MMEI-0002-VAR リュウゾウジグラッジ

今回の実験対象は変異種らしい。変異種っていうのは、新しくできた区分だ。元々定義してたタイプの中にできる、もう一つのタイプだと俺は考えてる。


だからコイツは、MMEI-0002 ストレイキティタイプの中の、変異種VAR リュウゾウジグラッジタイプってわけだ。他の部長クラスのよりも分かりやすい説明だって、皆言ってくれたぜ。


そういったわけで、今までのモンスター娘とは少し違う扱いをされているが、コイツには、そんな組織内での区分なんかよりも気になる点がある。この変異種の元である通常種が、過去に人的被害を出しているんだ。一班を預かる身として、この危険性は看過できない。

人命第一、それ以外は二の次だ。


「俺の実験中止申請っておかしくないよな?」

「はい主任。おかしくないです。」


中止申請要項にもあるだろ?

要請実験が対象外とはどこにも書いてないし。過去に「人的被害レベル:死」に相当する被害を起こした対象の場合、同様の事故が発生する懸念が高い場合は、担当者は中止を申請できるって。


まさにコイツだろって!

拠点内に入り込んじまってるし、運悪く誰かが近寄るだけで、特異能力で移動できる地点が無くなって、狂暴化しかねないだろ!


「なあ、なんで却下されたと思う?」

「変異種だから別扱いになったんだと思います。」


そんな馬鹿な!

反復実験班の捕獲作戦は却下してるんだから、危険性は分かってるだろ?わざと狂暴化させなければ、それ以外はセーフって事!?


「管理できるリスクは、危険ではないという判断なのでは?」

「管理できてないから過去に危険があったと思うんだよ、俺は。」


納得はいかないが、愚痴を言っていても仕方がない。中止申請が却下されたのであれば、要請された実験を実施するほかない。実験をすること自体は嫌じゃないんで、もういいですよ…。俺とアキラで気を付けてやればいいだけなんだからな。


「実験結果報告書を見るに、対象とはまず接触できないと思う。基本は監視室でカメラ映像を確認しながら、設置した機材で悪戯しよう。」


仮に狂暴化したとして、離れた位置にいれば襲われない。調査フェーズで設置された定点カメラを、とことんまで利用してやろう。他の実験班でも使っていたから、実績があって実にいい!


「主任、試験運用中の撮影ドローンの情報です。撮影はしているものの、その映像を確認している人員はいないそうです。」


リアルタイムで見ていないから、特異能力に影響はないってことね。


「定点カメラの映像の内、必ず一つはディスプレイ電源がオフになります。記録はできてますが、機械判断で生物の視界外にしてくれます。」


人災による特異能力封じを予防して、狂暴化をさせないつくりだな。さすが、調査部の元木さんはプロ中のプロだぜ…。ただ、調査結果報告書の閲覧権限がなかったのが気になる。大事な事、見逃してないよな…?見られないってことは、いらないってことだよな…?


「何かあれば元木主任から連絡が来ていたはずですよ。」

「それもそうだな…。」


全く、アキラには敵わないぜ。この間にもリュウゾウジグラッジは、定点カメラの前で毛づくろいをしている。ぱっと見ではとても、実体を持たない煙状の生物には見えないが、アップにしてみると、かすかに表面が揺らぐ時がある。


