第3話

 僕がアイドルの中で彼女を「推し」出したのは気付かぬうちだった。最初は何人かいるお気に入りの一人だったが、知らない間にこころは侵食されていた。

 彼女の瞳はどこか凍てつく鋭さを持っている。まるでこの世の中を恨み諦めているような。もし対峙する僕が半端な嘘でも吐こうものなら彼女は全てを見透かしている、それでいて彼女は氷の刃のようなその瞳で一瞥をくれるだけで何も言わない。彼女の前に半端な自分で立つことは許されない。

 と思えば、バラエティ番組で観る彼女はとても戯けた表情を見せる。しかし彼女がすごいのはお笑い風を演じながらお笑い風に迎合していないと表現できることだ。そして玄人が好み、女子が好まない所謂裏笑いを理解して、その際に屈託なく笑う。その場の歪みみたいなものを俯瞰と実際の両方を愉しんでいる。その余裕なさまは貴族の精神を持ち合わせた貧乏人が、貧乏人の精神をした貴族を、ただその捻れている事実とその対象のズレ具合を笑っている。彼女のケラケラ笑うその姿は凡人が見ればなんとまず理解できず、その表層だけの危うさにたじろぐだろう。しかし僕はそこに天岩戸から天照大神が人知れずひょこっと出てきて正体も明かさずに群衆に混じっているような、そんな不一致感を感じずにいられない。そう、僕は彼女にギャップ萌えしていた。

 全く持って愚かな話だが、彼女がドラマで恋するシーンはこころがざわつき過ぎて観ることができなかった。それは決して恐ろしいほどの棒読みだったからではない。

 そんな彼女に日々大きくなっていく現実から逃れられず、また上手く歩くこともできない僕は救済されていた。彼女とどうかなりたいとかそのような願望ではなく、おばあちゃんが家の神棚に手を合わせているような、そんな気持ちだった。

 また彼女を推しているが、それでもグループというのは良いもので、彼女たちが無邪気そうに戯れるさまは、ヘラ、アテナやアフロディーテたちを見ているようであるのだ。

 

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