第8話

 エレベーターが1階で止まると、僕は少し警戒しながらゆっくり外へ出た。エレベーターは受付から少し離れた奥まったところに1機あるのみで、エレベーターのところから受付は角度的に伺い見ることはできなかった。

 僕は諦めてゆっくりと受付に向かって歩いた。受付の近くまで来ると全身黒色を纏った人が一人壁にもたれながら立っていた。黒のタイトジーンズに少し大きめのパーカーを着てフードを被っていた。おそらくあの人が電話の女だと僕は直感的に感じた。外にいれば警察から声をかけられそうな出立ちだった。近づいてみると意外と思っていたより小柄だった(おそらく黒い出立にビビって勝手に大きな人を頭の中で勝手に創り上げていた)。

 「あの…」と僕は恐る恐る声をかけた。

 「402?」彼女は目だけをこちらに向けてそう聞いた。フードの中の顔はキャップにマスクとほぼ顔が見えなかった。一瞬何を聞かれたのか分からなかったが、その時さっき出たばかりの部屋に402とあったのをふと思い出した。僕はコクっと頷いた。

 彼女は僕が頷くと、ただ出ようと言って僕の腕を掴んだ。僕はえ?え?っと情けない素っ頓狂な声(声というか音)を出しながらただただ引っ張らていった。建物の自動ドアを出ると正面には観葉植物と2mほどの厚い壁、そして外に出る通路が左右二手に分かれていた。すると一方から肌けた白いシャツとヨレヨレの黒いジャケットを着た来た茶髪の2人組が右から入ってきた。細身だが背は2人とも僕より高かった。彼らは僕らをジロッと見た。僕はなぜか目を合わせてはいけないと感じて咄嗟に目を逸らせた。背筋がゾクっとした。彼らはこちらに歩いてきた。何だか僕を見ているような気がした。

 すると今まで僕の手を掴んでいた黒服キャップマスクの女がその手を離した。かと思うと僕の腕に彼女の腕をそっと回してきた。その腕はとても華奢で細かった。そして男たちと反対側に向かってゆっくり歩き出した。男たちは僕らのことをジロジロと見ていたが、そのまま自動ドアを抜けてホテルに入って行った。

 黒服キャップマスクの女と僕は肩と肩を寄せ合いながらしばらく無言で歩いた。実際は肩と肩がぶつかりながら、という方が正しいかもしれなが。女から腕を回されている僕の右手はガチガチに固まり、ただ足だけを動かしている状態だった。そして女の方も僕の腕を両手でぎゅっと掴んでいた。緊張しているらしかったが、それは色恋のというより生命の心配をしているという風だった。

 ホテルから少し歩いた最初の角を曲がると、彼女はバッと腕を解いた。そしてマスクを少し下にずらし目を瞑りながら空に向かって少し大きく息を吸ってゆっくり吐き出した。そしてマスクを戻して僕をふっと横見にみると

 「感謝してよね」とおもむろに言った。僕は何が何だかさっぱり分からず、「何を…」と絞り出すのが精一杯だった。

 「あなた騙されるわよ」彼女は落ち着きを取り戻していた。

 

 

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