘の生態調査を行っている。その主役となっている生態調査部や応用実験部では、ベースキャンプを出た先で仕事をする。もちろん、それは危険な事だ。


そのような仕事と比べれば、設備管理部の仕事はまだ安全だ。基本的にはベースキャンプを出ることはない。しかし、毎日の作業とその記録、情報の分析とその応用である研究、裏方として調査団を支える仕事をしていることに違いはない。


「了解でース。でも暇よね~。」

「好きな時に調査に同行して冒険できたら楽しそうよね。」


などと、若い二人には少々退屈な模様。実は中川には従探じゅうたん経験があったので、その話には苦笑いで返した。


「僕は無理やり連れてかれたことがあったなあ。あれは本当に過酷だったし、もう行きたくないや。」


人それぞれ向き不向きはあるし、好みの問題だけでもないが、たまの旅行のように捉えている間には調査に出すわけには行かない。そんな思考をさせたままで危険な場所に送るわけがない。中川は嫌味ったらしくなく、彼女らに伝えた。


「え~うそ! 中川さん生きて帰れたんだ?」


ひどい言い分である。しかしこれは栗原の仕返しだ。それとなく中川が説教をしてきたことに気づいたので、感謝を込めて大げさに返事をしているのだ。なにせ、ちゃんと話を聞いていなければ出てこない言葉だろう。


「自分でもびっくりだよ。」


中川だってそれを理解しているので、笑って返す。七海と栗原のコンビは軽薄そうに見えて、その実けっこう出来る。もし人員が増えてくれたら、将来的に二人は主任研究員となるだろう。可能であれば新しく土木建築班でも起こして保守も一任されてほしい。


「まっ、危ないトコは嫌よね。いっそこの基地に珍しい子が来てくれればいいのにね~。」

「アハハ、言えてる!」


ちょっとした冗談を言って、三人は陽気に笑い合った。実際にそんなことは年間で1回あるかどうかだ。それほどこの平原は安全で、だからベースキャンプが出来たのだ。



<緊急警報 緊急警報 モンスター出現 緊急警報 緊急警報 モンスター出現>



この平原は安全だった。それでもベースキャンプを守る専門の機動防衛チームがある。探査団や調査団とは別に、基地を守る団体だ。万が一危険度の高いモンスターであれば、この場合攻撃して追い払う。そうでなかったとしても、可能な限り無力化を狙う。


「中川君、情報処理部から設備管理部に指示が出ててさ、多分ウチらに来るから対応してもらいたいんだけど、どうかな?」


志藤主任が中川に頼みごとをする時、それは大体面倒事だ。しかも警報中の指示ということは、誓ってこのモンスターについてだろう。


「警報中ですよ~…。一体なんだって言うんでしょうねえ。」


中川はどうせ効かない空しい言葉のジャブで牽制した。あまりに弱い一撃であるが、帰ってきたのはヘビー級のストレートだった。


「モンスター娘がここに出現したみたいで、管轄が移行したらしい。でも調査部隊が全部出ちゃってるから、内勤で何とか対応できないかって。」


何とかって何さ。人的被害は避けるべきでは?というより、管轄が移行したということは機動防衛チームは動かない?そんなに安全なモンスター娘なのだろうか?


「モンスターだから基本的に害はあるけど、まだ御しやすいよ。久我部長は整備工作班で対応する予定だから、よろしくね。」

「いやです…。」


一度やったら次も同じことになる。絶対に断りたかったが、志藤主任は聞こえないふりをした。とはいえ、情報処理部から出動要請があれば基本的に拒否は不可能だ。腹をくくるしかない。


 ・・・


「というわけなんだけど、昨日の冗談がまさか本当になるとはねぇ~。」


中川が半ば諦めの表情でヘラヘラと笑っている。整備工作班の内、今回の作戦に立候補してくれた栗原と七海に概要を伝えた。


「マジ、調査団のスター部署と同等の仕事が出来るの嬉しいよね!」

「そのカメラ作戦っていうの、もっと詳しく教えてください。」


二人とも立候補しただけあって、やる気に満ちている。中川は久我部長に釘を刺されたのもあって、安全に配慮した作戦を考案した。もしそれで駄目そうなら諦める事も選択肢として挙がってくる。無理に出来ないことをやれとまでは言ってこないから良かった。


「僕たちの得意分野であるドローンにカメラをつけて撮影するんだ。人的被害は絶対に避けたいから、生身では近づかないよ。」

「確かに最近、実験配信班で試験してたドローンが良い感じですもんね!」


そう、自動撮影AIを搭載した試験ドローンの運用を本格的に開始する。元々は調査団の人手不足を補うために開発されていた。しかし、蓋を開けてみたら初期調査を担える程度の活躍が見込めたのだ。


