にわかに

「最低でも三人以上の人間が必要になる」


 前のめりになって語ろうとする兄との対話は、アレルギー反応さながらに皮膚に痒みを覚える。 


「それは随分と賑やかなことになりそうだね」


 ワタシは引き攣った口角を利用して、兄の弁舌に油を乗せた。


「降霊に関わる人間が多ければ多いほど、それが保険代りとして働く」


 保険という言葉の裏に潜む、“危険”の二文字が頭を過った。


「……」


「どうして人数が必要かって疑問に思っただろう」


 平常時の鈍さに今まで枚挙に暇がなく助けられてきた。だが、神の啓示を受けたかのように、兄は研ぎ澄まされた鋭敏なる感覚を披露し、背中に冷や汗が落ちる。


「そうだね」


 説明が付かないその鋭さを血縁による所業であると理由付けし、ワタシと兄の間に通じる謂わば「以心伝心」を肯定した。


「霊を人の体に下ろすという行為の危険性に因んで、必要最低人数を定めたみたいでね」


 昔に、悪魔祓いの様子をテレビで見たことがあった。一人の女性が複数人の大人に取り押さえられながら、乱痴気騒ぎを想起する凄まじい奇声を上げる。見るのが居た堪れなくなったのを覚えている。


「それは危険だ」


 ほとんど独り言に近い相槌を打てば、兄は寸暇にこう返してくる。


「恐らくだが、お前の言う危険の意味合いは少し違うと思うな」


 兄は顎に手を当て、如何にも含みのある顔をした。心中を述懐することにより、認識の擦り合わせをしても良かったが、ここは大人しく兄の言葉を待つことにした。


「俺が言っている危険の中身は、身体に下ろす霊を選ぶ自由はないという危険さだね」


 よしんば、過去に凶悪事件を起こした犯罪者の霊魂が、身体の中に潜り込んでしまったなら、同じ惨劇が繰り広げられるかもしれない。そんな想像が疾風の如く形成されると、足の指先が硬く丸まり、背筋が反り腰気味に直立した。絵に描いたような緊張感が全身を支配し、ワタシは苦笑する。


「致命的な欠陥じゃない? それ」


 ワタシが曖昧にしてきた霊の存在を肯定しつつ、憑依が現実に即したものであることを前提にした不備の訴えは、これまでの態度や言葉を裏返す行為と相違なかった。それでも、尋ねずにはいられなかったのだ。


「まぁ、本来は起こり得ない事象を現実にする儀式なんだ。ルールなんてものは机上の空論。何が起きてもおかしくない」


 度量の深さを垣間見せる兄の発言は、ワタシに素朴な疑問を抱かせた。


「もうやったことはあるの?」


 兄は真一文字に口を閉じたまま、思案に耽る人間らしく視線を右斜め上に向ける。何を言い出すべきかを選びあぐねる姿は、単純な「イエス」か「ノー」で済まない事情が透けて見えた。


「……」


 これ以上の追求は、苦悶に歪む兄の顔が浮かんできてしまい、ワタシは忍びない気持ちになる。バツの悪さを覚える沈黙がゆくりなくやってきた。ワタシは何を切り出せばいいのか分からず、ひとえに閉口することしか出来なかった。そうすれば、兄がそぞろに口を開く。

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