MMEI-0058 ペタアンブレラ


うーん、ペタアンブレラ、ペタアンブレラねえ…。ケモっぽい顔だし、ちっちゃくて可愛いんだけど細すぎるなあ。俺はもっと普通体型がいいわ。うん。


で、それは別にどうでもいいんだ。問題は寝てるってところだな。そんな状態のヤツに何をしてやったら面白くなるんだよ!前回の配信をフィードバックしてくださいって情報処理部に言われたけど、これじゃハメるもクソもないじゃないか、どうすればいいんだ。動いてる所を映したいよ俺は!


「主任、準備できましたけども。」

「ああ、サンキューアキラ。」


俺の準備は全然できてないが。

寝てる奴にやるイタズラなんて、顔に落書きするくらいしか思いつかない。今のところ何を試しても覚醒しないから、反復実験班も匙を投げたって。方針、配信のかじ取りをどこに向ければいいのか、俺一人にゃ荷が重い。


「なあアキラ、俺たちは何をすればいいと思う?」


 ・・・


「アキラさーん?」


あっ、イヤーマフか。

聴覚を封じないと特異能力の効果を受けて心拍数があがってしまう。実験のために防音室内に入る時は、忘れずに装着しなければ。


あれ、ちょっと待った。

この特異能力、配信には向かないのではないか。実験結果報告書をもう一度読みたい。確か気になる記述があったはず。えーと、あったあった。


───録音でも特異能力の効果を受ける…はい。


絶対に配信で超音波を流してはならないという事になるな。モニターが用意されているとはいえ、目には見えないし聞こえない音だ。そんなものを常に注意しながら気の利いた実験をしなくてはならない。もし流してしまったら、テロか何かで逮捕されるのではないか?


「すみません、マフつけてました。」

「いいんだ、アキラ。何をしてやればいいか見当もつかなくて困ってるだけ。眠って動かないのに害のある超音波を常に出してる相手だからな…。」


とりあえず防音室内部をモニターしながら考えるか。実験用に準備した機材一式と、特異能力の可視化のためのラット。部屋の中央には広めの台座が据えてあって、その上にペタアンブレラを寝かす。

…って、なんだこの格好は!?


「アキラ! 俺は適当に布で隠してくれって言ったよな!?」

「ええ、でもそれだと不意にハミ出したらBANされるじゃないですか。」


ああ、そう言われたら何も言い返せない。アキラは班のためを思って最善を考えて行動してくれているというのに、それでも俺は、ためになる配信のアイディアのアの字すら思い浮かばない。でも、女性物の肌着を着せるとかえってアウトに見えてしまわないか心配だ。


「下着が嫌でしたら、もっと局部だけを隠すようなのでもいいと思いますけどね。剃毛してから粘着テープでも張れば確実に事故を防げますよ。」


剥がす時に痕がつきそうだから却下します。ああ、もう、問題だらけでどこから手を付ければいいかわからん!一度考えを整理すべきだ。


ペタアンブレラが寝ていて、起きない事。


配信規約のため、不適切な映像を流さないように隠す必要がある事。


配信音声の中に超音波を乗せてしまうと、特異能力の影響がある事。


絶望的じゃないか、この問題点の詰め合わせセットは。特に人的被害を、それも外部に起こしかねない超音波は最優先で対策せねば。次に、配信規約を守らないと班の存続が危うくなるから、これも大事だ。よし、何かやる時には音とペタアンブレラを良く確認して対策するぞ。簡単なチェックシートを作ってアキラと共有しよう。その上で、寝ているペタアンブレラを起こす目的で実験をすればいい。変に奇をてらってエンタメしてやろうなんて、考えずにやればいいんだ。いや、それだと上層部の意向に背くことになるのだろうか。


結局答えの出ないまま時間ばかり過ぎていく。


多分、関係者全員に共通している問題はペタアンブレラの覚醒方法だけだ。このまま考えていても、待機してくれてる人たちを待たせるだけだな。俺自身も目を覚まさなければ。俺たちにしかできない配信が武器なんだから、それを利用すればいい。それなら、いっそリスナーに委ねてみようじゃないの。


