第5話:女性の悲鳴

「行きましょう、ルッツさん!」

「い、行くのですか!?」


 俺がルッツさんに声を掛けると、彼は少しばかり驚いた声をあげた。


「もちろんです!」

「わ、分かりました! 急ぎますので、舌を噛まないで下さいね!」


 そう宣言したルッツさんが馬を走らせると、荷台が大きく上下に揺れた。

 俺は壁に手を当てながら必死に耐えつつ、窓から前方を見据えている。

 馬車はそのまま森へと入っていき、しばらくして再び悲鳴が聞こえてくる。


「こ、来ないで! いや、いやああああっ!!」

「レオ! ルナ!」

「ガウッ!」

「ミーッ!」


 俺が声を掛けると、レオとルナは迷うことなく窓から飛び出し、声のした方へ駆けていく。


「リドル様! これ以上は馬車で進むことができません!」

「俺たちも降りて行きましょう!」

「わ、分かりました!」


 ルッツさんには申し訳ないが、レオとルナがこの場にいないのであれば、二匹が向かった方へ俺たちも進んで方が間違いなく安全だ。

 ただ、魔の森の魔獣は強い個体が多いと、先ほどルッツさんは言っていた。

 レオとルナが予想外に強かったとはいえ、ここの魔獣に通用するのか……俺は二匹を送り出したものの、今になって不安になってきてしまう。

 二匹の無事を祈りながら走っていくと、茂みの奥から何かが近づいてきた。そして――


「うわあっ!?」

「きゃあっ!?」


 悲鳴の主だろう女性とぶつかってしまった。

 お互いに尻もちをついてしまい、そこへルッツさんが追いついた。


「大丈夫ですか、リドル様?」

「お、俺は大丈夫。あの、君は大丈夫かい?」


 ルッツさんが手を差し出してくれたので、俺はすぐに立ち上がる。

 立ち上がるとそのまま女性の方へ駆け寄った。


「あ、あの! 助けてください! ま、魔獣が!」

「大丈夫です、助けます。もう俺の従魔が――」

「ガウガウ!」

「ミーミー!」

「きゃあっ!」


 俺が女性の声を掛けていると、女性が飛び出してきた方向からレオとルナが嬉しそうな鳴き声をあげながらやってきた。


「レオとルナも無事でよかった。魔獣はどうなった? 追い払ったのか?」

「ガウ? ……ガウガウ!」

「ミー! ミーミー!」

「え? 本当に? マジで?」


 レオとルナからの報告を受けて、俺は思わずそう口にしてしまった。


「……ど、どうしたのですか、リドル様?」

「えっとー……あなたを襲っていた魔獣ですが、この子たちが倒してくれたみたいです」

「え? …………ええええぇぇっ!?」


 いや、うん、そうなるよね。

 魔の森の魔獣だもの、きっとものすごく強い魔獣だったんだと思うんだ。


「もしかしてお前たちって、ものすごく強かったりするのか?」

「ガウ!」

「ミー!」

「いやはや、もしかしなくてもその通りですよ、リドル様!」


 何故かルッツさんが興奮している。

 いや、そうか。


「なあ、お前たちが倒した魔獣のところへ案内してくれるか?」

「ガウガウ!」

「ミーミー!」

「そうですよね! さあ、早速向かいましょう!」


 さすがは商人だ、魔獣をゲットできるチャンスとあって興奮していたに違いない。


「立てますか?」

「……」

「……えっと、大丈夫ですか?」

「はっ! す、すみません、私ったら!」


 どうやら驚きすぎて、目を開けたまま意識を失っていたようだ。


「いえ、お気になさらず」


 俺が手を差し出すと、女性は少しだけ躊躇ったものの、手を取ってくれた。

 そのままグッと引っ張って立たせると、俺よりも少しだけ背が低いのだと分かる。


「俺はリドル・ブリードと言います。もしよろしければ、お名前を伺ってもよろしいですか?」


 元日本人、そしてサラリーマンとして鍛えた言葉遣いを駆使して、可能な限り丁寧で、悪感情を抱かせないような話し方を意識する。


「わ、私は、ティナって言います」

「ありがとうございます。それじゃあティナさん、俺たちもあっちへ行きましょう」


 ティナさんの手を取ったままそう告げると、彼女はビクッと体を震わせたあと、その場で立ち止まってしまう。

 ……しまったな。魔獣に襲われたばかりで、またその場所に戻ろうなんて、怖いに決まっているじゃないか。


「すみません、ティナさん。でも、俺の従魔が魔獣を倒したと言ってくれました。連れのルッツさんも向かってくれています。大丈夫、もう魔獣はいませんよ」

「……わ、分かりました」


 俺がそう説得すると、ティナさんも納得してくれたのか、歩き出してくれた。

 だけど、俺の手を取る左手には力が入っており、ついてきてくれてはいるけど、まだ怖いのだと実感させられる。


「大丈夫、大丈夫です」


 そんなティナさんに、俺は『大丈夫』だと何度も声を掛けながら歩いていき、時間を掛けて、ようやくレオとルナ、ルッツさんのもとへ辿り着いた。


「ガウガウ!」

「ミーミー!」

「すごいですよ、リドル様! デスベアーですよ、デスベアー!」


 俺が来たことにいち早く気づいたレオとルナが嬉しそうに鳴き、ルッツさんは大興奮で声をあげた。


「……本当に、倒してる?」

「だから言ったでしょう? 大丈夫だってね」


 まさかレオとルナ、小型の従魔が大型の魔獣を倒すなどとは夢にも思わなかったのだろう。

 俺だって、二匹の強さをこの目で見ていなかったら、信じられなかっただろう。

 むしろ、レオとルナが駆けていった時には不安の方が大きかったかもしれない。


「……うぅぅ、うああああぁぁん! ごわがっだよおおおおっ!!」


 緊張の糸が切れてしまったのだろう、ティナさんはその場に座り込むと、ぼろぼろと涙を流しながら泣き出してしまった。


「ガウ?」

「ミー?」


 すると、レオとルナがティナさんの方へと歩いていき、彼女の膝にポンと顔を乗せてきた。


「……ガウ?」

「……ミー?」


 そして、そのままコテンと首を横に倒す仕草を見せた。

 ……くっ! 俺もそんな仕草、してもらったことがないぞ! 可愛いなぁ、可愛いじゃないか、レオもルナも!


「……ありがとう。うふふ、可愛いね」


 レオとルナの仕草は、泣きじゃくっていたティナを落ち着かせることに成功した。

 ここは森の中であり、まだまだ魔獣は多く生息しているだろう。

 大きな声で泣いていたら、魔獣が集まってくるかもしれない。

 二匹の行動は、この時には必要なものだったのだ。


「ぐすっ! ……あの、助けていただいて、本当にありがとうございました!」


 涙を拭いながら立ち上がったティナさんは、お礼を言いながら頭を下げた。


「通りかかっただけですし、当然のことをしただけですよ」

「あの、よろしければ、私が暮らす村まで来ていただけませんか? お礼もしたいので!」


 俺としては領地民と出会えるチャンスである。

 ルッツさんの方へ視線を向けると、彼も笑顔で頷いてくれた。


「分かりました。案内していただけますか?」

「はい!」


 元気になったティナさんは、笑顔で返事をすると、レオとルナを左右につけながら歩き出す。

 ……俺もあとで、お膝で首コテンをやってもらうからな!

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