「それじゃあ、カメラの前でのんびりしているところから始めるとするか。」


珍しく自然体のモンスター娘を映せる機会だし、リスナーにはじっくりとこの様子を見てもらおう。


配信開始。




<ハメ撮り配信探検隊!>

<こんハメは>

<待ってたぜ~!>

<サムネ猫ちゃんやった!>

<橘さんおらんが>


しばらくカメラ映像をご覧いただこう。毎回挨拶から始めるんじゃ芸がないと思ったんでな。


<開幕キャッツ!>

<隠し撮りか?>

<めっちゃ和風や>

<ワフー!?>

<ニャフーやろがい>


コメント欄特有のやり取り遊び、じっくり見ることはなかったな。ただまあ、実験中に見る価値はなさそうだ。ちょっとクスっとくるので、後で見返すくらいで丁度いいだろう。

 ・・・

配信開始からずっと毛づくろいをしていたリュウゾウジグラッジだったが、一通り終わらせると、一瞬だけかすかな煙を残して姿を消した。別の場所に瞬間移動をしたのだ。


「映像を38番の定点カメラのものに変えるぜ。」


映像を変えた先は、給養補給班の倉庫内だ。揚げ油として使って酸化した菜種油を、ひとまとめにして集積してある。廃棄するには勿体ないくらい用途があるが、コイツを呼ぶ囮にも使える。


「今見てもらっているのは、瞬間移動する特異能力を持ったモンスター娘で、ストレイキティっていうタイプの変異種である、リュウゾウジグラッジだ。」


<は?>

<もう一度言って>

<ねこちゃんでいいんだよな?>


ああ、しまった。こんなこと別に説明しなくて良かったな。


「悪い悪い、忘れてくれ。そうです、この子は人型のネコちゃんです。でも、敵対的で警戒心の塊だから、今まで誰も近づけたことがないぜ。」


近づいた時には命を落とすだろうしな!

───ちょっとしくじったが掴みは悪くないだろう。


「皆、久しぶり。橘です。」


<おひさー!>

<今日はどうハメる?>

《1000円 吐くなマタタ》<猫と和解せよ>


早速スパチャありがとな!常連さんがいるのは嬉しい事だ。さて、感謝と共に丁寧な紹介をし直そう。


「ありがとう! 今日のゲストはリュウゾウジグラッジだ。猫の顔をした花形はながたみたいな見た目のモンスター娘だよな。」


リスナーに見てもらっている定点映像でも良くわかるだろう。三毛猫模様の人体に、猫の頭がついているんだ。江戸時代の女性がしていたような髪型をしているのが最も特徴的だな。人工の髪型を模しているんだから、自然界では異常と言える。


目元にはアイメイクのような朱色の模様が入っている。このアイメイクは目の周りを一周していて、目じりから少し跳ね出ている。隈取ほど強調されたものではないが、結構目を引くもんだ。これのせいで色っぽさが増していると思う。


花魁おいらんキャッツ!>

<これならいっそ服を着てたほうがそそるが>

<真っ暗なのに良く見えるもんだ>


「いい所に気づいてくれたな! 実はコイツ、煙で出来ていて実体がないんだ。人型の猫に見えるように、煙が浮かび上がってるってことだぜ。」


どこかで油を使った無炎燃焼が起こっていて、発生した煙を纏うことで、実体があるかのように振舞っている。だからコイツは油を舐めて燃焼を続けようとするんだ。


そして高密度の煙の中で、燃焼時に発生する淡い光を反射させ続けている。外部のわずかな環境光が、その反射する光の中を通ることで、俺たちの目には色のついたモンスター娘が見えているわけだ。