「アキラ、配信を開始するぜ。」


アキラがグッと拳を握って合図してくれた。


配信開始。




「みなさん、お久しぶりです。主任の橘です。モンスター娘生態調査団、応用実験部、実験配信班です。」


<ハメ撮り探検隊!>

<ハメ撮り探検隊>

<ハメ撮り探検隊!>


うわあ、目を覆いたくなるコメント欄の惨状よ。前回の配信の切り抜きがバズったらしく、SNSを飛び交っていたという。おかげでこの名前が正式だと本気で勘違いしている奴が出てきている。

困ったもんだ…。


「はーい。みなさん待機と挨拶ありがとう。元気してたか?」


<ぼちぼち>

<あたぼうよ>

<橘さんはどうなのよ>


「俺はすでにへろへろだよ。助けてくれ。」


よーし、丁度いいコメントを拾えたな。これで自然にリスナーに協力を申し出てもらえるように誘導できる!ナイスアシストだ、えーと、ヒトツメスキーさん!


「今回のターゲットはペタアンブレラです。コウモリ人間だよ。鳥類とは違った大きな翼を持っていて、空を飛べると思うんだ。」


早速モニターを映して見せる。なんかの間違いで起きてくれてはいないですかね。ペタアンブレラの瞼は下がったまま、微動だにせず。


「配信規約を守るために肌着を着せておきました。言っとくけど、こいつが寝てるのはそういう生態だからです。」


<思ってた倍くらいちっこいのー>

<かわいい 髪の毛結ってあげたい>

<ウチの犬くらいの大きさだ>

<羽デッッッッッッッッッッ!>

<ついに犯罪に手をそめてしまったか>


やめーや!

絶対言われると思ったわ。無視して話を進めていこう。


「今回も色々と実験していきますが、寝ている状態では反応が見られません。そして、残念なことにペタアンブレラを起こす方法が見つかっていないんです。だから、どうやって起こすか皆の知恵を借りたくて、助けてください。」


本当お願いします。これだけたくさんの人が見てくれてるんだし、誰か良いこと言ってくれ!


<いくらくれる?>

<脇のあたりをアップで見せてくれ>

<どんな夢を見ているか確認する方法があればな>

<起こすの可哀そうだしそっとしておこう>

<とりあえず目に毒だし服着せてあげたら?>


あっ、それは確かに。肌着だのテープだのやってたのがバカみたいだ。気になるんだから上から服を着せてあげれば良かったのに、気づけなかった。


「アキラー、何か服を持ってきてあの子に着せてやってくれないか?」

「了解です。下着と一緒に借りてきてます。」


言われる前から準備が出来ているとは、アキラはなんて要領がいいんだ。いや、誰から借りたんだ!?というか貸すほうも貸すほうだな?まあ、助かっているから文句言えないんですけども。


「ちょっと体持ちあげないといけないので、モニターしてください。」


そうだった。リスナーに説明しておかなくては。入室前のアキラの行動もチェックするぞ。イヤーマフをつけたから、ヨシ。


「えー、このペタアンブレラですが、寝ている間にも超音波を出してます。この超音波を聞いてしまうと、心拍数が上がって心臓麻痺が起きます。そういう特異能力を持っているんですね。」


<なんでそんな危ないモン使ってるんだよ>

<ころすきか>


俺が言いたいよ俺が!


「で、この超音波なんですが、ペタアンブレラの身体を揺らすと大きくなります。大きくなればなるほど、聞いた人の心拍数が高くなるので危険です。モニターに映ってる波形を見ていてください。」


アキラに手を振って合図する。

アキラは、慎重な手つきでペタアンブレラにエプロンを着せていく。首元の髪をかき上げてまとめてから、輪を通してやり、その後、左右の紐は胴に回せないので、太ももに巻きつけて玉で止める。翼があるから、ああいった前掛けじゃないと着せられないんだな。


「あの中は防音だから、ここで撮影をする分には大丈夫です。それで、波形が縦長に変化していったのが見えた?これが、超音波が大きくなってるっていう証拠です。」


続いてアキラはホットパンツを履かせていく。片足ずつ交互に持ちあげてちょっとずつ腰のほうまで上げていき、最後は臀部を持ち上げて前と後ろの生地を引っ張る。翼が足の付け根や尻尾にもつながっているせいで履かせるのが難しそうだ。めっちゃローライズみたいになっちゃってるじゃん…。


<おーいもっと目に毒になったって!>

<いかがわしいの草>

<カメラもっと寄れないのか?>


あー、そんなことより危険性について聞いてほしいんだよ。自分たちの身体に害があるかも知れないってのに、危機感がないな。やっぱ扉の中で日ごろから危険を感じているほうが、おかしいのか…?でもコメント爆速だし、これはこれでいいか。俺とアキラが気を付けていればいいんだ。


「もういっちょ波形を見ててください。実は、ペタアンブレラの口を塞ぐと超音波は発せられなくなります。」


アキラに手を振ってから、口を抑えるジェスチャーをする。

よし、伝わった。


「波形がまた大人しくなりました。この状態なら揺らしても大丈夫です。」


アキラ、頼む!

よし、以心伝心!


<アイツやりなれてっぞ!>

<クロロホルムだな>

<どう見ても拉致の犯行の瞬間だって!>


ギャー! マジで絵面やべーじゃん!アキラ、すまん…。でも大事なことだから皆に見せておきたかったんだ。不甲斐ない俺を許してくれ。


「大丈夫だって! これは実験の前の説明だから!なっ、揺らしても波形が乱れたりしないだろ!?」


もういいぞ、アキラ。よし、戻ってきてくれ~。


「さて、特異能力の説明はこれでおしまい、服も着せ終わりました。他に何か知りたいこと、見たいことはないでしょうか~。ペタアンブレラを起こす方法を、一緒に考えてくれても嬉しいです。」


<口の中を見てみたい>

<コウモリだしやっぱ病原菌多いのかね?>

<寝っぱなしでどうやって生きてるのか教えてくれよ>


おっ、いい質問じゃないか。俺も気になったから反復実験班に聞いておいたんだ。


「冬眠または休眠状態となっていて、代謝を極限まで落としています。いい質問してくれてありがとう、吐くなマタタさん。ちなみにペタアンブレラの現在の体温は10℃未満です。」


<なんか食わせたら起きないか?>

<俺もずっと寝てたい>

<水飲ませたら?>


「水を飲ませる実験はもう実施済みで、起きませんでした。水もすぐに肛門から排泄されたし、胃や腸の残留物もありませんでした。」


<窒息しなくてよかったな>

<見たいが>

<体温低いなら風呂に入れてあげれば?>


お、いいんじゃないか風呂ってのは!準備に時間がかかるが、試してみる価値はありそうだ。


「アキラ、ペタアンブレラを風呂に入れてみたい。ちょっと整備工作班のとこでお湯をもらってきてくれないか?」

「了解です。42℃くらいでいいですよね?」


うん、多分いいと思う。人間にはそれくらいが丁度いいらしいし。


<コメ拾われて嬉しいわ>

<服着せた意味よ>

<温度差でゆだらないか心配>


確かにな、ちょっとぬるま湯にするための水も用意するか。あと、借り物だし服も脱がしておこう。申し訳ないが肌着だけは使わせてもらう。チャンネルのために。


「ありがとな、風呂っていいアイディアだと思うわ。なんで思いつかなかったんだろう俺、日本人失格かもしれん。」


<ハメするやつは人間失格なんだよなあ>

<やっと素になったか>

<他人行儀っぽくて気になってたわ>


ああ、確かに気を付けて喋ってたわ。慣れもあるけど、今回はノープランで始めたからな…。


「ここは安全な研究施設内なので、前より落ち着いて配信できてます。あと、誤解があったらまずい事はちゃんと説明してるよ。」


とりあえず水は汲んだし、イヤーマフしてペタアンブレラを脱がせるか。そうだ、近くで見せてやりたいしダクトテープで口を塞いでおこう。ミュートすればいいとは言え、うっかり忘れたら大変だからな。


