第28話:魔導具と引っ越しのご挨拶

 それからアニータさんは、一時間と掛からずに荷物を魔法鞄に入れ終わると、俺たちと一緒に小屋の外に出る。

 魔の森にやってきてからずっと暮らしていた小屋だからだろう、アニータさんは外に出てからしばらくの間、小屋を眺めていた。


「……行きましょうか」

「そうね! それじゃあ――えい!」


 ――ギュン!


「「……はい?」」

「すごいでしょー! この小屋も、実は魔導具だったのよー!」


 …………小屋が、消えた?

 いや、違う。小屋があった場所の地面に、ミニチュアの小屋がいつの間にか現れていた。


「……まさか、これがさっきの小屋、ですか?」

「その通り! 名付けて『簡易小屋』! いつでもどこでも小屋で休める! 私みたいな現地で素材を集めて研究したいって人にオススメよ!」

「もっとオススメすべき人がいるでしょうに!」

「……え? そうかしら?」


 アニータさんは、間違いなく天才だ!

 ……まあ、どこか抜けているけど。

 もしもアニータさんが村への協力を惜しまないとなれば、彼女の魔導具は村の名物になるかもしれない。

 この簡易小屋だって、ルッツさんのような流れの商人からすれば、喉から手が出るほど欲しい魔導具だと思うし、他にも使いたいと思う人は多いはずだ。

 もちろん、本人のやる気次第ではあるけど、そこは俺の交渉次第かもしれないな。

 アニータさんが簡易小屋を回収するのを見届けた俺は、そんなことを考えながら口を開く。


「それじゃあ今度こそ、行きましょう!」

「はーい!」

「き、緊張するわね」


 俺の合図にティナさんは元気よく答え、アリーナさんは緊張の面持ちを浮かべている。

 どれだけぶりに村へ行くのかは俺には分からない。

 だけど、ティナさんだけではなく、ナイルさんも彼女のことを心配しているのだから、悪いようにはならないだろう。

 むしろ、石造りの屋敷を作って、アニータさんの到着を待っている可能性だってある。


「きっと歓迎してくれますよ」

「そうだよ! お父さんも待っているんだからね!」

「……そ、そうよね。うん、そうね!」


 俺とティナさんがそう口にすると、アニータさんも決意を固めたのか、ふんっ! と気合いを入れてから歩き出す。

 そこまで気合いを入れる必要はないんだけどなと思いつつも、彼女の思いを尊重し、俺たちは村へと歩き出した。


 そして、村へ到着すると、あまりの変貌ぶりにアニータさんは口をあんぐりと開けて驚いていた。


「……え? この村、こんなだったっけ?」


 まあ、驚くのも無理はない。

 アニータさんが村を見たのは、俺がやってくる以前の話だろう。

 そして、村が変わったのは俺がやってきてからの話だもんな。


「あぁ! アニータさん!」

「ひゃい!?」


 入口から村を眺めていると、俺たちの帰りを待っていたのか、ナイルさんが声を掛けてきた。

 まさかいきなり声を掛けられるとは思っていなかったのか、アニータさんは驚きの声を漏らしている。


「待っていたよ! あちらでの生活は大変じゃなかったか? 引っ越してきてくれるんだろう?」

「あっと、その、えっと……」

「あぁ、すまない。長い距離歩いて疲れているだろう。リドル君にティナも、一度私の屋敷へおいで」


 おろおろしているアニータさんをよそに、ナイルさんはテキパキと話を進めていってしまう。

 まあ、アニータさんを相手にするなら、これくらいのテンポがちょうどいい気がする。

 しっかりしているように見えて、実はおっちょこちょいというか、ドジっ子というか。

 だからこちらの都合で話を進める方が、何かと楽ではある。

 それにアニータさんの場合は、ティナさんがいれば話もスムーズに進むので、こう言ってはなんだが、何かと都合がいい。

 こうして流されるがままにナイルさんの屋敷に到着した俺たちは、そのまま顔を突き合わせての話し合いを行うことになった。


「それじゃあ、アニータさん」

「は、はい!」

「そこまで緊張しないでほしい。私たちは、あなたのことを心配していて、今日ここに来てくれたことが本当に嬉しいのだからね」


 ナイルさんがそう口にすると、アニータさんの表情から伝わる緊張が僅かに和らいだ。


「魔導具の研究をしているようだし、必要なものがあれば言って欲しい。全てを準備できるわけではないが、可能な限り協力させてもらうよ」

「ですが、私が皆さんに返せるものがあるかどうか……」

「え? めちゃくちゃあるじゃないですか!」


 何をそんなに自分を卑下しているのだろう。そう思い、俺は思わず声をあげてしまった。


「……あったっけ?」

「ありますよ! まずは魔法鞄! それがあれば荷物を運ぶのも楽になります! 何より村では魔の森から資材を調達することが多いので、大いに役立ってくれるんです!」

「そ、そうなのね」

「それに簡易小屋ですよ、簡易小屋! もしもあれが小屋だけじゃなくて、普通の屋敷にも使えるようになれば、それこそ革命ですよ! 世の中に変革をもたらすかもしれない魔導具ですよ!」


 俺が魔法鞄と簡易小屋の有用性を矢継ぎ早に語り始めると、アニータさんはポカンとした表情のまま、時折思い出したかのように頷いている。

 この人、本当に分かっているんだろうな?


「これだけの魔導具を開発できたアニータさんなら、もっとすごい魔導具を開発することもできるはずです!」

「……本当に、私の魔導具でお返しができると思う?」

「もちろんです! この地の新領主になった俺が保証します!」


 なんならアニータさんの魔導具を買い占めたっていいと思っているくらいだ。

 おそらくだけど、ルッツさんも同じことを考えるだろう。

 それだけ、魔導具師アニータという人物には、大きな価値があるはずだ。


「どうだろう、アニータさん。私たちのためだと思って、村への引っ越しを決めてくれないか?」


 改めてナイルさんが問い掛けると、アニータさんは涙目になりながら頷いた。


「最初にお誘いを断ってしまってから、どう接したらいいのか、考えていたんです。ありがとうございます、ありがとうございます! 私の方からお願いしたいです! よろしくお願いします!」


 小屋でも決意はしてくれていたけど、心の奥ではまだ不安があったのかもしれない。

 その不安を取り除いてくれたナイルさんに感謝しながら、俺はホッと胸を撫で下ろした。

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