それでも、光を目指して ②

 視点:ルナ

 ある日を境に、スミレはもう何日も、店に出て来なくなったようだった。

 

 あたしはと言えば、この、店の2階の和室で、魂が抜け落ちたように、何も成さない日々を送っていた。

 二人で多くの時間を共にした、この部屋からさえも、エルマの残り香が、日に日に薄れていってしまうのが怖かった。

 

 遺品として、あたしの元に残ったのは、彼女がキャンバスノートに描いていた、あの3枚の絵。

 もう一つは、エルマの小さな犬歯を収めた木箱だった。

 結局、あたしは、こんな日々の過ごし方をして、エルマの言葉に背いてしまっている。

 「こんな事やってたら、あたしは、エルマに合わせる顔がないよ…」

 あの子が亡くなる直前、あたしとスミレに言い残した、最期の言葉が頭を過ぎった。

 『これは、さよならじゃないよ…。花の咲く季節に、いつか必ず、また会えるから。約束だよ』

 こんな姿のあたしのままで、あの子の前に立てる訳がない。

 

 一人になった、この部屋で、色々な事を考えていた。

 ‐結局、あたしは全て奪われてしまうのか。

 両親を失い、片耳病のせいで、歌う自由も奪われて。

 そして、あたしにとって、初めて増えた『家族』だったエルマも、あたしの傍から、永遠にいなくなってしまった。


 やっと手にしかけた幸福も、あっさり、あたしの手をすり抜けていってしまった。

 エルマと共に、姉妹として幸せになるというのは、最初から叶いようのない、夢物語でしかなかったのか。

 やはり、白狼族の中で、『業病』と呼ばれる、片耳病を背負って生まれてきたあたしなどが、幸せを願ってはいけなかったのか。


 それは違うと、言ってくれる人が、この部屋に来る事をあたしは待ち続けていた。

 他でもない、スミレが、来てくれる事を。


 前に、エルマが病の悪化に倒れた時は、スミレは、帰ってきてくれた。

 しかし、今度は、スミレが部屋を訪ねてきてくれる事は、なかった‐。

 そこで、あたしは、自分の甘さに気付く。

 

 『いや…、何を、スミレに依存してるんだ、あたしは…。こんな姿勢じゃ、駄目だろう…。ここに来る余裕もないくらいに、今度ばかりは、スミレだって辛いんだ。それを、自分が慰めて、元気づけてもらう事ばかり考えて…』

 あたしは、いつの間にか、自分の中を埋め尽くそうとしていた、甘い考えを、頭から追い出す。

 スミレに助けられて、何かを貰う事ばかりを考えるようでは駄目だ。

 エルマが、あたしとスミレの二人に望んでいた、これからの関係はそんな、あたしがスミレに依存し、寄りかかるようなものでは決してなかった筈だ。

 

 それでは、二人共笑って生きていくなんて出来ないから。

 あたしは楽になれても、スミレに負担をかけさせてしまう構図にしかならない。

 

 今の、こんな有様のあたしから抜け出す、第一歩は何か。

 この部屋でスミレを待つのではなく、今度は、あたしが、スミレに、受け取ったものを返すのだ。

 あたしは、スミレとこれからは、一番近くにいて、そして、対等に付き合っていける存在となりたい。

 エルマが願ってくれたように、この先の一生で。


 それでは、その存在とは、どういった関係として呼ぶのが相応しいだろう?

 友達、親友とは違う。

 それ以上に近く、絶対に離れない存在。

 ずっと、私の隣で笑って、一緒に生きていてほしい存在。

 そして、今まで、スミレとのやり取りの中で出会った、初めての感情。

 『なんだ…、簡単な答じゃん…』


 それらの事を全て集めて、考えてみると‐、その答は、どうして、今まで、あたしの中に存在しなかったのか不思議なくらい、あっさりと分かった。

 

 ‐そうした感情を覚える、一生、傍にいて笑っていてほしい存在。その名前は「恋人」をおいて他には、あり得ないではないか。

 

 スミレの元に行って、話をしよう。

 これからの二人の、関係について。

 そう、あの機会に急に、強く思い立ったのは、のちに振り返ると、エルマが、あたしを導いてくれていたのかもしれない。

 

 2月末。今年の冬最後となるであろう雪が、降りしきる中、あたしは

 「スミレに会って来る」

 とマリコさんに言い残して、店を後にした。

 スミレに貰ってばかりだったものを、今度は返す為に。

 

 そして、スミレの家についた時、彼女の行方が日中から分からなくなって、騒ぎになっているのを知った。

 強い、不吉な予感が胸を刺した。


 あたしは、記憶に残る、スミレの匂いを頼りに、彼女の痕を辿って、街を駆け抜けた。

 自分が白狼で、人間よりも遥かに嗅覚がきく事に、今ほど、感謝した事はなかった。

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