「一旦配信をミュートします。防音室の中に入るからな。近くでペタアンブレラを見てみてくれ。気になるところがあったら教えてな。」




左右の足に巻いた紐から、引っかけている玉を外そうとすると、わずかな足の肉に、紐が少しだけ食い込んだ。触れてみると、奥にしっかりとした筋肉を感じられるのだが、決して硬いわけではない、ほのかな弾力もある。


茶色の体毛は短いものだが、思いの外柔らかいもので、意図せず紐に絡みついて来るから、頻繁に挟んで皮膚を引っ張ってしまう。そのたびに、ペタアンブレラの軽い身体が小さく持ち上がるから、意識がないはずなのに、全身で反応をしているのではないかという錯覚がある。


橘は足側から頭側へと移動する。前掛けをめくってやると、腹部が見える。皮膚が透けるほど毛が薄くなっているが、臍のあたりには毛が密集していて、微かな呼吸によって上下する度に、跳ねたり擦り合わさったりしている。


首にかけた輪を持ち上げて外してやると、一瞬引っかかった大きな耳が、勢いつけてピンと戻った。ペタアンブレラの鼻から、微かに寝息がしている。前掛けを外すことができた。


橘はまた、足側へと移動する。次はホットパンツだ。腰が台座のきわに来るように、ペタアンブレラの足を持って引く。そして、片腕で両足を押し上げて下半身を浮かせると、脱がせやすい。


前と後ろを交互に少しずつ引っ張ると、そのたびに触れた毛が寝ては立つ。一緒に下着が動いてしまわないよう、ゆっくり慎重に進める。太ももを過ぎたところで、押し上げていた両足をゆっくり降ろしてやる。そうすれば、台座から飛び出た足から服を脱がすのが楽になる。


橘はしゃがんで、下のほうへとホットパンツをズリ降ろす。布の擦れる音と共に毛羽立つ体毛があって、やがてすぐに終わった。ホットパンツを脱がせられた。支えを失ったペタアンブレラの両足が、だらりとなって左右に開いた。顔を上げた橘は、少しの間それを見ていた。




<おまわりさああああああん!>

<これもう事件だろ…>

<気になるところはお前なんだわ>

<警察だ!>

<今自分が何をしてるか鏡をみたほうがいいよ>


何をしてるかって…ペタアンブレラの口をテープで塞いで服を脱がせてるだけだが。


絵面が最悪じゃねーか!!


「安全のためなんだっての!」


まったく、無防備なお前たちを思って安全に配慮しているというのに。いや、この考えは傲慢だな。何かあったら俺の立場がヤバいからやったんだ、そうだろう。


とにかく、俺ができる準備は終わった。モニタールームに戻ってアキラを待とう。他に何か興味を持ってもらえるような話題はないだろうか。


「ちょっとこぼれ話してもいいか? ありがとう。録音した超音波をスロー再生すると、歌声のように聞こえるらしい。しかも、ペタアンブレラが揺れれば揺れるほどテンポが速くなるとか。」


<おもしろそう>

<聞きたいが>

<それ聞いても大丈夫なの?>


あれ、確かにスロー再生でも超音波聞いてるよな?いや、聞こえるくらいになったら超音波じゃなくなるのか。後で誰かに聞いてみないと。やっぱこういう些細なことも伝えていくのは、役に立つんだな。


「一応電子工学班ってとこの人がスローで聞いて平気だったみたいだ。音として聞く分には問題なくて、超音波のままだと効果が出るのだと思う。」

「主任、お待たせしました。」


待ってました! ありがとうアキラ。そりゃそうだよな、ペタアンブレラを漬からせられる量なんて持てないよな。設備管理部のキャタピラドローンが余ってて良かった…。


「はい、じゃあ皆さん。お待たせしました。お湯の準備ができたので、ペタアンブレラにはお風呂に入ってもらいます。」


<サービスシーン>

<それでだめなら今度は氷水だな>

<塩水もためしたいところ>


そこまでいくともはや拷問だろ…。さすがに限度はあるし、俺はそこまでやりたくないぞ。とにかく、最初はぬるま湯で慣らしてやって、その後湯舟だ。


「アキラ、また頼むよ。」

「もちろんです。」


かけ湯でばっちり慣らしてもらう。野生だっただけはあるくらいに汚れがあるな。というか、今まで誰も洗ってやってなかったのか。まあ、長期間確保するわけだから、自然な状態を維持してたのだろう。検疫通ってるし、清潔にしてやる分には問題ないはずだ。


