第27話:アニータの主張

「さて、それじゃあ……どういうことか説明してもらってもいいですか?」


 俺たちはアニータさんのお願いを受けて、彼女が入れてくれたお茶を飲むことになった。

 ただ、顔を合わせた時のような勢いはすでになく、ものすごくシュンとした状態で、今は俺の向かいの椅子に腰掛けている。


「……えっと、その……」

「さっきのことは気にしていません。なので、アニータさんの本音を聞かせてくれませんか?」


 どうにも言い難そうにしているアニータさんへ、俺はできるだけ優しい声音で問い掛けた。


「……ひ、引くに引けなくなっちゃいました!」

「やっぱり」

「やっぱり!? わ、分かっていたんですか!!」

「いえ、なんとなくですよ」


 アニータさんのリアクションを見ていれば、想像に難くなかった。

 というか、そうでなければ子供のティナさんに助けを求めたり、俺たちが去ろうとするのを引き留めようとはしないだろう。


「うぅぅ……最初はよかったんです。食糧も持ってきていましたし、尽きる前に魔導具が完成すれば、魔獣を狩って食べていけると思っていたんです」

「それが、上手くいかなかったと?」

「……はい」


 魔導具が完成できなかったのか、それとも魔の森の魔獣が予想以上に強かったのか、それともその両方だったのか。

 どちらにしても、アニータさんの予想通りに進まなかったのは間違いない。


「気づけば食糧も底を尽いてしまって、そんな時にたまたまティナちゃんがここを訪ねてきてくれたんです! ティナちゃんは、私にとっての天使なんです!」

「私は天使じゃないよ? 私はティナだよ!」


 アニータさんが両手を重ね合わせ、恍惚の表情で天使だと語ると、ティナさんは断固拒否をする。

 なんというか、この人……結構面倒くさい人かもしれない。

 ただ、悪い人ではないと思うので、ナイルさんが言うように、引っ越してくる意志があるなら助けてあげたい。


「今の村は食糧も充実していますし、屋敷も石造りのものに変わって、安全な生活が可能になっています」

「……え?」

「本当だよ! 全部リドルさんと従魔たちがやってくれたの!」

「…………え? え?」


 俺だけではなく、ティナさんからも同じように言われたからか、アニータさんは困惑を隠せなくなっている。

 だが、俺たちの言っていることは全て事実なので、信じてもらうしかない。


「今回はティナさんと、ナイルさんの依頼でアニータさんに会いに来ました」

「ティナちゃんと、村長に?」

「はい。二人ともアニータさんのことを心配しています。もしもあなたが良ければ、村への引っ越しも問題ないと言ってくれているんです」


 ナイルさんの言葉を伝え終わると、俺はアニータさんの決断を待つことにした。


「お、お願いしますうううう! これ以上一人だと、死んじゃいますうううう! 餓死しちゃいますうううう!」


 即答かよ!?

 いや、答えが早いのは助かるけど、まさか即答とは思わなかったよ!!


「本当! アニータさん!」

「本当よ! 私の天使、ティナちゃん!」

「そういうことなら、すぐに荷物をまとめてくれますか?」


 アニータさんの天使発言は面倒なので、ここはさっさと話を進めてしまおう。

 しかし……荷物をまとめてと言ったものの、パッと見だが小屋の中にはそこまで荷物が多いようには見えない。

 魔導具師とナイルさんは言っていたが、本当に魔導具を開発しているのだろうか。


「分かったわ! ちょっと待っててね!」


 元気よく返事をしてくれたアニータさんは、腰に提げていた可愛らしいポーチを手にすると、近くにあったものから手に持ち、そのポーチに突っ込んでいく。


「うおっ!? ……まさか、魔法鞄ですか!!」


 ルッツさんが持っていた魔法鞄、それをアニータさんも持っていたのだ。


「そうよ! これも私が作ったの!」

「……ええええぇぇっ!! アニータさんが、作った!?」

「アニータさん、すごーい!」

「でへ、でへへ~! そ、そうかな~!」


 笑い方はさておき、これは本当にすごいぞ!

 魔法鞄はとても高価なもので、作れる人もごく一部だと言われているはずだけど……な、なんでそんな人が、魔の森の近くの小屋で餓死しそうになっているんだろうか。


「……もしかして、何か犯罪を犯して大きい街では指名手配されていたりとかじゃ、ないですよね?」


 俺は念のため確認を取る。


「そんなことないわよ! 私は魔導具研究に生きている人間なの! 魔導具のためなら危険を顧みない、歴代最高の魔導具師なんだからね!」

「自称ね?」

「自称じゃないわ! 事実よ!」


 どうしてそこまで自信満々なんだろう。

 けどまあ、今はそんなことどうでもいいか。


「そういうことなら、アニータさんが村に還元できることもあるでしょうし、俺たちがアニータさんに与えることもできるはずです」

「でも、私は魔導具を使って儲けようなんて考えていないわよ?」

「それで構いません。ただ、村の人たちが豊かな生活を送れるよう、そこだけは協力してくれないでしょうか?」


 魔導具師が魔導具で儲けようとしていない、というのはどうかと思うけど、アニータさんの場合は研究に全てを捧げているのかもしれない。

 そうなると、今俺が口にしたことにも嫌悪感を抱いているかもしれない。


「美味しいご飯が食べられるよ!」

「やります! やらせてください! それがティナちゃんの手作りだとなお助かります!」


 ちょろいな、この人!


「うーん、お母さんに聞いてみるね!」

「あぁ! マジで天使! ありがとう、神様!」


 なんだかよく分からないけど、アニータさんの説得は上手くいったようだ。

 ……これ、俺って必要あったかな?

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