バックストーリー【短編小説単品】

MMEI-0058 ペタアンブレラ

「こちら佐伯、指定のポイントに到着した。itDPSの座標位置に間違いがないか確認求む。」


<あー、間違いないね。何かあったのか?>

「報告にない岩肌が足元に広がっている。穴が開いてる。」


<洞穴か? 確かに聞いてないな。しばし待て。>

「了解。強行観察班、小休止。」




<探査団に確認したが、情報なし。資料にもないな。新天地だ。>

「了解。強行観察班、わくわくする。」

<待ちなさい。今考えるから。>




<作戦中止、新種の探索は後回しにする。洞穴の探索許可を申請中。環境の変化を情報処理部に連絡し指示を仰ぐ。頼むから先行するなよ。>

「部長、はやく。」

<待ちなさい。>


<探索許可───>

「ゴーゴー!」

<───が降りた。危険に注意して───>

「モンスター娘発見!」

<───丁寧に探索しろ…なんだと!>

「人型のコウモリみたいだ。情報処理部へ照会求む。」

<また勝手に!>

「照会求む。」


<受領した写真の特徴に該当あり。ペタアンブレラタイプと推定される。端末に概要を送るから、比較分析し結果を報告しろ。>




<おい!>


「ペタアンブレラ亜種と断定した。原種とは特徴が違う。」

<先に返事をしろ!>

「調査フェーズへの移行を申請。」

<話を聞け!>

「血圧あがりますよ。」

<調査フェーズへの移行を───誰のせいだ誰の!───許可する!>

「了解。強行観察班、調査フェーズに以降する。」


───────────────────

■2X24年08月10日 06:21 田中一郎


新天地007にてペタアンブレラ亜種を発見しました。胎生の可能性が極めて高いと思われるため、調査フェーズに移行します。担当は強行観察班、責任者は佐伯智成。


■2X24年08月10日 06:31 Admin


承知した。

識別番号を発行


MMEI-0058


■2X24年08月10日 06:37 田中一郎


以降の情報処理部との連絡を委任します。


■2X24年08月10日 06:37 佐伯智成


了解。


───────────────────


「調査フェーズに移行した。班員は直ちに調査モードに移行せよ。対象はペタアンブレラ亜種。睡眠中と思われるため、まずは環境を把握せよ。」


この洞穴の深さは30m程度で、登攀用のロープで長さは十分足りた。砂漠に開いた穴から降りると、前後に空洞が広がっている。表面から内部に至るまで、見た感じでは石灰質の岩でできているようだ。

しかし肌寒い。

佐伯が腕に付けている腕時計を確認する。多機能のものだ。砂漠の気温は38℃だったが、この洞穴の中は18℃であるようだ。


「主任、後方は15m程度先から人が通るのは難しい狭さです。」

「見た感じ石灰洞ですね。地下水が流れていたのだと思われます。」


佐伯は班員の報告に頷いて、前方の調査に向かった者の帰還を待つことにする。展開された資料によれば、この砂漠に水源はないはずだ。しかし、岩肌が適度に湿り気を帯びている。砂漠の寒暖差と深度による気温差では説明がつかない。そもそも、この洞穴が地上に出てきたのはなぜだろうか。


「報告します。前方に出口を発見、入り口同様に砂漠に繋がっています。」

「ご苦労、穴と穴の間隔はどれくらいだ?」

「およそ300m程度です。その先は狭くなっています。」


なるほど、小規模な地下洞窟だな。人が進めないだけで、もっと大規模な洞窟の支洞である可能性があるが…。これ以上の環境調査を我々が行う必要はない。情報処理部が新天地について他団体へ報告しているはずだ。


「環境調査を完了する。よくやった。これからペタアンブレラ亜種の観察を開始する。涼しい場所で良かったな!」


ペタアンブレラであれば超音波による反響定位を行う可能性がある。睡眠中だが、念のため収音器を設置しておこう。覚醒後にでも音を拾えれば役に立つはずだ。


「木梨、マイクを設置しておいてくれ。」


気になるのは一体だけという点だが…本来は群れているはず。それともこの亜種の特徴なのだろうか。洞窟内にフンが落ちていないことから、本来の住処ではないはず発信装置を付けるか、それとも実験フェーズでの捕獲を見据えて閉じ込めるか。いっそ我々で捕獲してしまおうか…。


