第6話
新宿の東宝シネマ午後10時、何もない平日だというのに人が多い。映画を観るつもりもないのにこころが浮き立っている。久々に着た私服とセットした髪、香水も少し多めに付けた。どこかで簡単に2、3杯酒を入れて、それから…。
居酒屋、カラオケ、風俗、ラブホテル…社会の醜悪を詰め込んだようなこの場所に、様々な同種が混在している。顔色の良くないケバい少女やそれを囲うガタイの良い不良、ボタンを4つくらい開けたシャツに黒いスーツを着ている男たち。小さな恐怖を身体の端っこに感じながらも、どこか憎めない。丸の内とかの方が居心地が悪かっただろう。
グレーのワンピース、ニットで編まれたその服は彼女のシルエットをそのまま形どっていた。白いポーチを肩に下げた彼女はゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。僕には気付いてるようだ。彼女が話せるくらいの距離に来た時に偶然気付いたかのようにやぁ久しぶりと声を掛けた。彼女は風邪明けだからか素っ気なかった。
「ご飯食べた?」僕は聞いた。ここに来るまでの電車で調べた食べログの居酒屋を数軒頭の中で控えさせる。しかし彼女に食欲はなかった。彼女はゆっくり話せるところがいいと言った。僕の愚鈍なコンピューターは音おたてて計算し始めた。バーに行くべきか、それとも…。一応ホテルからアクセルの良いバーも調べてあるし、キャッシュレス対応してない可能性も考えて現金も多少おろしてきた。
じゃあ近くのバーでも?というと彼女はどっち?と聞きた。僕は偶然同じ方向にあるホテル街の方を指差した。
「いいよ、いこ」彼女は指差した方向に歩き出した。まるで家の中を移動するみたいに躊躇がない動きだった。むしろ準備を万端にしてきたはずの僕が後から彼女を追いかけた。
少し歩くとホテル街に入った。彼女はニューバランスのスニーカーでどんどん歩いていく。周りから見た時、彼女は一人に見えるかもしれない。それくらい迷いなく歩いていた。僕はこころの中で彼女の体調を気にかけながら、この後に起こる今の彼女とは真反対の甘える姿を想像し少し興奮した。僕はスマホを見なければバーの場所はわからないが、彼女にただついて行った。
彼女はホテル街の真ん中でふと立ち止まった。僕も少し遅れて止まった。
「ねぇ…ここでもいい?」彼女は伏せ目がちに僕を見上げながらTシャツの裾を少し掴んだ。僕はその時なんと答えたのかよく覚えていない。気がつけばパネルの前に立っていた。彼女はコンビニでパンでも選ぶように部屋を決めて受付でキーを受け取った。僕は小鳥のように、彼女の後を追ってエレベーターに乗り込んだ。
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