「この煙の中で光を保存して、利用しているから暗闇でも見えるんだ。ナイトビジョンにすると、めっちゃ明るく見えるんだぜ。」


メインのカメラ映像を暗視モードに設定する。定点カメラ映像に、猫の輪郭だけが白く浮かび上がった。


<プラズマキャットだったのか>

<毛づくろいする必要ないやんけ!>

<心霊映像みたいで怖いwww>

<生き物なのか…?>


そう、現状生き物っぽくないんだよなあ…。一応、唾液と毛の採取から発見したわけだから、生物だと思うんだが、観察する限りでは、生き物に見える煙としか表現できねえ…。


「一応、生物として扱いつつ調査しているが、現状では断言できないな。サーモグラフにすると、体温と室温が全く同じで姿が見えなくなるしな…。」


メインのカメラ映像を赤外熱モードに設定する。定点カメラ映像が、倉庫内の様子を冷たい一色で表した。


<真っ青で草>

<なんか映像だけ遠くに送ってるみたいなヤツじゃないの>

<猫は気体だからな…>


少なくとも煙は実在していて、油を摂取しているのも間違いない。俺たちが見ているのは映像だけかもしれないが、同時に何らかの生物がいる可能性は捨てきれないんだよなあ。


「見た目と特徴の話だけでなく、特異能力の話もしておこう。さっき皆も見た通り、瞬間移動をする。」


恐らく本人の意志のみによって発動して、半径200m以内に移動する。文字通り1秒とかからない瞬間移動だ。


「この特異能力と強い警戒心があるせいで、捕獲は困難なんだ。」


<壁の中に出たりしないんか おじさん心配になる>

<飼うつもりがないのに餌付けすな>

<そうはいってもカメラで撮影できてんじゃん!>


いい指摘だ!特異能力について、もっと突っ込んで説明しよう。


「実は、半径200m以内という効果範囲には、更に条件があってな。生物の視界内に入っていない空間にしか、飛ぶことができないみたいなんだ。」


物理的な制約はまったく関係なく、概念的な制約があるわけだ。実際、カメラで撮影している空間や地点でも、人が見ていなければ飛べる。


逆に、特異能力で飛べる空間が無くなってしまうと狂暴化するんだが…。これについては伏せておくか。


<瞬間移動できる余地を残すのか>

<瓶の中にワープさせて捕まえようぜ!>

<範囲内に閉じ込められるって…コト?>

<姿を見られている分には問題ないんか>


コメントが急に賢くなったな!?こういう一緒に考えてくれるリスナーがいるのは嬉しいな。できればいつもこうあってほしいが。


「そう、見られている場所に特異能力で移動できないだけだな。本人が誰かに見られていても、特異能力は使えるぜ。」


発動回数や間隔についても特に制約がないはずだ。現状閉じ込めている場所から逃げたいと思えば、歩行を交えて短距離の瞬間移動を繰り返すことで逃げられるだろうさ。


───説明していると、定点カメラの映像に動きが起こった。

リュウゾウジグラッジが油の入った缶に顔を近づけている。同時に、赤い着物を着付けたかのように胴体部分の煙が変化した。液体の跳ねる音と、パチパチという爆ぜる音が鳴り始める。


油を舐め始めたんだな。一斗缶に刺さりっぱなしのスポイトの、ノズルの先を舐めている。


これ自体は煙を使った擬態行動で、油に直接触れてはいない。しかし、直接油に触れていなくとも油を摂取できている。理由は不明だが…しかも、この時体重がゼロになるらしい。意味がわからない!


「リュウゾウジグラッジは、油を食べているんだ。機械油だろうが食用油だろうが、油なら何でも食べるんだぜ。舐めている間は、煙のまわりの温度が急速に上がるんだ。」


<お行儀良くて草>

<和服美ケモやんか!>

提灯ちょうちんなめる妖怪か何か?>

<うまいものを食べたら服が消えるんじゃないのか?>

<ちゅうる!ちゅうる!>


現在の所、油以外のものを舐めたり食べたりするところは見られない。燃焼ガスに興味を引くようになったら恐ろしいから、そのままでいてほしい。


「じゃあ、そろそろ簡単な実験を始めていこうか。光を浴びせると反応があるという報告が挙がってるんだ。どんな反応をするのか、カメラを通して見てみようぜ。」

「主任、キャタピラドローン発進しました。」


アキラにドローン操作をしてもらう。このドローンにはアームが搭載されていて、懐中電灯を装備しておいた。それで光を浴びせてやって、反応を見るわけだ。


「人でさえなければ、割と何が近づいても無関心でいてくれるんだ。理由は不明だが、人間に対して異常に執着というか、敵対する性質なんだよ。」




リュウゾウジグラッジは、目を細めておいしそうに油を舐めている。一斗缶スポイトのサクションポンプに巻かれたノズルの先端に、舌を出したり引っ込めたりして、一滴一滴を舐め取っているのだ。両手はお行儀よく一斗缶に乗せている。


アキラはドローンを操作して懐中電灯をつけた。光の当たる位置は、まだ調整していなかったので、丁度、彼女の胸元を照らすこととなった。


懐中電灯程度の明るさでは、さほど動じないので、彼女は右手を胸元に持ってきて、その光を遮った。胸元の膨らみの間に出来る陰が、丁度隠れた。構わず油を舐めてはいるが、胸元を隠したまま睨みつけてくる。


アキラは懐中電灯の向きを変える事にした。睨みつけてくる目元を狙って上に向けたが、射角が少し甘かった。


口元を照らされた彼女は、右手をそこに持っていく。液体を舐める音がこだまする中で、その出どころが隠された。後ろの壁には、透過した光で出来た舌の、影の動きが見えている。舌の動きは止まらない。熱い煙で起こる蜃気楼が、影の動きを激しく揺らす。


アキラが再度向きを調整すると、今度は目元に当てる事が出来た。自動照準の設定もできている。


彼女は、右手を目元にかざした。隠されていた舌の動きが再び見えるようになった。まるで恥ずかしい事をしているのではないかと錯覚するように、羞恥で顔を隠しているようである。舌の動きは止まらない。


アキラが光を絞って強めると、自動照準を始めた。目元を常に狙って光を当てられるのだ。


彼女は、目を隠しながらも光を避けはじめた。身体の位置を動かしたり、首を傾けてずらしたりする。ゆっくりとした光の動きに合わせて、彼女の頬が突起物を擦る。上下左右に頭を揺らしながら、舌の出し入れが続いていて、時々鼻先までもが触れている。


自動照準するアームが機体に近づきすぎて、懐中電灯が外れた。地面に転がる懐中電灯を、何とか拾おうとアームでつついて転がす。懐中電灯が不規則に転がって光が反射する。


彼女の脚部が照らされるたび、その光を避けるために腰を動かす。恨めしそうに睨みつけながら、腰が前後するたびに舌が離れて、また触れて、腰が上下するたびに、根元から先っぽまで舌を這わせる。


懐中電灯を拾えた頃、彼女は舌をあてがいながら、満足して消えた。かすかに残った煙を照らす光が、壁にシミを写していた。




《1500円 おっさん3》<ええと思う!>

<影絵のほうがいかがわしいわw>

<目隠し草>

《1000円 ムホホハンター》<ずっとカメラ目線なのポイント高い>

<あかんやつ?>


光の干渉は見られなかったけど、透過した分は色のついた影になってたな。煙と光に秘密があることを再認識できたが、それだけだわ…。コメントの中にも有益そうなものは無さそうだ。求めすぎかな…。求めすぎだな。


「スパチャサンキュ! あかんくないよ、実験だからな。煙が影を作ってたけど、同時に光を透過させてたのが壁に写ってたよな?」


ダメ元でコメントを誘導してみよう。前回は変なコメントで溢れたが、見たことを確認する内容なら平気だろ。リスナーとのコミュニケーションの取り方も、上手になってかないとな!


<影が本体説あるか?>

<今回のエーブイも期待大や!>

<12番のサーモ、移動直後が見えたぞ>


マジ?

サーモグラフ中は視界外って判定なのか?電源ON中のカメラ映像を、画面隅に一覧表示していて良かったわ。


「アキラ、12番の録画映像を見せてくれ。」

「今映します。」


 ・・・


本当だった。食後のリュウゾウジグラッジは、少し暖かさを残していて黄色い。しかし、その中に一点だけ真っ赤な部分があった。黄色い部分より一瞬早く出現しているようにも見えるな。


「胴体、胸のあたりか? 明らかに発熱の中心部があるぞ。」


<心臓け?>

<尻尾の先じゃね?>


尻尾の先! なるほどな。正面から見ると確かに、尻尾の先が胸のあたりの位置になるのか。どうしてそう判断したのか気になるな。


「どうして尻尾だと思ったんだ?」


このリスナー、日本尻尾吸虫さんからもっと情報を引き出したい。多分本人が気づいてないだけで、大事な物を見ていたと思う。


<油舐めてる時、尻尾の先っぽの位置だけ動かんかったぞ>


名前に違わぬ目の付け所よ!