残す課題は長期稼働のための電力確保だったが、ベースキャンプ内であれば最悪バッテリー交換がすぐできる。つまり、課題解決前に本格的な性能評価ができるのだ。それも、自分たちの部が主導しながらだ。


「調査のための訓練をしていない人でも、ドローンを扱えればモンスター娘の生態を調査できるようになりますね。」

「そう! 完成できたら一気にモンスター娘の生態調査が進むようになる!」


がぜんやる気が湧いて来る。今回の調査対象に合わせてAIを調整しよう。


「ところで中川さん、相手はどんな子なんですか?」

「アンガーノック原種が一体だけだね。モンスター調査団の定める中の類似種で言えばハーピィに近いかな。」


ハーピィとは女性の上半身と獣の下半身、鳥の脚と翼を持つモンスターだ。鳴き声がうるさくて糞尿をまき散らすから鬱陶しい。


「ってコトはさー、やっぱ空飛んできたのかな?空飛ぶタイプだとドローンを使わないと追いかけられないよね。」

「うん、今までは鳥類の特徴を持つモンスター娘の調査が進まなかった。たまーに元木さんが水飲み場の定点観測で新情報を持ち帰るくらいだね。」

「じゃあウチらにうってつけってことッスね!」


栗原の言う通り、あらゆる面で整備工作班向けの相手だ。中川はさほど気にしていないが、久我部長の期待は大きい。


「それで、アンガーノックの特異能力はなんでしょう?」


今までの調査で分かっている情報では、そこまで危険ではない。アンガーノックは空腹になると特異能力が発動するようになり、周囲の届く範囲で硬い物に対してクチバシで突きまくるようになる。何度も突いて穴が開くと、その中に舌を入れて餌を食べる。


「その餌っていうのが、突いた物の硬さで満足度に変化があるらしい。鉄製の物を突かせてやれば、すぐに満腹になって沈静化するみたいだ。」

「中川さん、ちょっちまって~。鉄の中から出てくる餌って何?」


それが特異能力の効果だ。餌の正体が何かまでは判明していない。


「今回の調査では、その辺も含めて撮影できたらいいね。」


そう言って中川たちはドローンを飛ばした。外に出てすぐ、鉄を打つ激しい音がしたので場所が分かった。基地の壁に穴を開けて餌をとっていたようだ。


「ああ、また今日明日で保守もやるハメになりそう…。」


七海の憂鬱など知らないアンガーノックは、満腹になったようで、青い翼を広げて落ち着いていた。


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設備管理部 整備工作班 中川忠多


  調査結果報告書


識別名       : 怒髪天金づち

生息地       : マルサ樹海


サイズクラス    : 標準

ウェイトクラス   : 軽量

スピードクラス   : 超俊足

ムーブメントクラス : 飛ぶ


フェロシティレベル : 普通

フレンドレベル   : ※省略する※

フィーンドレベル  : 有害


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特異能力 : 金剛ついばみ

発動条件

対象が空腹になること。


効果範囲

対象のクチバシが届く範囲内。


効果

範囲内で最も硬い物体に穴が空くまで突く。穴が空いたらその中から餌を採取して食べる。中身がないと発動しないため、薄い物体は対象外。


人的被害レベル:中


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特徴 : 

対象は、体長130cm程度の翼を持った人型モンスター娘である。全身が真っ青な羽毛で覆われており、濃淡によって横縞の模様が見える。上半身には乳房があるが腕はなく、代わりに翼がついている。下半身は膝までが人に近く、その下からは鳥類の黄色い鱗状の肌を持つ。頭部には羽毛と違う髪の毛が生えており、顔面は薄い白い毛がある。クチバシは長く鋭く、中には体長ほどに延びる舌が隠されている。


生態 : 

対象は、扉の中の世界を飛んで好みの環境を探す渡り鳥のような性質を持つ。一度気に入った場所を見つけると住めなくなるまで滞在し、付近にある木や岩といったものに特異能力で穴を開けて餌をとる。餌は特異能力の対象となった物体の硬さに応じて変化する。餌の基本的な形状は大きなクロアリで、硬いほど腹の部分が大きくなる。特異能力発動中は、突いた回数に応じて顔面が真っ赤に染まっていく。

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お疲れ様でした。それでは基地の保守に戻りましょうか───志藤主任

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