「設置完了しました。」

「ご苦労。ペタアンブレラに詳しい者はいないか?」


「猪狩主任の下で原種の調査経験があります。」

「攻撃性は?」

「ありません。かなりの憶病で、群れていても逃亡します。押さえつけようとした職員が蹴りと噛みつきを受けたくらいですね。」

「なるほど、それで逃がしたわけだ。」


捕獲出来れば大活躍だな。興奮するじゃないか。田中部長に打診しようか、いや、直接情報処理部でいいな。


「捕獲作戦を情報処理部に打診する。地上の状況確認と、穴の閉塞を。一人は上に残れ。連絡手段のため隙間は開けておくこと。」


───────────────────

■2X24年08月10日 07:02 佐伯智成


ペタアンブレラ亜種の捕獲許可を申請する。状況から、遭遇地点は本来の生息地ではないと推測した。現在睡眠中かつ事前の新種探索任務により捕獲用装備あり。


■2X24年08月10日 07:17 Admin


許可する。


■2X24年08月10日 07:17 佐伯智成


捕獲作戦を開始する。


───────────────────


「許可を得られた。捕獲作戦を開始する。穴は塞げたか?」

「蓋に乗せる岩を運搬中、10分かかります。」

「よし。手の空いた者から装備の点検に入れ。のろま一人は陽に焼かれろ!」


砂漠での探索予定だったから装備は軽量だが、逃亡さえ封じれば問題ない。投網とアルミ製のさすまた、軽量であろう飛行型にはてきめんだろう。狭い洞窟内であることも味方している。懸念すべきはあの鋭い手足の爪だな。時間をかけても問題ないから、まずはそれを封じてから網にかけるべきだ。


「準備完了しました。」

「でかした!」


ペタアンブレラはまだ寝ている。洞窟の天井に足の爪をひっかけて逆さのまま少し揺れている。あの大きい翼は格闘で邪魔になるだろうから、まずは足を狙おう。


「佐藤と鈴木、まずは足にロープをかけるぞ。木梨は補助だ。」

「高所作業用の道具を持ってきていませんが、投げて引っかけますか?」

「カラビナ付きだと傷つけてしまうだろう。直下で輪を作るんだ。木梨がさすまたで上に持っていき、二人で引きながら左右に振れ。足の高さまで輪が上がれば、あとは引っ張るだけで完了だ。」


原始的だがそれがいい。人の数とはいつだって力だ。

タイミングを合わせろ。

いいぞ、よし!


「ペタアンブレラ起きません。」

「構わん、佐藤と鈴木は手を離すな。」


さすがはモンスター娘なだけはある。大の男二人がかりで引っ張っているのだから、下に落ちると思ったが。しかし、さすまたで天井に押さえつければ問題ないはずだ。

…はずだ?

いかん、少し焦っているのか?


「ペタアンブレラの身体の揺れが少し早くなりましたね。」

「いいからさすまたで押さえつけろ。翼が閉じているから首を狙え。最悪起きてしまっても構わん。」


元から木梨はさすまた係だ。訓練もさせた。しかしなぜだ、緊張しているように見える。息が荒いし、腕が震えているからさすまたもブレる。


「主任、すみません。何か身体がおかしいです。」

「俺がやる。貸せ!」


待て、そんな言い方はないだろう。何かがおかしい!しまった、さすまたが翼に引っかかった。この俺がこんな凡ミスだと!?


これでも起きないのか。しかし体の揺れがより激しくなってきたな。いつの間にか身体も熱い。汗…?

この涼しい地下でか?


「鈴木! 佐藤! 一度力を緩めろ!」

「「ラージャー!」」


緩んだロープがペタアンブレラの足から離れる。閉じた翼に引っかかって、丁度足の付け根あたりに落ちただろうか。


「そこでもう一度力を込めて引っ張るんだ。揺れを止めろ!」

「「ラージャー!」」


息苦しい。

ただ立っているだけで心臓が早鐘を打つ。腕時計を確認したところ、心拍数が153回/分と異常な数値だ。ペタアンブレラ亜種の特異能力に違いない!