「これで多少は慣れたと思うので、湯船に漬かってもらいましょう。」


翼があるせいで持ちづらいだろうが、脇の下を持って湯船に入れてもらう。肩まで漬からせるのは様子を見てからだな。下手して顔を漬けてしまったら、鼻呼吸が出来なくなるかもしれない。


<生贄の儀式みたいだよ>

<起きるといいね>

<食べ物用意しておいたか?>


あっそうか、もし起きたら腹ペコだろうな。コウモリだし虫か果物だろうか。なんて考えていたら、湯船がひっくり返っていた。


「アキラ! どうした!」


イヤーマフがあるから聞こえないが、声をかけずにはいられない。とりあえずアキラに怪我はなさそうだ、戻ってこようとしてる。ペタアンブレラは…口のテープが剥がれているな。あれ、動いてる?


<起きたやん!>

<生まれたての小鹿みたい>

<やっぱ足で立てないんかね>


「主任! ペタアンブレラ覚醒しました!」

「よくやってくれた! これ一旦中止したほうがいいか。確かそんな連絡事項が応用実験部に来てた気がする。」

「───問題ないそうです。」


わあ、レスはっや。やっぱ皆さん監視してますよね。


とりあえず、臆病かもしれないと調査結果報告書にあったから、防音室から逃げ出さないようにしつつ、安全を確保しないと。


「まさかこんな方法で覚醒するとは思いませんでしたが、皆ありがとう!おかげで一番なんとかしたかったことが解決したぜ!」


とにかく食べ物を用意してやらないと。あと、水に塗れた状態では体温が奪われるから、暖房を強くしてやろう。覚醒したなら、体温の低下は生命維持に致命的だと思う。超音波研究のために空調を入れてくれた志藤さんに感謝だな。


「リンゴ、リンゴあったよな。とってこないと。」

「主任は配信を続けてください! 僕が取ってきます。」


お前に助けられてばかりだよアキラ。ペタアンブレラは水浸しの床の上を四つ這いになって移動している。彼女にしてみたら、ありえない環境に急に来ているようなものだ。きっと混乱しながら必死で隠れられる場所を探しているんだろう。


<赤ちゃんみたいでかわいい>

<よちよちハイハイだ>

<ウチの犬のほうが歩くの上手い>

<空飛ばないの?>

<あの爪だと床がすげえ傷ついてそう>


確かに、洞窟の石を抉って引っかけられるくらいの爪だ。新設されたばかりの防音室をこんなにしてしまって申し訳ないな…。いや、そんなことよりも、やるべきことをやっていこう。まずは入念に観察して、どういう生態をしているか調べなくては。そして、特異能力についても研究しないとな。


「コウモリ同様に、ペタアンブレラの翼は羽毛ではなく飛膜があるんだよ。水に塗れると代謝の他に、飛翔するための抵抗が増えるから、飛べないんだ。」


小型軽量のコウモリは、特に体温低下を防ぐための代謝が大きい。どちらかといえばペタアンブレラは、大きさから来る抵抗のほうが辛いだろう。


「頻繁に耳を動かしてるな。モニターの波形も一定じゃなくなった。思っていた通り、このペタアンブレラは反響定位を使っているんだ。」


<なにそれ?>

<知ってる おいしいよな>

<ソナーだな>

<ソテーだろ>


「そう、ソナーって良く知ってたな!自分で出した音が反射して自分に帰ってくるから、その音を聞いてるんだ。すると、帰って来た音から、どんなものがどれくらいの距離にあるか分かる。」


