第4話 保護犬譲渡会に赴く

その子と出会うきっかけになった、保護犬譲渡会。

その会が開かれていたのは、都内の某商業施設でした。


日曜日だけあって、その商業施設は、たくさんの人で賑わっていました。


譲渡会会場は開けた広場の一角にあって、そこには背の低い、青いパーティションが備え付けられていました。その青いパーティションで区切られた一つ一つの区画のそれぞれの中に、犬が一匹ずつ入れられていました。


何十頭もの犬がいましたが、大体は小型犬で、一見すると成犬が多いように私には見受けられました。Instagramには子犬の写真も多くあったのですが。譲渡会で触れ合えるのは、免疫がもうしっかりしている成犬に限られるのかもしれません。


いろいろな犬がいました。みんな綺麗にシャンプー、トリミング(カット)されていて、一見すると、ボロボロに見える犬はいませんでした


犬種は小型犬だとチワワ、トイプードル。マルチーズ。ダックスフント。柴犬のような中型犬、ゴールデンレトリバーやラブラドルレトリバーなどの大型犬も数匹見受けられました。見るからに雑種という子は少なかったです。


ふと、目をやると若い頃のマロンに似た犬がいました。ぴょんぴょん飛び跳ねていて、今にもパーティションを飛び出しそうです。母はその犬に目が釘づけになっていました。


私もその子に惹かれて近寄ろうとしたのですが、その瞬間、私たちを見つけたスタッフさんに声をかけられました。


犬を飼われているんですか?


と、聞かれ


飼っていたんですが、最近亡くなってしまったんです。


と母が正直に答えていました。


スタッフさんと母の会話を聞き流していると、パーティションのひと区画に、天井に網が貼ってある箇所があるのを見つけました


あぁあれは脱走防止の網です。無いと跳ねて脱出しちゃうんですよね。


スタッフさんはそう説明しました。私はなんとなくその網が張ってある区画に近寄りました。


すると、網の中にうずくまっている綿帽子のような仔を見つけました。


一見すると、仔犬にしか見えない

小さいふわふわのトイ・プードルでした。


「抱っこしますか?」


私たちが何らかのリアクションをする前に、スタッフさんがそう声をかけ。

あれよ、あれよと言う間に。

そのわたぼうしのような子は私の腕の中に包まれていました。


とてもふわふわで。

軽くて。

かよわくて。


「この子何歳位なんですか?」

「6歳です」


6歳。

仔犬だと思ったのに、立派な成犬。

それどころか、シニア手前の年齢です。

しかし、それにしても、異常な軽さです

ぽわぽわの毛でよくわからないけれど

筋肉なんてほとんどないのではないでしょうか。


「なんていう名前なんですか?」

「ゆり、という名前です。あ、でももちろん名前は変えていいんですよ」


母とスタッフさんが話しています


私はこの子はどんなお顔をしているのかなぁと

小さなお顔を覗き込みました


大きな目、小ぶりの鼻、あまり高くない鼻先……。

流行りのとても可愛いお顔でしたが


その黒いお目目には

全く光がありませんでした


『虚ろ』


そう表現するしかない黒さ。


私の姿が瞳に写っていましたが、単なる反射に過ぎず

この子は私のことを見ていない

スタッフさんのことも母のことも見ていない


何もかもを諦めている

絶望を知っている目だ


私は思わずその小さな体をぎゅっと抱きしめました


柔らかく暖かい


その痩せ細った

弱々しい、体躯が

晩年の、散歩が出来ず筋肉がすっかり落ちてしまったマロンを思わせました

とても長生きはしそうにない

そんなふうに思わせる儚げな様子


この子を引き取ったら苦労するだろうと思いました


でも


マロンの介護できなかった分

この子の世話をしたい

取り戻したい


そんな気持ちも湧き上がってきました


母は、スタッフさんとの話を切り上げて


若い頃のマロンに似た


元気な子のところに行きたくてたまらないようでした


でも


「この子がいい」


え?


母とスタッフさんの顔を見合わせます


「私、この子がいい」


こみ上げる、涙を堪えながら、


私は繰り返し訴えました。


この子を引き取りたい、

と。

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