腰を動かしていた時、一緒に尻尾も動いていたように見えたが、尻尾の先までは確認していなかったな。


「主任、確認したところ本当のようです。尻尾の先だけ一斗缶スポイトの裏から動いてません。」


おお~…。

不定形モンスターに見られる核のようなものがあるのだろうか。それとも煙のような身体部位を伸ばす群体生物の塊か?何にせよ、一気に生物である可能性が高まったぞ。


やっぱり集合知は偉大だな!

リスナーや動画コメントへの関わりは、今後も重要視していこう。


「調査開始の発端となった唾液や毛と、同じものが見つからないだろうか。一斗缶の口付近の残留物を検査したいんだが。」

「カメラはついてませんが、検査用プロトコルがあります。このドローンで十分採取できます。まかせてください!」


アキラがそう言ってくれるなら、まかせてしまって大丈夫だろう。俺のほうは、尻尾の先っぽに対して何をどうするか考えないとな。


「次の実験はリュウゾウジグラッジの尻尾の先を狙う事にするぜ。さて、狙うとして何をしてやるのがいいかね~。」


わざとらしくリスナーを煽ってみる。

また何かしらの有益なコメントをもらえるかもしれない。もちろん、自分でもちゃんと考えているぜ。


<発熱するなら氷水ぶっかければ捕まえらえる?>

<風で煙ふっとばせばええやん!>

<光を避けるのが気になるけど>


今までにないコメント拾いの流れを、皆が感じたみたいだ。結構まじめに考えてくれてる。いつもこうだったら俺的には嬉しいんだけどな。まあ、くだらないコメントばっか集まる時でも、人がいるだけ金銭に絡むわけだから、調査団的には嬉しいか。


「風はすでに実施済で、煙は消し飛ぶんだけど瞬間移動して元通りだ。氷水はどうだろうな。マイナス20℃までの室温低下なら試したんだが。」


光についてはなんでだろうな。煙が飛ばされるのと同じように、反射させてる光の邪魔になるのが嫌なのか?強い光ほど嫌がるみたいだが…。


<個別にしか試してないんだ?>

<嫌がること同時にやったら相乗するかもな>

<基本は足し算>


風と光と温度、全部いっぺんにやれってことかよ。欲張りだねえ、お前たち!

でも案外悪くなさそうだなあ。


「アキラ、冷房のある部屋ってどこだったっけ。」

「冷凍庫ですね。56番のカメラです。」


メインのカメラ映像を56番にセット。吊るされた冷凍の肉が並んでいるな。


「よっし、そこに投光器を装備したドローンを送ってくれ。風と光と冷風のセットを一度にお見舞いしてみたい。」


<ガチで欲張りセットかまそうとしてるの笑う>

<やられたらストレス半端なさそーw>

<動物愛護団体が黙ってないぞ>


ドローン到着までにリュウゾウジグラッジを移動させないとな。12番には丁度送風機があるから、風で煙を飛ばしてやろう。56番のカメラだけ電源OFFにすれば、そこに移動してくれるはずだ。


「投光器搭載ドローン、準備OKです。」

「こっちも上手くいった!」


対象の位置はばっちりだな。食肉用の冷風機と、投光器の合わせ技を喰らえ!


突然の強風にすさまじい形相をしながら、煙の顔がかき消されていった。まばゆい光の中に、一瞬だけその顔が浮かんですぐ消えた。そんなすげえ顔するの…?


