チンピラちゃんが通る

鳥尾巻

しゃよう

 朝、狭い食卓で玉子焼きを一口、ぱくりと食べて、私は「あ」とかすかな叫び声を上げた。

「どうしたの?チンピラちゃん」

 姑である義母ママンが、不思議そうに私を見た。チンピラちゃんとは、年中派手な格好をしている私に、彼女がつけたあだ名だ。今日の髪は赤、身に着けているのは光沢のある紫のシャツ。

「殻が……また卵割るの失敗したんすね」

「ごめんなさいね」

「だから私が作るって言ったんすよ」

「えへ」

 義母は白い手を桜色の小さな唇に当てて、優雅に笑っている。先祖を遡れば、どこぞのお公家様に辿り着くらしい彼女は生粋のお嬢様で、幾つになっても邪気がない。

 人を疑う事を知らず、どこの馬の骨とも知れない庶民わたしを夫が結婚報告に連れて来た時も、『いらっしゃい!チンピラちゃん!』と、速攻であだ名をつけ、優しく抱き締めてくれたものだ。義母が現れた途端、おんぼろな一軒家がまるでお貴族様の邸宅のように見えた。身に着けた真っ白な麻のワンピースに負けない白い腕を絡め、『私の事はママンて呼んで!』と言われドギマギしたのを今でも鮮明に覚えている。

 

 義母の料理の腕は壊滅的だ。レシピを見てさえ、カレーがとんでもない味付けになる。『だって辛かったんだもの』と、半分以上減った砂糖の袋を見せられた時は眩暈がした。

「まったくママンにはかなわねえや」

 育ちがいい癖に、私と負けず劣らず柄の悪い夫がくつくつ笑っている。笑ってる場合じゃない。『残すのはもったいないから若い人で食べて』と全部こちらに回ってくるのは必至だ。子供の頃から慣れている夫は、既に腰を浮かして逃亡の構えだ。

「俺、仕事行ってくる」

「嘘つけ。辞めたって言ってただろ」

「新しい仕事」

 そう言う割に、親指がスロットマシンの目打ちの動きをしている。失業保険を全て注ぎ込むつもりか。義母は両手を少女のように打ち合わせた。そういう仕草が不思議と似合う。

「よかったわねえ。行ってらっしゃい」

「いや待て」

「チンピラちゃんはお仕事お休みでしょ?庭木の剪定をしてほしいの。うちは貧乏だしあの人が亡くなってから男手が足りなくて庭まで手が回らないのよ」

「男手は今、出て行きましたけど」

「腰が痛いから無理なんですって」

「腰痛持ちがスロットの前でずっと座ってられっかよ!」

「ねえ、お願ぁい」

 義母は既に鋸と作業着を用意して、有無を言わさず私に押し付けてくる。おっとりしている割にこういう時は素早いのだ。

 ほんとママンにはかなわねえや。

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