第7話

 その夜、三笠は午後十時過ぎに帰宅した。この時間でも、まだマシな方だ。普段だと日付を跨ぐことも”ザラ”なのだ。

「ごめん、遅くなって」

玄関に迎えに来た蒼空にまず謝罪する。こうして出迎えられるのも妙なものだが、嬉しいかもしれない。

「いえ。やっぱり、大変そうですね。刑事の仕事」

「まぁね。日によって色々違うことも起こるし……」

 話しながら廊下を歩く三笠を、蒼空が付いていく。そして、リビングに入るなり驚いた。ダイニングテーブルに、布のかけられた料理が置かれていたのだ。

「これ……」

「ぼ、僕が作りました。キッチン使っていいって言ってくれたんで……」

「うん。確かに言ったけど……。食べないで待っててくれたの?お腹空いただろ」

「いえ、大丈夫です。三笠さんも仕事頑張ってるんだろうなと思ったんで……」

「君が家にいるだろうってことは分かってたけど、外食してくるかもしれないだろ?」

「連絡もなかったんで、きっと食べないで帰ってくるだろうと思ったんです」

「そうか……ありがとうね。腹減ったし直ぐにいただくよ。君も減っただろ?腹」

「は、はい」

 蒼空が正直に言った時、彼の腹がきゅるると音を立てた。

「ははは。待たせてごめんな。ちょっと待ってて」

 三笠は急いで部屋で着替えて食卓に座った。蒼空が温め直してきた料理は、肉じゃがだ。

「君が作ったの?凄く美味しそう」

 匂いが食欲を刺激する。

「レパートリーは少ないですけど、これは一応作れるんです。お口に合うかは分からないですけど」

「あれ、冷蔵庫に牛肉なんてあったっけ」

 三笠は思考を巡らせる。牛肉はずっと買っていないはずだ。

「豚肉があったので、それを代用させてもらいました」

「そうだったのかー。それは凄いな」

 すると、蒼空は少し頬を赤らめた。そんな彼の反応に、三笠は可愛いと感じた。蒼空はそそくさとご飯や味噌汁を運んでくる。

「じゃ、じゃあ、食べようか」

「はい」

 「いただきます」と言って、互いに箸を持つ。

「あっ、美味い!」

 三笠は肉じゃがの美味しさに驚いた。懐かしい感じがしたからだ。

「え、本当ですか?」

 蒼空は意外そうな顔をした。

「うん。牛肉と豚肉の違いはあるけど、何か母親の味を思い出したよ」

「母親の味……」

「うん。まぁ、親とはずっと会ってないからな。ちょっと、会いたくなったかも」

「どんな、お母さんなんですか?」

「そうだな……優しかったよ。俺のことも一生懸命になってくれたし、父さんにも尽くしてたな。そろそろ、実家にも帰ろうかな」

 すると、蒼空は少し切なそうな顔をした。

「あっ……ごめん、俺……」

「いえ、いいんです。気にしないでください」

「う、うん」

 蒼空は「僕もいただきます」と言ってやっと食事を始めた。

 一通り食べ終わった後に、三笠が満足気に言う。

「ごちそうさまでした。美味しかったよ!」

「そう言ってもらえると、嬉しいです」

「若いのにこういう料理できるのは凄いね」

「昔、母さんが教えてくれたんです。小学生の頃から包丁を持たされて、手伝ったりしていました。将来自活できるようにと」

「そうだったんだ……」

「はい。まぁ、大したものは作れないですけど」

「いや、なかなかの味だったよ。自信持って?」

 そう告げると、蒼空の顔は少し赤くなった。こういう反応がやはり可愛い。

「そうですね。ありがとうございます」

「そうだ、明日何か予定ある?」

「いえ、何もありませんけど……」

「良かった。じゃあさ、明日、どこかに行かない?明日休みだからさ」

「……どこに行くんですか?」

 蒼空は怪訝そうな顔をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る