第4話:到着
「……リドル様?」
「え? あ、はい!」
俺がボーっとしていると、そこへルッツさんが声を掛けてきた。
「この魔獣、いかがなさいますか?」
「魔獣ですか? ……いかがするも何も、処分するしかない――」
「でしたら私に譲っていただけないでしょうか!」
「どわあっ!?」
ルッツさんが急に大声を出したので、俺は驚きの声をあげてしまった。
「おっと、失礼いたしました」
「……い、いえ」
「実は私、流れの商人をするにあたり、魔法鞄を所持しておりまして」
「魔法鞄ですか?」
聞いたことがある。
なんでも、見た目以上のものが入ってしまう、文字通り魔法の鞄なんだとか。
確か、ブリード家にも一つだけあったと思うけど……あれ、めちゃくちゃ高価なものじゃなかったっけ?
「構いませんけど、これが入るんですか?」
「はい!」
「結構大きいですよ?」
「問題ありません!」
「……そ、そういうことでしたら、どうぞ」
「ありがとうございます!!」
……め、目と鼻の先で喜ばないでくれると、ありがたいな、うん。
「それではこちらが、お譲りいただくにあたっての料金になります」
「えぇっ!? いや、いらないですって!!」
するとルッツさんはいきなり、じゃらじゃらと音が鳴る小袋を取り出して俺に押し付けてきた。
「何を仰いますか。商人として、適正価格で購入するのが当然です」
「こ、この魔獣にそれだけの価値があるんですか?」
「あります! それに私は命を助けていただいた身でもありますし、少し色を付けさせてもらっていますけどね」
う、うーん。これ、本当に貰ってしまっていいんだろうか。
とはいえ、先立つものがあると助かるのも事実だし……。
「……そ、それじゃあ、ありがたくいただきます」
「そうしてくれると、私としても助かります」
満面の笑みを浮かべながらそう口にしたルッツさんは、腰に提げていた一〇センチほどの小さな鞄を開き、口を魔獣へ近づけた。すると――
「えぇっ!? ……い、一瞬で、消えた? もしかして、鞄の中に入ったんですか?」
俺の倍以上の大きさはあった猪の魔獣が、一瞬にして消えてしまったのだ。
「その通りです。先ほどの魔獣はホーンブルと言いまして、毛皮もそこそこの値段で売れるのですが、それ以上にお肉がとても美味なのです。なので、確保できる時には可能な限り確保させていただきたいと思っております」
ホーンブル……確か、ブリードの屋敷でも出されたことはあったっけ。
まあ、俺が食べたのはレオをテイムする以前のことだったから、六年以上前の話になるけどな。
「それにしても……レオにルナでしたか? この子たちはとても強いのですね! 小型だからと侮ってはいけない、典型的な例ではないですか!」
「そうだ! レオにルナ、お前たちって、こんなに強かったんだな」
「ガウガウ!」
「ミーミー!」
ルッツさんの言葉で俺はハッとなり、すぐにレオとルナへ振り返る。
二匹はすでに俺の足元へやってきており、顔をこすりつけてくれていた。
「……なんだよ。こんなに可愛くて強いとか、インチキじゃないか?」
「ガウ?」
「ミー?」
「……いいや、そうだよな。なんてったって、俺の従魔だもんな!」
レオとルナの主である俺が、二匹を信じてやらないでどうするんだ。
そうさ、二匹は可愛くて、強くて、最強の従魔なんだ!
「護衛はレオとルナで問題はなさそうですね」
「はい! ……とはいえ、御者の人、逃げちゃったんだよなぁ」
きちんと育てられていたのか、御者の男性とは違い、馬は逃げずにその場に残ってくれている。
まあ、手綱で馬車と繋がっているから、逃げるに逃げられなかっただけかもしれないけど、そこは正直ありがたい。
だけど、俺は馬車を操ったことなどなく、どうしたらいいのかさっぱり分からない。
「ふむ……でしたら、私が御者を務めましょうかね」
「えぇっ!? ルッツさんって、馬車も操れるんですか?」
「過去の数回だけですが、操ったことがあるのですよ」
すごいな、ルッツさん。この人がいなかったら、俺はここで詰んでいたまであるぞ。
「護衛は任せてください! それに、レオとルナが狩った魔獣も、お譲りしますので!」
「適正価格で買い取り、ですよね?」
「あー……それじゃあ、それで」
「ふふ。それでは、それでお願いいたします」
こうして俺たちは、二人と二匹になってしまった旅路を進んでいった。
◆◇◆◇
北へ進み始めてから五日が経過した。
その間、小さな村へ何度か立ち寄り、必要な物資を買い足したり、ルッツさんは商人としての仕事に勤しんでいた。
中には道中で狩った魔獣の売ったり、解体を依頼したりと、精力的に活動していた。
「そろそろ北の未開地、リドル様の領地に到着いたしますよ」
荷台でレオとルナを撫でまわしていると、御者台からルッツさんの声が聞こえてきた。
俺は荷台の窓を開いて前を向くと、そこに広がっていたのは――
「……すごい。なんて広大で、緑豊かな森なんだ!」
未開地と聞くだけだと、何もない、誰も生活できるような場所ではないのかと勝手に想像していたのだが、そうではなかった。
青々とした森がどこまでも広がっており、木々のおかげか空気がとても澄んでいるようにすら感じてしまう。
どうしてここが未開地のままなのか、今の俺には正直なところ分からない。
だけど、ここが俺の領地になるのだというのであれば、少しだけ……本当にすこーしだけ、父さんに感謝してもいいかもしれない。
「リドル様はどうしてここが未開地なのかはご存じですか?」
「いいや、分かりません。ルッツさんは知っているんですか?」
今まさに俺が思っていた疑問を口にしてきたので、すぐに問い返してみた。
「こちらの森は別名、魔の森と呼ばれておりましてね。他の場所に比べて強い個体の魔獣が生息していると言われているのですよ」
「……強い個体の魔獣、ですか?」
それを聞くと、確かに未開地であるのは納得できる。
おそらく、父さんが使役している従魔だったり、兵士たちでは歯が立たないから、開拓も諦めているということだろう。
……そんな場所に俺を送り出したのかよ、あの父さんは!
「それと領地についてですが、もしも分け与えた相手が開拓前に亡くなってしまった場合、その領地は元の持ち主に自動的に返還されるようですよ」
「……それってつまり、父さんは俺がここで死ぬと思っている、ってことですか?」
「それは分かりませんが、そういう法律がある、ということは覚えておいて損はないかと」
……あんの野郎! 何が父さんだ! あんな奴、クソ親父で十分だな、クソ親父め!
「きゃああああああああっ!!」
すると突然、森の方から女性の悲鳴が聞こえてきた。
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