「今の場所からは消えたと思うが、移動先が見つからないな。どのカメラにも映らないし、遠くに逃げちまったかな?」

「可能性はありますが、その場に残っているという線もありませんか?」


一理ある。

狂暴化防止目的でドローンにはカメラをつけていなかったので、対象がその場に留まっているか確認するために、冷凍庫に直接行くことにする。整備工作班に話を持ち込む手間を考えたら、そうしたほうが早いからな。連絡のためのトランシーバーを持っていく。

 ・・・

冷凍庫だけあってばかみたいに寒いし、霜だらけで歩きづらい。その霜に紛れて真っ白な人型が横になっている。間違いなくリュウゾウジグラッジだ。大の字で気絶している。ここは、絶妙に定点カメラには映らない位置か。


「冷凍庫の中でぶっ倒れてたよ。」


白いものを踏んづけた時、霜の感触がなかったんで気づいたわ。煙が散ってもちょっとしたら収束してくるみたいだな。


<まーたハメたんか>

<ステルスハメやん!>

<ハメ撮りキターーーー!>

<燃え尽きてて笑う>

<ハメ撮りリアタイ初でうれしい!>

<死んだんじゃないの?>

<完璧のびちゃってら>


この好き放題な反応も、だんだん愛らしく感じられるようになってきた。しかし、煙なんて持てないからどうやって運び出せばいいのやら。一旦部内で情報共有して、手伝ってもらおうか…?


「主任、残留物の採取と検査が終わりました。原因究明チームが採取したものと同一の成分ですね。」


ということは、何かの間違いであったという線が完全に消えたな。どこかに煙ではない口や毛があるはずなんだが。尻尾の先をよーく確認してみるか。

 ・・・

煙に覆われていて見た目にはわからないが、手に何かが当たる。ざらざらする手のひらサイズの何かがあるみたいだ。その何かを掴めた。


「うおっ、なんだこれは。」


掴んだ物に追従するように、気絶したリュウゾウジグラッジが動く。顔の前まで持ち上げてみると、尻尾の先も顔の前に来るので、くの字に曲がった彼女の身体が、一緒にそこまで持ち上がっている。


<ぷらんぷらんキャッツ!>

<捕獲できてるやん!>

<片手で持てるのか>


「元々重さは超軽量って報告だったんだが、実際その通りみたいだ。なんか軽石みたいなざらざらしたものを掴んでるぜ。」


この物体が本体なんだろう。そう思えば、油を舐める時に重量が変わったのも納得できる。電子はかりの上から一斗缶の中に移動したはずだからな。


光を嫌ったのは、影の濃さで存在が感知されるからだろうか。このまま確保できるのであれば、この後全て解明できそうだ。


「煙は煙だし、触れられるのは尻尾の先の物体だけだ。」

「主任、情報処理部から緊急命令です。対象を解放して、直ちにその場から離れる事。」


おっと、俺に対する具体的な指示は初めてだな…。掴んでる物を置いて、言われた通りにしよう。


<用済みキャッツ!>

<意識が戻ったらどうせ逃げるんだろ>

<無意識でも煙で形作るのはなぜなぜ?>


きっと理由はあるんだろうが、今の俺には分からない事だ。わかることと言えば、あの状態で対象の意識が戻っていたとしたら、人的被害が起こっていたかも知れないって事くらいだ。緊急命令はその懸念のために発されたんだろう。


「対象の特異能力を考えれば、瞬間移動でいつでも逃亡できます。一時的な捕獲はできても恒久的な確保はできないでしょうね。それよりも、危機的状況に陥った対象が狂暴化するリスクを避けるべきです。」


アキラと情報処理部の言う通りだ。それに、対象の本体らしきものを見つける事ができたんだから、十分な進歩があっただろ!


