人間と人格(ニンゲン)

赤松 ゼロ

Memory.1「宣言」


 -神奈川県 相模原市 水野ミズノ家-

 ガチャッという玄関のドア開く音と共に、廊下にユイの声が響いた。


「ただいまー。」

「おかえりー。お風呂沸いてるから、夕飯の前に入っちゃいなさい。」

「はーい。」


 唯は母親に返事をして、通学鞄を置きに行くため自分の部屋に向かおうとした。

その途中、いつもは通り過ぎるテレビの前で立ち止まり、流れていたニュースを見た。


「えー、次のニュースです。」

「福岡県で初めて確認された手が黒くなる謎の病が、今朝岐阜県で確認されました。」

「このまま感染が広がれば日本全体が感染者で溢れ...」


 二ヵ月前に福岡県で初めて確認された謎の病が、中部地方にまで広がっているという内容だった。私は一通り見た後、二階にある自分の部屋に上がった。


 -水野家 二階 唯の部屋-

 一年前、高校の入学祝いに与えられた六畳程の部屋。その隅にあるベッド。そこに備え付けられた木製のフックに、リンゴの缶バッジのついた学校の鞄をかけて、私は換気のために窓を開けた。


「なにあれ...」


 夕日が差す橙色の空の奥で、雲のような黒い何かが広がっていた。

黒く染まっていく夕焼けの空をしばらく眺めていると、唯は一階にいる母親から名前を呼ばれた。


「唯ー!ちょっと来て!」


 母親の声色からただならぬ何かを感じた唯は、すぐに一階へ降りた。


 -水野家 一階 リビング-


「どうしたの?お母さん。」


 階段のドアから顔を出して声をかけた唯に母親は「これ見て!」と、テレビのリモコンを持ったまま、テレビを指した。それに促される形でテレビを見た唯は、そこに映っていた非日常的な光景に目を疑った。


 -東京都 中央区-

 現場に派遣された女性リポーターは、強い恐怖を抱きつつも、必死に状況を伝え始めた。


「東京都中央区、築地です。」

「皆様、ご覧いただけますでしょうか。隅田川にかかる勝鬨橋が崩落し、周囲のビルのガラスが割れ、横転した自動車や建物に残された人々の救助が行われています。」

「近くを走行していたバスの運転手の方に、お話を伺いたいと思います。」

「一体ここで、何が起きたのでしょう?」

バスの運転手は声を震わせながら、話を始めた。

「とても信じがたい話と思いますが、ビルから飛び降りた人が眩い光と強烈な風を起こしたんです。」

「その風で走行中の車を吹き飛ばしたり、道路を抉って、周囲の建物を破壊しました。」


 リポーターは次の質問をした。


「その光を発した人物は?」


 その質問に対し、バスの運転手は恐る恐る"それ"を指を差した。報道カメラが映したのは、跪いたまま少しも動かない大きな黒い人間。その姿は映画や神話などに出てくる巨人そのものだった。普段事故現場などにいる勇敢な警察や消防、救急隊員らさえ、その光景に目を疑い、恐怖に震えていた。

 警察は周囲に警戒線を引き、巨人の警戒に当たった。消防と救急隊員は、多くの負傷者の救出や手当て、搬送のため慌ただしく動いていた。


「ウオオォォォォ!!!」


 突然巨人が顔を上げ、耳を塞いでも聞こえるほど大きな叫びを上げた。その雄叫びによって起きた風で、周囲に漂っていた土煙は晴らされた。


「なんだ?」


 その場にいた多数の警官が持っていた拳銃を構えると、巨人はゆっくりと立ち上がり、足元の警官に目もくれず歩き出した。


「おい、止まれ!止まれと言っているんだ!!」


 立ち上がった十メートルはあろう巨人に、そう言った警官が数発発砲するも、巨人の身体には傷一つ付かなかった。そして巨人は、その音を聞いて何かを思い出したかのように振り返った。巨人は振り返った先で、先程唯が見た雲のような黒い何かを見た。すると再びゆっくりと広がり出し、橙色の美しい夕焼けの空を黒く染め始めた。


「うっ...がぁ...」

 報道カメラがその光景を映している最中、警察官の中の一人が苦しみ出すと、救助に当たっていた消防隊員や救急隊員らも苦しみ出した。それを確認した巨人は、再びゆっくりと歩きだした。

 その直後、報道カメラが地面に落ちたのか、鈍い音が鳴った。

「嫌、やだ!やめて!あああぁぁぁぁ!!」

 報道カメラには手が黒く染まった警察官がリポーターを襲い、その奥では手が黒くなった人々が闊歩し、彷徨い始めたところで、映像がスタジオへ変わった。


 -日本テレビタワー ニューススタジオ-

 あまりにも現実離れしすぎた光景に静まり返るニューススタジオ。そこへスタッフの声が響く。


「報道ヘリの情報、入ります!」


 映像が急遽飛ばされた報道ヘリへ切り替わった。そこには、巨人を見るや否や悲鳴を上げ、逃げ出す街の人々。電柱や街灯を無視してなぎ倒しながら進む巨人。

 十分後、巨人は日本テレビタワーに到着した。巨人は右手で拳を作り、右腕を上げて弓の弦を引くようにぐっと引いた。そして引かれた拳は勢いよく日本テレビタワーへ突き刺さった。大きな音と共に、ビルに張り巡らされたガラスが拳が振るわれた箇所と、そこから半径五メートル程度が、風圧で割れて中が丸見えになった。

