見えざる者

駄犬

降霊

 ワタシには霊感があるらしい。「あるらしい」と、忌避感のある言い回しで、明文化を避けるのには訳がある。鏡越しに自分の姿を手取り足取り、他人と共有するような手軽さに欠ける霊という存在は、舌先三寸でいくらでも飾り立てることが出来るからだ。つまり、真偽を叩き台に上げて舌鋒鋭く言い合うだけの徒労なる時間が待ち受けており、幼少期から今日に至るまで建設的な意見の交わし合いに発展したことが一度たりともなく、苦渋を飲んでばかりの経験から、自ら率先して霊の存在を発信することがなくなった。だからワタシは、怪談話の中心となる「霊」について悍ましげに語られた瞬間、さめざめとした眼差しを向けがちだ。


「なんだよ、下らないってか?」


 兄は心霊番組をこよなく愛し、夏の季節になればテレビの前で臆面もなく目を輝かせる。ワタシがどのような表情をしていたかについて、想像に難くないが、やはり兄から指摘を受けてしまうほど、白眼視に富んだ視線を送ってしまったようである。一度でもいいので、霊を視認できる人間と話し合い、どれだけ卑近な存在なのかを確認してみたいものだ。そうすれば、胸を張って兄と同調できるだろう。


「そんなこと、一言も言ってないじゃない」


 もはや様式美となった兄からの追求に対して、ワタシは少しばかり語気を荒げて返してしまった。好意を抱くには土台無理な身の処し方が、オカルトを嫌煙する人間であるという誤認を与えて、面倒なやりとりを引き起こす原因に繋がっている。


「目に見えないモノは無いと決め付けているから、そんな煙に巻く言い方をするんだろう?」


 いつもなら、ワタシが発したことに関して「はい、はい」と水に流している所を、兄は挑発的な言い回しで糾弾してきた。


「だから」


 面倒この上ない水掛け論に興じようと口先を尖らせた直後、今までにない真剣な面差しをする兄を見てしまい、ワタシは言葉を窮した。


「実はな、そんなお前にいいモノがあるんだ」


 胡散臭い古物商の仔細顔を想起させる兄の表情に、ワタシの背中は反り返った。熱に触れたかのような素早い反応は、理知的にあやなす隙などなく、発露した拒否反応を前にした兄の様子を恐る恐る伺う。すると、眉間に深く走った亀裂の様相から、怒りの襞をあけすけにしていた。ワタシは、わざわざ兄の怒気に水を向けるような事を好む性格ではない為、嫌悪感をあからさまに表現したことを戒めた。そして、ワタシは踵を返すように柔和な微笑を浮かべたのち、私はこう言った。


「気になるな。言ってみてよ」


 兄妹という間柄に似つかわしくない阿る身持ちは、期せずして悪趣味さが滲んだ。それでもワタシは、その姿勢を強行するだけの理由があった。何故なら、兄は他人の機微を受け取るほど、慧眼めいたものを有しておらず、大仰な反応に感知する程度の鈍さが取り柄だからだ。厚顔無恥と評するまでいかないものの、ワタシは兄の性質を把捉した上で、接することが前提となっていた。


「降霊だよ」


 如何にも確信に迫ったような面差しをする兄に対して、ワタシはどのような表情をすればいいのか、分からなかった。

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