第6話 聖女のお仕事 ※偽聖女エリーゼ視点

 昨晩、エリック様と参加したパーティーはとても楽しかった。彼と一緒にみんなの前に立って、堂々としている瞬間は夢のようで気持ちよかった。


 なぜか今まで叶わなかった、エリック様とパーティー会場で一緒に、みんなの前で踊るという特別な時間も過ごすことが出来た。私は、それがとても嬉しかった。心の底から求めていたことが、ようやく手に入った。


 だけど不思議ね。聖女である私は、エリック様の婚約相手。それなのに、これまでパーティーだって一緒に参加する機会も、ダンスを踊る機会もあったはず。なのに、そんなことをした記憶がない。どうして、今までのことを覚えていないのかしら。


 エリック様との楽しい時間の記憶が、すっぽり抜けていた。そのことより、聖女の仕事で大変だったという記憶しか残っていないわ。きっと神殿の連中が、私に大変なことばかり押し付けて、それで頭がいっぱいだったのよ。そうに違いないわ!


 だけど、もういいわ。今までのことは水に流してあげる。これからのことが大事。特に昨日は、とっても楽しかったから。これも、今までのことを忘れていたからこそ楽しめたと考えることも出来るのよ。


 過去の楽しい記憶を忘れてしまっても、これから新しくて、もっと楽しい思い出をどんどん作ればいいんだから。


「ふふっ」


 神殿の自室。ベッドの上で一人、思わず笑みがこぼれる。これからが楽しみね。





 王国の聖女である私は、仕事の依頼も大量に舞い込んでくる。日々、その処理に追われるのだ。なるほど。やはり、この忙しさが私の楽しい記憶を薄れさせた原因なのかも。


「エリーゼ様! 次の依頼が」

「またぁ? さっき終わらせたばっかりなのに。休ませてくれないの?」

「ですが、早く処理しないと依頼が溜まる一方でして」

「無理よ!」


 困った顔で部下の女神官が懇願してくるけれど、無理なものは無理。だってもう、何日連続で働いていると思っているの!?


 こんなに忙しいとエリック様と会う時間を確保することも出来ないじゃない。


 私は、今すぐにでもエリック様と会いたいのに。会いたい気持ちをグッと我慢して、仕事に打ち込んできたのに。


「おい、聖女エリーゼ! 苦情が来ておるぞ! 雑な仕事をしおって!」

「何よ、急に入ってきて怒鳴るなんて」


 そう言って、乱暴に扉を開けて入ってきたのは大神官の老人だ。どうやら、私へのクレームが来たらしい。


 誰よ、私の仕事に文句をつけるなんて。こんなに頑張っているのに。


「苦情? そんなはず、ありません! 私は完璧にこなしました」

「この苦情の数は、異常だ。お前、もしかして手を抜いているのではないか?」

「そんなことしません!」

「今まで、こんな事態になったことはないぞ! これでは、神殿の評価がガタ落ちに……」

「そんなの、私のせいじゃないです!」


 聖女の仕事は、ちゃんとしている。しかも、休みもなく働き続けて。


 こんなの普通じゃないわよ。歴代最高と呼ばれている聖女の私でも、無理なのよ。でも、大神官は納得していないようだ。彼は私を睨みつけると、怒りで体を震わせている。とにかく、私に責任を押し付けたい様子。


 大神官は文句だけ言って、自分で動こうという考えはないのかしらね。


「そもそも、依頼の量が多すぎます。異常です。もう、無理です」

「しかし、聖女エリーゼ。今までやってきたのに、どうして今になって。……もしやお前、神殿に対して何かよからぬことを考えておるのではなかろうな!?」

「そんなことありません!」


 疑いの目を向けてくる大神官に、私は不快になる。何を言っているんだ、このボケ老人は。私が、そんなことをするわけないでしょ。今まで、どれだけ神殿に貢献してきたのか、忘れてしまったのかしら。


 口だけのお前たちより、何百倍も神殿のために尽くしてきたというのに。


「今は、エリック様との仲を深めるべき大事な時期なんです! 彼との結婚。それをおろそかにするべきでは、ありません」

「むぅ……。確かに、それは一理ある」


 今一番大切にするべきなのは、エリック様との結婚式に向けての準備。今の無駄に忙しい状態のままでは、彼と会う時間が減って、関係にひびが入るかも。それだけは絶対に避けないと。


 私は絶対に、エリック様と一緒になる。もう少しで、それが叶うんだから。絶対に叶わない夢だと思っていた、その願いが。


 王族の一員になった私は一生を遊んで暮らせるぐらい贅沢し放題の地位を得る。


 こんな神殿の面倒な仕事なんて、もう適当にやっておけばいいのよ。私が結婚してやめる前に、大神官は急いで次の新しい聖女を探した方がいいんじゃない。


「とにかく! 聖女の仕事をサボることは許さんからな! 王子との関係を悪くすることも許さん」


 どっちもやれ、と。言いたいことだけ言って、大神官は部屋から出て行った。


 聖女である私の意見など、聞く気もないみたい。というとこで、部屋に残っていた女神官に告げる。


「そういう事だから。私は、エリック様との時間を大事にしたいの。わかるでしょ?」

「で、ですが。処理していない依頼が……」


 まだ何か言いたい様子の彼女に、私は冷たい視線を向ける。すると彼女は、ビクリと震えた。


「溜まっている仕事は、そっちで処理しておいてよね。これから私は、エリック様に会いに行くから」

「お、お待ちください。聖女様っ!」


 女神官の呼ぶ声を無視して、私も部屋を出た。本当に面倒ね。私は十分に頑張ったから、ご褒美が必要。


 そう思いながら、エリック様に会いに行く。この嫌な気分を振り払うために、今はエリック様と楽しい時間を過ごしたい。それだけ。

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