第4話

 僕はこころを壊していた。そして仕事もせず、かつて人間だった頃の貯蓄を切り崩して生活していた。30歳も半ばにして独身で無職。人生詰んだようなものだ。

 僕のことを本気で心配していない人は、人生いつだってやり直せるとか気持ち次第だよとかいう。もちろん錦鯉のような奇跡の例はあるだろう。でもそれはなぜ持て囃されるかといえば、「奇跡」だからだ。その他大勢は日の目を見ずに死んでゆく。その死さえ認識されずに。

 僕はある日、風俗に出かけた。性欲を処理したくて、というわけではない。勃起は毎日するし、オナニーもしている。でもそのような下心ではなくて、奇跡的な真心を宝くじ的に探求しているのだと思う。その金があれば数日分の食費に充てろよという意見はごもっとも。ただしそれは人間に言えることであって、人と人の間にもはやいない僕にその正当性は該当しない。前提が異なるのだ。むしろ人間からどんどん遠ざかることを理解しながらも、底からの引力に引かれ自ら崩壊への道を走ってしまう。愚かを理解しながら突き進んでしまうのだ。たまにテレビなどで無能社員が上司から怒られている様子を見る事がある。「なぜこんなことをやってしまったんだ!少し考えれば分かるだろ」と幼児相手かのごとく問われる。そして無能社員は答えられない。上司ら人間たちは理解できないという風に疎外の空気を醸成する。しかし無能社員は理解していないのではない。むしろ「その道」を進んだ未来は見えている。しかしそれでもそこへ進んでしまうのだ。それは自然的な引力なのだ。(その引力を生み出しているのは人間だ)

 このような崩壊を理解していても、では高級店で豪遊する勇気はない。激安店の60分で加工された写真を必死に見比べている。ハズレを掴みたくない、当たりを引きたいと思っている。卑怯で傲慢だと思う。しかしやめられない。

 大概の場合はハズレだ。しかし今回はなんと当たりの方だった。スラっとした細身の長身に遠くからでも認識できるくらいの胸がふっくらとあった。身体と胸はバランスよく整っていた。くりっとした目は、ツインテールによく似合っていた。顔は少し浮腫んでいたが、スッキリすればとても綺麗な顔立ちだろうと思う。彼女は笑顔でこんにちわ、といい僕の手を引いた。

 「お兄さん、ここは初めて?」

 僕はそうだと答えた。

 「そうなんだ、彼女はいるの?」

 いるはずがない、そう思いながら僕はただいないと答えた。僕を引く手が柔らかい。

 「お兄さんカッコいいからいると思ったw」

 彼女はそういうと部屋のドアを開け、僕を中へ誘った。中は薄い赤色がかった雰囲気で、それが性欲を掻き立てるか?といえば果たしてそうではなかった。石鹸やタオルなどの香りがしているが心地よくは感じなかった。

 「お兄さんはよくこういうお店には来るの?」

 「いや、あまり来ない。お金もないしね」

 「そうなんだ、私と一緒だねw」彼女はカラカラと笑う。

 「お茶かお水飲む?」

 いただくよ、と僕は水の入ったペットボトルに手を伸ばした。彼女は僕の手を追い越してペットボトルを取り、キャップを開けて渡してくれた。

 ありがとう、と僕は水を一口飲む。

 彼女の手が僕の腿を優しく撫でる。僕は彼女の目を見た。彼女は上目遣いに僕を見ていた。わざとらしさも感じたが、それ以上に動揺してしまった。彼女はそれすらもわかっているようだった。彼女の片頬は得意らしげに少し上がった。そして、どうしたの?と聞いた。

 僕はいや、何でもないと答えるのが精一杯だった。

 何でもないんだぁとおかしげに答えた彼女は、サッと僕から離れて立ち上がった。その瞬間、僕はお母さんと逸れた子供のように彼女を目で追った。彼女は座っている僕を見下ろした。僕たちの立場がこの時はっきりと決まった。

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