防音室は十分な広さがあるけど、洞窟に比べたら狭い。きっとすぐに空間を把握して落ち着きを取り戻してくれるはずだ。


<音じゃなくてちゃんと超音波って言え>

<はえ~>

<防音室の中でも反射するのか?>


設備管理部の全班が共同で作った防音施設だから問題ない。密度が高くて遮音性の高い鉛の壁を三層にしてあるから、反射する。内側の層は耐水コーティングされていて、真水が循環してるから、鉛を透過した超音波でも拡散して吸音されていく作りだ。地熱を使った一点の真水の温度変化が、電気を使わない循環の秘訣らしい。


「リンゴと、あとバナナと蜜柑をもってきました。」

「ありがとう。早速与えてみよう。皆さんはどれが好物になると思う?本当は扉の中でとれるものが良いと思うんだけど、間に合わせで試すよ。」


早速果物たちを持って近づいてみよう。扉を開けた瞬間からペタアンブレラの這いずりが激しくなる。すごいな、もう接近に気づくのか。すぐ足元にまで来たところで、ペタアンブレラは動きを止めた。なんだろう、諦めたのか…?


「とりあえず蜜柑を与えてみましょう。皮をむけば一口サイズなんで、食べやすいと思います。」


果実を一切れ持って目の前に置いてみる。ペタアンブレラは少し飛び出した鼻で臭いをかいでいるようだ。


<かわいいな>

<食べてくれるといいね>

<まず果物を食べるのかどうかだな>


それなー。できれば食べてほしいが、虫を食べるとなると捕まえてこないといけない。それに触りたくない。


ペタアンブレラは蜜柑の臭いを嗅ぎ終わると、興味なさげにそっぽを向いた。どうやら好みではないらしい。次はリンゴにしてみるか、丸のままで持ってきてしまったが。


「だめみたいですね。次はリンゴを試します。」




ペタアンブレラは、リンゴに鼻を近づけて臭いを嗅ぐ。今度は気に入ったのだろうか、もはや押し付けるようにするものだから、鼻からみっともない音が鳴ってしまっている。


やがてペタアンブレラは、首を少し傾けて口を開いたのだが、大きく開く力がないのか、ものが大きすぎるのか、かじる事ができない。口を開けたまま、ひたすら皮を舌で舐めることしかできていない。それも一生懸命に、首を動かして位置を変えていく。段々と激しくなっていく呼吸が、皮についた唾を押し広げていった。


そうしていると、不意に上顎の牙がリンゴに刺さった。ペタアンブレラの首の動きにあわせて、リンゴが傾くようになる。同時に、上顎の可動域を奪われてしまったペタアンブレラは、だらしなく口を開いて、届かなくなった舌を伸ばそうともがきはじめる。


なんとかリンゴに触れられた時、ペタアンブレラは甘い汁に気が付いた。牙によって傷つけられたリンゴから、瑞々しい果汁が滴っているのだ。その汁を舐め取ろうと、舌先を激しく動かし始める。左右に舌を回して、求めているものがあれば、下から上へと舐め上げる。一滴もこぼさぬ様に丁寧に。


その内、より深くへと牙が刺さって行って、舌がすっかり届く頃、甘い汁の量が減ってきていて、舐めても何も得られなくなってくる。ペタアンブレラは、今度は思い切り吸い始めた。もはやほとんど自分の唾だが、吸うと果汁がまだ出てくる。激しい水の音が、あたりに鳴り響いた。




これじゃ十分な食事にはならないだろう。


<かわいそう>

<リンゴってマジで香り強いよね>

<食いたいのに食えないの辛いだろ>

<ウチの犬が皿舐めてるみたいだ>


「切ってくればよかったです。ただ、果物を食べるようなので良かった。カットは後でできるので、とりあえず手元のバナナも試しておきます。」


バナナの皮をむくと、ペタアンブレラの鼻がまた活発になった。どうやら興味を惹かれる香りらしい。いったん、リンゴを優しく引っ張って牙を外してやる。そのあとバナナを目の前に───。


