第6話 黒い垢でいっぱいの耳、歯石だらけの歯、そして……
「どうぞ」
と、保護団体Aから手渡された、命。
見た目はふわふわのぬいぐるみのような
一見仔犬のようにしか見えないその子は、羽のように軽かったです。
その子は大人しく母の腕に抱かれました。
キャリーケースにもあまり抵抗することなく、すっと入ってくれました。
トライアルもなく、即日うちの子になった、その子--
父が出した車に揺られている間、キャリーケースから出して私の膝の上に乗せると、大きなビー玉のような漆黒の目にくるくると変わりゆく景色が映っていました。
しかし、本当に軽い。この子、何キロぐらいなんだろう。
マロンは4キロ以上の体重がありました。同じトイプードルでもこんなに違うものなのか。そう思いながら、帰宅しました。まだ名前のない新しい子は不安げに家の中をキョロキョロ見回していました。
あまり歩こうとせず、じっとしています。
座り方は独特で、花魁ずわりとでも言うのでしょうか? 足を崩して座っています。
私はまず体重計で、この子の体重を測ってみることにしました。まず自分だけ体重計に乗り、自分の体重を把握します。そして、その子を抱っこして、体重計に乗り、その差から、ワンコの体重を割り出します。
するとその子は2キログラムしかないことがわかりました。
マロンの半分以下の体重です。
こんな小さい身体で6回もの出産に耐えたのか……
なんだか胸がきゅっと締め付けられる思いがしました。
母が「この子、なんだかお口が臭いわ」と言うので、私は歯の状態を見てみることにしました。すると……
「うっ」
それは歯……と、いうより、歯石の塊でした。
緑色と黒が混じった、歯石の塊の隙間にわずかに黄色い歯がちらちらと見えました。
この子どれだけ歯ブラシしてもらってないんだろう……。もしかしたら一度も歯磨きしていない?
母もその子の口を覗き込んで、ひどい有様にびっくりしています。
そして何か思いついたように
母がその子の垂れた耳をまくり上げました。
「ぱっと見、表面だけきれいだけど、やっぱり良くない匂いがする。真世、綿棒持ってきて」
私は母の意図を汲み、綿棒とマロンが耳掃除するときの洗浄液を持って駆けつけました。
母がかつてマロンにしていた時のように耳掃除を施します。
するとそんなに時間がたたないうちに、母は綿棒をその子の耳から引き抜きました。
「見て、真っ黒い耳垢がこんなに!」
綿棒にこびりついた、ねばっこい黒い耳垢は、まるでヘドロのようでした。
母は綿棒をたくさん使って根気よく耳掃除を続けました。お耳がきれいになるまでに5本ぐらい綿棒を消費したでしょうか?
「見た目はきれいにカットしてあるけど、ひどいな」
父も憤慨していました。
母が耳掃除をして、耳の通りが良くなったのか、その子は、以前とは打って変わって、私たちの言葉に反応するようになりました。
今までは耳が詰まっていて、そのせいで外界の音が聞こえなかったため、ぼんやりした反応しかできなかったのかもしれません。
私は歯磨きシートで、その子の歯を磨いてあげることにしました。歯磨きシートもあっという間に黄色くなっていきます。ふつうは1枚で済むところを3枚消費しました。歯を磨いたあとの歯磨きシートの匂いを嗅ぐと、ひどい匂いがしていました。
その子はケアされることに慣れていないようでしたが、それでも身じろぎもせずされるがままに耳掃除も歯の掃除も受け入れてくれて、それは本当に助かりました。
一通りお世話を終えて、カーペットにおろすと、その子はよたよたと歩き出しました。
でも、その歩き方が変です。
左後ろ足を少し引きずっています。
「これは早く獣医さんに見せてあげたほうがいいね」
母は涙ぐんでいました。
次の更新予定
保護犬(元繁殖犬)を引き取りましたーすだちとの日々ー 福倉 真世 @mayoi_cat
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。保護犬(元繁殖犬)を引き取りましたーすだちとの日々ーの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます