Memory.2「夢のような地獄」

学校から帰宅した唯は、自分の部屋の窓から、遠くの空で雲のような黒い何かが広がっているのを発見する。その直後、東京都港区に巨人が出現。日本テレビタワーとニューススタジオが襲撃に遭うという非日常的なニュースを目撃する。

更にその中で、ユニフィアと名乗る人物が「世界の統一」を宣言した。

その後、水野家は感染者の襲撃に遭って...


-水野家 リビング-

恐怖で足が竦んで動けないでいたところ、庭を見れるよう付けられた、家で一番大きいリビングの窓が割られた。

「唯!」

窓を割ったのは中学からの親友で、近所に住む山内ヤマウチ 真人マサトだった。

「真人...」

「早くこっちに来い!」

「うん...」

私は一度お母さんの方を見て、心の中で別れを告げて、割られたリビングの窓から真人と一緒に逃げ出した。


-住宅街の道路-

逃げ出してすぐ、真人に手を引かれて必死に走った。

どれくらい走ったかは分からないほどに。

ガタン

「やっべ...」

飲み物を一本買った後、自販機の前で小銭入れを見て、そう呟いた真人。

少し悩んでいるような仕草を見せた後、息を切らしている私の元へ戻って来た。

「大丈夫か?」

そう言いながら差し出してきたのは、五百ミリリットルの小さいりんごジュースのペットボトルだった。

「ありがとう。」

受け取ったものの、真人の分が見当たらなかったため、「自分の分は?」と、聞いた。

すると真人は「俺はいいよ。喉乾いてないし。」と言ってきた。

おかしい。スポーツが大好きな彼が、運動した後の水分補給の重要性を知らないわけがない。

そう思って思わず「...お金無いの?」と、直球で聞いてしまった。

それに対して真人は、顔を逸らしながら「あぁ...」とだけ言った。

彼はよく後輩や友達に労いの意を込めて、飲み物を奢ったりしている。

先程、彼が持っていた小銭入れはそれのために寝る時以外持っているものだった。

「はい。」

私は左手でキャップを持ったまま、右手で半分飲んだペットボトルを真人に渡した

「え?全部飲んでいいけど?」

「『水分補給は重要だぞ。』っていっつも言ってるのは誰だっけ?」

「いや、でも..」

「何?」

「間接キス...じゃん。これ。」

「ぶっ...」

想像もしていなかった発言に、私は思わず吹き出してしまった。

「なんだよ...」

「ごめん。真人がそんなこと気にするとは思わなくて...」

「うるせぇな...」

少し顔を赤くしながら呟く真人。

「私は気にしないし、今の状況的に気にしてる場合じゃないでしょ。」

いつ自分たちが襲われるか分からない状況を考えて、私はそう言った。

「...それもそうだな。」

真人は冷静になり、ペットボトルを受け取るも、なぜか後ろを向いて飲み干した。

それを見て私は真人に話しかけた。

「それにしても、今日の月なんか赤くない?」

赤く輝き、地面を淡く赤色に染める月を見ながら、私はそう言った。

「言われてみればそうだな。」

真人はそれを聞き、月を見て頷き、そう返した。

そしてそのまま少し月を眺めた後

「これからどうするの?」

「近くの小学校が避難所になってるから、そこに行こうと思ってる。」

「俺の両親もいるし。」

その言葉を聞いて、先程の光景を少し思い出してしまった。

「...そっか。」

「あ、悪い...」

「大丈夫。気にしないで?」

咄嗟に謝ってきた真人に、私はそう言いながら、溢れそうな感情を抑えた。

「...そろそろ行くか。」

「そうだね。」

歩き出し、曲がり角を曲がったところ

「ひっ...!」

そこには身体中が爪痕だらけで、首がちぎられ、ゆっくりと血を流す女性の死体があった。

道路にはもがいた際に飛んだと思われる血の跡がポツポツとついていた。

「早く行こう。」

「うん...」

歩き出そうとしたその時、どこかに続いている細い横道が気になった。

少し目を凝らしてみると、血の跡がその先に続いているのが見えた。

「真人走って!」

嫌な予感がした私はその場から走り出し、真人にそう叫んだ。

「どうした!?」

その場で立ち止まり、私にそう聞いてくる真人。

私は振り返り、言葉を返そうとしたが、その内容はすぐに変わった。

「真人、後ろ!」

「え?」

「ア...ァァ...」

真人が後ろを向くと、そこには血まみれのスーツを着た感染者が立っていた。

「うわあぁぁぁ!!!」

「アアァァァ...」

真人の絶叫に驚いたのか、感染者は少し後ろへ下がった。

それを見た真人は私の方へ、走りだした。

「避難所まで走るぞ!!」

少し後ろで、真人を追いかけるように走る私。

真人の声に反応したのか、先程のスーツの感染者を含めて十人ほどが追ってきていた。

そのまま走り続け

「君達!早くこっちへ!!!」

避難所の出入口とその付近を警備していた警察官が、私達に向けて大きく手を振る。

数名の警察官による誘導と、おとりにより私達は何とか避難所の中に入ることが出来た。


-串中小学校 体育館-

約二千六十人を収容できる串中小の体育館。

私は中にいた真人の両親に事情を話し、しばらくの間お世話になることになった。

元々私のお母さんとも仲が良く、連休の時は"もう一人の親友"とその家族も一緒に遊び行ったりもしていた。

「父さん、何か連絡あった??」

「それなんだが...」

真人のお父さんは話しにくそうに口を開いた。

「家を見に行ってくれた救急隊員さんによると、ご両親は死亡、本人は行方不明だそうだ。」

「まじ...かよ...」

「警察も消防も、感染者に対抗できる手段がないことと、人手不足でなかなか捜索に時間をかけられないらしい。」

「家が荒らされていたことと、本人のものと思しき靴が残されていたことから、もうすでに感染して彷徨っているか、亡くなっている可能性が高いそうだ。」

話を聞いた真人は、言葉を失い、身体の力を抜いた。

その時、避難所となっている体育館の窓ガラスが一斉に割られた。

「なんだ!?」

「アァ...」

割れた窓から数えきれない程の血だらけの感染者が侵入してきた。

「ウァァ...!」

「真人!!」

近くの窓から入って来た感染者が真人に襲い掛かった。

真人のお父さんは真人を守るため、真人と隣に座っていた私を突き飛ばした。

「ぐぁ...っっ!!」

肩に噛みつかれた真人のお父さんは悲鳴を上げるも立ち上がり、自分の身体ごと感染者を壁に叩きつけた。

「真人!母さんと唯ちゃんを連れて逃げるんだ!」

「父さん...!」

「早く!!!」

私と真人の目には、肩を感染者に噛まれ、手が徐々に黒く染まっていく真人のお父さんの姿だった。

真人は足の悪いお母さんと私を連れて避難所を出ることにした。

ついさっき声をかけてくれた警察官が、感染者に襲われているのを横目に、避難所を出た。

-串中小学校 体育館入口-

「ウァ!!!」

警察官を襲っていた感染者が、私達の方に走り出した。

それを見た真人のお母さんは、肩を貸してくれていた真人から強引に離れた。

「足の悪い私を連れてあれから逃げるのは無理よ。あなた達だけでも逃げなさい。」

「でも...」

「大丈夫。あんたは強い。きっと生きていける。」

「なんせ、お母さんとお父さんの子なんだからね。」

満面の笑みを見せる真人のお母さん。

「...わかった。頑張って生きるよ。」

「そう言ってこそ私の息子だ!」

その瞬間、真人のお母さんは痛む足を必死に動かして走り、感染者に突撃した。

「行こう。唯。」

真人の声は震えていて、顔は見ていないけれど、きっと涙でぐしゃぐしゃだっただろう。さっきの私にように。


-串中小学校 正門-

学校から出ると辺りはまさに地獄と化していた。

付近の住宅は燃え、黒い手に血を付けた感染者が数多く彷徨っていた。

「どうするの?」

「とりあえずこいつらから逃げるしかないな。」

「でも...」

私と真人の目の前には、感染者による壁が築かれていた。

「ブチ破るしかないだろ。」

真人は覚悟を決めた表情でそう言いつつ、その場に屈んだ。

「唯、乗れ。」

「う、うん。」

私は真人の背中にゆっくりと乗った。

「重くない?」

「んなこと言ってられっか。」

私は頬を膨らませながら、立ち上がる真人の背中に掴まった。

「行くぞ。」

その声とともに真人は走りだした。

感染者と真人がぶつかるその瞬間、驚いたことに感染者は道を開けるように左右に分かれた。

「どういうこと!?」

「わかんねぇけど、とりあえず逃げるぞ!」

真人は私を乗せたまま少し走った。


-相模原市 赤十字病院前-

小学校から5,6分程度の距離にある病院前で私は真人の背中から降りた。

病院の出入り口の自動扉はガラスが割られ、病院の照明も所々ついているだけだった。

「何とか振り切ったが、この先ずっとこれはきついな...」

酷く息を切らしている真人を心配していると、遠くから誰かが走って来た。

「誰かー!!」

感染者に追われ、こっちに向かってきたのは"もう一人の親友"、秋山アキヤマ サキだった。

「どぅあ!?」

怖かったのか目を瞑って走っていた咲は、そのままの勢いで真人にぶつかった。

「ってて...すみませ...って唯!?」

真人を下敷きにしたまま、顔を上げた咲は驚いた様子で私の顔を見た。

「咲...早く降りてくれ。」

地面に顔を着けたままそう言う真人に

「あ、ごめん!真人!!」

咲は謝りながらそそくさと立ち上がった。

咲が退くなり真人もゆっくりと立った。

「これ...まずくね?」

周りを見ると、感染者に囲まれていた。すると

「まったく、手間を掛けさせやがって。」

感染者の集団の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえた。


Next memory「再会」

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