「主任! 止まりました!」




助かった。

あともう少しでも揺れが激しかったら、皆立つのも辛くなっただろう。くそっ、もっと格好よく英雄的な捕獲劇となるはずだったのに。


「木梨、あの天井にかかっている爪を剥がす。俺があいつの頭を持ち上げるから、さすまたでふくらはぎあたりを押せ。」


ずっと眠っているだけの相手に命をとられかけるとは。悔しい。

しかし、無事降ろせたのを見て自分が安堵してしまったことが、もっと悔しい。


「網で包みます。運搬時の揺れも特異能力の発動条件ですかね…?」

「考慮すべきだな。素晴らしい提起に感謝する。後…先ほどのことはすまなかったな。俺もおかしくなっていた。」


───────────────────

■2X24年08月10日 07:42 佐伯智成


ペタアンブレラ亜種の捕獲に成功した。特異能力の条件に懸念があり、運搬に支援が必要。貨物を揺らさないで済む何かが欲しい。


■2X24年08月10日 07:47 Admin


設備管理部に協力を要請する。


■2X24年08月10日 07:51 久我洋平


協力要請を確認しました。整備工作班に以降の連絡を委任します。


■2X24年08月10日 07:52 志藤太一


整備工作班から提案があります。二台一組の連結ドローンであれば20kgまで空輸可能です。対象の重量を教えてください。


■2X24年08月10日 07:53 佐伯智成


正確な数値は不明だがおおよそ超軽量。場所はサムジアン砂漠。itDPS情報を送る。


■2X24年08月10日 07:58 田中一郎


座標位置を共有しました。バッテリーが持つ距離ですか?


■2X24年08月10日 08:10 志藤太一


連結部にバッテリーを増設します。計算結果では地図通りであれば直進ルートで問題ありません。


■2X24年08月10日 08:22 志藤太一


座標位置を目標に自動操縦でドローンを出発させます。到着予定は12:30頃です。


■2X24年08月10日 08:27 Admin


ドローン帰還をもって実験フェーズに移行する。ドローン到着までに調査結果報告書の記録を申請すること。現時点で判明している部分までで構わない。


■2X24年08月10日 08:27 佐伯智成


了解。


■2X24年08月10日 11:12 佐伯智成


特別ルールにより調査結果報告書の添削を依頼する。添付資料あり。


■2X24年08月10日 12:01 田中一郎


珍しくまともな内容でした。調査結果報告書の記録を申請します。


■2X24年08月10日 12:04 Admin


受理する。


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生態調査部 強行観察班 佐伯智成


  調査結果報告書


識別名       : 未定

生息地       : 不明


サイズクラス    : 小型

ウェイトクラス   : 超軽量

スピードクラス   : 不明

ムーブメントクラス : 不明


フェロシティレベル : 不明

フレンドレベル   : ※省略する※

フィーンドレベル  : 有害


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特異能力 : 未定


発動条件

対象の身体が揺れること。


効果範囲

不明だが、地上の一名には影響がなかった。


効果

揺れの激しさに比例して心拍数を高める。

現時点では最大で153回/分を確認。


人的被害レベル:未定義


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特徴 :

対象は、体長100cm未満の小柄な人型のモンスター娘である。体型は非常に細身であるが、多少の力では折れない程度に強靭である。折りたたんだ状態で横幅が体長と同程度もある巨大な黒い翼を持っている。腕は翼と一体となっており、そのため手も翼についている。薄茶色の短い体毛に覆われており、手足には5本ずつの細長い指と鋭い爪がある。頭部には巨大な耳が一対あり、超音波による反響定位が可能と推測できる。


生態 :

対象は、常に睡眠をとっており、強く拘束しても覚醒しない。天地を逆にしたり、陽の光を浴びても覚醒しない。自然環境での睡眠時は、天井に足の爪をすべて引っかけて逆さになる。この固定は強靭であり、衝撃を受けても落下せず身体が揺れるだけとなる。この揺れによって特異能力を発動し、睡眠中の防御を行うと見られる。

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