 巨人は腕を抜き、出来た穴の少し下で橋を架けるように腕を伸ばした。その指先には、穴を開けた場所にいたであろう人の血が滴っていた。

 そして、黒いローブと、怪しい白い仮面を身に着けた百七十センチ程度の細身の人物が、巨人の右肩の皮膚から生えるように出てきた。仮面の人物は巨人の右腕の上を歩き、そのまま中へと入っていった。

 報道ヘリがその状況を映していると、ヘリが急に傾きカメラマンの叫び声を最後に、映像は再びスタジオへと切り替わった


 -日本テレビタワー ニューススタジオ-


「動くな。動いたらこれを撒く。」


 切り替わった画面の先で、先程の人物のものと思しき声が流れた。カメラマンがその人物にカメラを向けると、黒く染まった手を見せびらかす仮面の人物が映った。


「借りるぞ。」


 そう言って、謎の人物は評論家やコメンテーターが座っている目の前にある、横長の大きなテーブルに飛び乗った。キャスターが恐る恐る「一体何を...?」と聞くと、

その人物は「見ていればわかる。」と、一蹴した。

 謎の人物は、大勢のスタッフの近くに置いてあるモニターに手をかざした。すると、薄紫色のフィルターのようなものが掛かり、同時にスタジオに各国の市街地の様子が、宙に浮くウインドウのようなものに映し出された。それらを一つ一つ確認するように眺めた謎の人物は、口を開いた。


「世界の皆様、初めまして。私の名前はユニフィア。現在、日本で流行っている病を撒いた張本人です。」


 証拠と言わんばかりに袖を捲り、両腕を広げて指先から肘まで黒く染まった腕を見せるユニフィアと名乗る人物。


「この病は、一部の人間に強大な力を与えます。私はこの力を利用して、人類が未だ成しえたことのない夢を実現させます。それは……」


 大きく息を吸い、溜めるユニフィア。そして


「世界の統一です。もう一度言います。」


         「私はこの力を利用して、世界を統一します。」


「誰しもが一度理想として抱き、一部の人間が幻想だと諦めた人類の夢を、この力を使って現実にします。」


 ユニフィアがそう言い切ると、フィルターのようなものは消えた。


「ここからの映像は日本だけに流します。」


 ユニフィアはそう言うと、すぐ後ろにいたコメンテーターの左腕を掴み、手の甲を引っ掻いた。


「痛っ...なにをするんだ!!」


 勢いよく立ち上がり激昂するコメンテーター。


「無能な老いぼれは黙ってろよ。」


 表情こそ見えないものの、ユニフィアは明らかに見下している冷徹な声で反論した。その直後。


「ぁ...ああ...!」


 傷のついた左手を右手で抑えながら、コメンテーターは後ろへ倒れた。コメンテーターの手は徐々に黒く染まっていき、手首には棘のようなものが生えた。それを見たユニフィアはテーブルから飛び降り、カメラに寄った。


「皆さんが、私が探している"求める種"であることを願います。」


 その言葉を最後に、ユニフィアはスタジオから去った。


「アアアァァ...」


 やがてコメンテーターが立ち上がると、不気味なうめき声を発しながら、心配して駆け寄った評論家やスタッフを襲いだした。カメラはその場に放置され、一部の出演者とスタッフはその場から逃げ出した。


-水野家 1F リビング-

 その後に映った光景は言い表しようのない悍ましさと、恐怖を私に植え付けた。


「これ、映画かなんかだよね...?」

「...そ、そうだと思うなぁ。」


 唯も唯の母も『信じたくない』その一心でそんな会話をし、テレビからは残された人々の悲鳴と感染者によるうめき声だけが流れていた。その時、突然玄関が激しく叩かれた。


「...ちょっと見てくるね。」

「うん。」


 唯は恐怖のあまりその場から動けずにいた。唯の母も笑顔だったものの、その表情は引きつっており、玄関に向かう足は震えていた。少しして、玄関のドアが開いた音がした。しかし、五分経っても戻ってくる気配がない。不審に思った唯は、恐る恐る玄関とリビングの境界にあるドアを開けた。小さく開けた隙間から見えたのは、感染者と思しき数名の大人が、母に圧し掛かり襲っている様子だった。

 唯が隙間から見ているのを確認した唯の母は、顔や身体に傷をつけられ、大量の血を流しながら、 抑え付けられている頭を必死に横に振り、唯に逃げるよう目で訴えた。


「ぁ...ぁぁ...」


 唯は恐怖で体勢を崩し、思わず涙を浮かべて後退りした。その時、庭を見れるよう付けられた、家で一番大きいリビングの窓が割られる音が聞こえた。


Next memory「夢のような地獄」

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