「監視室に戻るよ。今日の所はぐっすりお眠のリュウゾウジグラッジをバックにさようなら。対象がこの後どういう行動をとるか確認しないといけなくてな。」


《500円 ヒトツメスキー》<おつハメー>

<暴れないといいな>

<結果も教えてくれよなー>


配信終了。


成果十分なんだが、これがもし通常種だったらと思うと、見た目にわかる重要な組織の採取やなんかが出来たんだろうな。同じ手が通用するとは限らないが、なんかモヤモヤしちまった。


というか、思い返してみると直接手で触ることができただけだな…。他に何もやってねえし、もっと出来る事あったよな!?どうして後になってから気づくんだろう。もっと上手にやれたかも知れないのにって気持ちがすげえする!

素直に喜べねえ~!


───────────────────

応用実験部 実験配信班 橘春


  実験結果報告書


識別名       : 臭い立つ怨恨の煙

生息地       : コロンバス・イン・ザ・ドア平原


サイズクラス    : 標準※超小型の可能性あり※

ウェイトクラス   : 超軽量

スピードクラス   : ※不動※

ムーブメントクラス : ※不動※


フェロシティレベル : 温和

フレンドレベル   : 敵対

フィーンドレベル  : 中庸


───────────────────

特異能力 : 時空踏み外し


発動条件

対象の意志に依るため、無意識では発動しない。


効果範囲

対象を中心とした半径200m以内。


効果

対象が効果範囲内のどこか任意の地点へと瞬間移動する。ただし、いずれかの生物の視界に納まる範囲は、任意の地点として選べない。ライブ映像の視聴等も該当するが、サーモグラフィは対象外である。全ての範囲が生物の視界に納まると、狂暴化する。


人的被害レベル:致命


───────────────────

特徴 : 

MMEI-0002-VARは、体長160cm程度の人型を模した煙状のモンスター娘である。煙で身体が出来ているため、身長や部位の長さはある程度可変する。煙状の実体を持たない存在であるが、さも実体があるかのようにふるまう。ネコ科によく似た頭部を持ち、切れ長の目の周りには朱色の化粧をしていて、三角形の耳には金製の耳飾りがついている。黒色の長い髪を持っており、髪型は江戸時代の丸髷のようである。毛皮は白の地毛に、黒と茶の二色がまだらになって散っている。首と肩は柔軟に動いて様々な態勢を取ることができ、胴体の内、胸部には椀形の膨らみが一対あるが、腹部には膨らみが存在しない。ふくよかな臀部から尻尾が伸びており、最も気まぐれに動く部位である。手足は細長くしなやかで、肉球と爪がある。


生態 : 

MMEI-0002は、特異能力による瞬間移動を繰り返して生活している。食料の確保から安全な場所への逃走まで、全てを特異能力で解決できるため、気まぐれな性格であり、一か所に留まらずに移動を続ける。警戒心は強く、特に人間に対しては敵意を持っており、決して近くに寄らせない。もし、特異能力が封じられてしまった場合、最終手段として狂暴化する。MMEI-0002-VARは、尻尾の先に小型の実体を持っている。煙の虚像はその実体から生み出されており、常に追従しているが、衝撃や風等で一時的に散る事があり、その場合、数秒から数分で元に戻る。実体そのものは移動をせず、虚像が歩行をしているように見せかけていて、実際の移動は全て特異能力で行っている。好みの場所は、風の吹かない場所と、光の無い場所であるが、どちらにも該当しない場所へ移動ができないわけではない。油を摂取すると、摂取した油の発火点にまで煙の温度が上昇する。


その他:

実体は手のひらに収まる大きさで、ざらざらしている。食事中に発熱するが、通常時には室温であり、変温と見られる。


特記事項:

尻尾の先端部分の煙を取り払い、実体に直接強い光を当てる事で気絶する。気絶からの覚醒時には、少しの混乱の後に特異能力の発動があった。狂暴化はせず。

ただし、人の接触や特異能力の封印がある場合は未確認。

─────────────────────────────────────


広報部から


調査団としても初めての変異種でした!

その正体は未だにつかめていませんが、安全に配慮して中止とさせていただきました(汗

今後も慎重に研究を続けていきますので、皆さまのコメント、フォローなどなど応援をよろしくお願いします♪

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