「おお、すごい警戒してたし野生だから難しいと思ってたけど、手からも食べてくれたぞ! よっぽど腹が減ってたみたいだ。」


───どうやら長期間の休眠明けで咬合力が落ちているようだ。


やわらかいバナナの果実を口に含みながら、舌で舐め取って食べている。これなら問題なく摂食できるし、のどに詰まらせることもないだろう。バナナを持ってきてもらえて良かったぜ。


しかし、この様子だと、本来はあのような休眠状態にはならないのだろう。この点はしっかり報告しておいたほうが良さそうだ。


<アップにせよ>

<俺も今バナナ食ってるw>

<バナナ咥えるところ切り抜くは>

<良かったね>

<なんかほとんど吸うか舐めるかだね>


「多分、ずっと寝てて弱ったせいでちゃんと噛めないんだよ。俺が持ってるものを食べるくらいだから、判断力も落ちてるのかも。」


とにかく、これで後は元気になってくれれば問題ない。経過を観察しながら、可能であれば人馴れしてもらえればうれしいが。


<一本じゃ足らんだろ>

<イヤーマフしてなくて平気なんか?>


あれ? しまった!モニター中のアキラも焦り出したぞ。あんなに気を付けてたつもりだったのに、くそっ!でも、全然苦しくならないな。早く離れたいが、しかしバナナを完食させるまで離したくないぞ。せっかく食べてるのに興味を失われたら…どうすれば。


「主任、イヤーマフ持ってきました。」


アキラ! ありがとう!


「悪い、取り付けてくれ。んでスマホを外に持ってって。」


とにかく今からでも対策をしよう。運よく平気だっただけかもしれないからな。

 ・・・

ああ、結構食べてくれた。はは、皮の奥まで鼻を突っ込んでる。多少元気が出たみたいだし、バナナのおかわりを待つまで、切ったリンゴをもう一度与えてみるか。


そういえばラットの様子はどうだろう。

───元気にしているな。

ペタアンブレラが覚醒してしばらく、超音波が発せられていたはずだが。ひょっとして、睡眠中でなければ特異能力は発動しないのか?




「えー、ペタアンブレラの好物はバナナとリンゴでした。蜜柑は嫌いみたいで、多分酸味が強いって臭いでわかったのかなと思います。」


モニターの中で、ペタアンブレラがリンゴとバナナを食べている。やっぱ食事をすると元気がでるよな。それにしても、ラットの心拍数は安定している。今こうしている間にも、食事の合間に波形が動いているのだが。


<他の果物も試してみてほしい>

<血を吸ったら面白かったのにな>

<普通にかわいいし、なんも危険そうに見えないが>

<おい、飛んだぞ>


えっ。本当だ。コメントをチェックするために一瞬目を離したうちの出来事だ。回復力がすごいのか、それとも代謝がすごいのか。いや、この場合両方か。体重を可能な限り落として飛行を実現しているはずだから、あれだけの食事をしたとしても、すぐに排泄するはずだ。鳥類よりは消化に時間がかかるだろうが、逆に言えば効率がいい。とすると、これ、あの下着汚しちゃうよな…。


「主任、あの飛行方法まずいですよ。」


うん? どこがまずいんだ。四肢を思いっきり背のほうまで広げて大の字になった後、今度はそれを体の前方、コの字になるくらい突っ張る。別におかしくはないと思うが…。あ、違う、おかしくはないからまずいのか。

動きが激しいんだ。

あんなのいつ肌着が破けてもおかしくないぞ!


