第32話 選択の自由を求めて

 信じられない話が舞い込んできた。


「ふーん。『聖女として認める。だから、結婚しよう』、ね」


 エリック王子からの提案だという。あまりの内容に、私は思わず苦笑する。


「記憶を消したのに、また同じような関係になろうとしているなんて……、信じられないわ」


 まさか、こちらに目を向けてくるなんて。


 あの時、エリック王子はエリーゼという女性と結婚したがっていた。記憶が消え、彼女を新しい聖女として認めたことにより、二人は満足するだろうと思っていたのに。


「すぐに結婚するだろうと思っていた二人が、どうやら関係性が悪化しているらしいわね。婚約中だけど、まだ結婚には至っていないみたい。教会の不調も関係しているのかしら」


 そんな状況の中、私が目をつけられてしまったようだ。


「都合がいいから、私たちを利用しようというつもりなのね」


 この情報を伝えてきたジャメルも、呆れた顔で言った。


「おそらく、そうだろう。ノエラを聖女だと認めて、教会を見捨てる。それで次は、協会の力を手に入れようとしているんだろうな。だが、そんなの絶対に許せない」

「ええ、私だって王子と結婚なんて絶対に嫌よ」


 さて、問題はどう断るかだ。もちろん、ただ断るだけなら簡単。けれども、それでエリック王子が怒ったら面倒なことになる。


「断ることでリスクが生じる。対処するのに、無駄に時間を取られるわ」

「だったら、いっそのこと国外へ逃げるというのは?」


 ジャメルの提案に、私は首を横に振った。


「ダメよ。少し前だったら、その方法もアリだった。だけど今は、協会のメンバーを置いていくなんて、考えられない。みんなとはもう、切っても切れない絆で結ばれているもの」


 ジャメルも、すぐに同意してくれた。


「そうだな。新しい仲間を置き去りにはできない」


 エリック王子の提案を断って、もし何か問題が起きたら、その時に対処方法を考えるしかないわね。


 ……うん、そうね。私は、あることを思いついた。


「ねえジャメル。この『聖女は王族と結婚する』というルール、断固拒否するのではなくて、一部を変えるように交渉できないかしら?」

「何だって? そもそも、そんなルールなんて廃止してしまえばいいと思うが」

「いいえ、私はルールに付け加えたいの。こういう風にね――『両者に結婚する意志があれば結婚する』と」


 私の話を聞いて、ジャメルは顎に手を当て考える。


「どうして、そんな面倒なことを?」

「この先、もしかしたら聖女と王族の中に、お互いを本当に愛し合う二人が現れるかもしれない。その時に、ルールに縛られて不幸になって欲しくないの」


 私はそう言って、遠くを見つめた。


「私の時は、そんな選択肢がなかった。だからこそ、色々と面倒なことが起きたのよ。私が聖女だった頃の王子は、私と結婚したくなかったから。聖女にふさわしくないなんて突きつけられて、みんなの前で婚約を破棄された。あんなこと、二度と繰り返したくない」


 そう。それが、全ての発端だった。エリック王子の愚かな考えで、私は色々とどうでもよくなって、みんなの記憶を消し去った。そして、今の私がある。


 結果的に良くなったけれど、普通の人なら記憶を消し去るなんて選択肢を選ぶことなんてできない。


「だから、そういうことが今後起きないように、ルールを変えておきたいの。ダメかな?」


 ジャメルは、しばらく考え込んでいたが、やがて頷いた。


「なんとかすることは可能だ。聖女の称号だけ頂いて、結婚は拒否する。そうするように話を持っていけば、私たちも得るものがある、ということか。それなら、なんとかしよう」

「ありがとう、ジャメル」


 こうして私たちは、エリック王子からの提案に対する返答を決めた。

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