「アキラ、配信止めるか!」

「いえ、ちょっと待ってください。ひょっとして。」


おっ、念のため取り付けておいた天井のフックが役に立つのか。ペタアンブレラは器用に足の爪を引っ掻けると、逆さになって翼を畳む。そうか、食後の一休みだな。


<うおーすげえええ>

<バタバタ飛んでて蛾みたいだった>

<止まる瞬間の動き美しすぎた>


その後、ペタアンブレラは上半身を持ち上げて、両手の爪も引っ掻ける。奇妙な態勢だな。どういう意味があるんだろう。ちょっとしてから、ペタアンブレラの股から水分が出てきた。


「うおおおおおおおい、止めろ止めろ!」


<神 配 信>

<切り抜き確定!>

<お前がハメられてどうすんだよ!>

<ボットン>

<ハメられ配信探検隊!>

<ハメ返し草 呪術かよ>

<ハ メ ツ>


配信終了。


そう、食後の休息兼、排泄だったのだ。逆さになった状態で排泄をすると、当然自分に降りかかる。そのため、身体を持ち上げてから排泄をするのだ。


「あの下着、誰に借りたの?」

「猪狩主任です…。」


一緒に謝りにいこうな…。当然、水気の後は土気もあるので、洗濯してもだめだろう。今度の持ち込み購買で代わりのものを買って贈ろう。


「一通り終わったみたいで、寝たみたいです。」

「うーん、ちょっと空調から風を送って揺らしてみて。」


波形が動くとラットの心拍数も上がった。間違いない、ペタアンブレラの特異能力は睡眠時のみなんだ。良い結果が出て嬉しいよ。

でも、素直に喜べねえ~!


───────────────────

応用実験部 実験配信班 橘春


  実験結果報告書


識別名       : 警鐘を鳴らす子守唄

生息地       : 不明


サイズクラス    : 小型

ウェイトクラス   : 超軽量

スピードクラス   : 標準

ムーブメントクラス : 飛ぶ


フェロシティレベル : 温和

フレンドレベル   : 中立

フィーンドレベル  : 有害


特異能力 : 振動比例心拍異常

発動条件

睡眠中の対象が発する超音波を聞くこと。


効果範囲

超音波が届く地点の全てである。


効果

超音波の大きさに比例して心拍数を高める。いずれ心疾患を誘発し、心臓麻痺を起こす。


人的被害レベル:致命的


───────────────────

特徴 :

MMEI-0058は、体長92cmの小柄な人型のモンスター娘である。体重は17.9kgと非常に細身であるが、一回の食事の量は500g以上と多い。腕と一体となった全長286cmの巨大な黒い翼を有している。翼は足の付け根の側面と短い尻尾を通って繋がっており、頂部には手がある。手足には五本ずつの細長い指があり、円形に湾曲した鋭い爪を持つ。薄茶色の短い体毛に覆われているが、首から下腹部までは薄く肌が露出する。頭部には巨大な耳が一対あり、超音波による反響定位が可能である。また、肩までの長さの黒い髪のような体毛が、額から首の裏まで生えている。目は瞳が茶色で体毛より長いまつ毛があるが、眉毛はない。鼻と顎は少し前面に突出しており、口はやや大きく鋭い牙を持つ。口内のような粘膜部は黒色。


生態 :

MMEI-0058は、昼行性で哺乳動物の性質を持っている。通常、天上や壁に足の爪を引っ掻けて頭を下にして休息している。移動する時は、四肢を激しく動かすことで翼を使い、飛行する。直立できず二足歩行はできないが、四肢を使って地面を這うことも可能。果物が好物であり、肉を食べないが、虫を捕食するため雑食と見られる。睡眠時には口を少し開けており、覚醒時とは別の超音波を発している。この超音波は、MMEI-0058の心臓部が受ける振動の速さによって大きくなる。この超音波を浴びることで特異能力が発動し、心拍数が異常に高まる。覚醒時の超音波では、特異能力は発動しない。


その他:

知能を有しており、学習する。そのため、警戒心こそ強いが人馴れもしやすい。物を持つことが苦手だが、何かを身に着ける事に嫌悪感を示さない。今後、発信機のみならず撮影機材の取り付けができる可能性がある。


特記事項:

休息中には特異能力を発揮しない。口を閉じることで超音波を発さなくなる。

───────────────────


広報部から


皆さまのご協力により、ペタアンブレラが目を覚ましてくれました!この後も生態や、生息地等の調査観察を続けて参ります♪引き続き皆様の応援をよろしくお願いします!

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