第2話 締結
「で……話を聞くのはいいとして、あんたがそのウンチャカなんとか星人だったとして、何で急にそんなことを告白したわけ?」
一体何が狙いなのか。目の前にいるのが幼馴染みから宇宙人となっても、不思議とこの四ツ辻命異なら納得できるものがある。奇人変人美人と三拍子で学生時代、ヒエラルキーの頂点でくるくるお気楽そうに回っていたこのバカなら、宇宙人とあとひとつ拍子が加わっても違和感はない。
命異はそうだねぇ、なんて意味深に微笑んだ。まつげが長い。バカみたいな話だがプリンスと言われても、悔しいことに分かる。学生時代、こいつを持ち上げて王子様扱いした女子共は数知れず。恵はその輪から外れようと必死だった。面倒ごとは御免だ。女子とのいざこざなんて本当にもう御免だと思っていたのに、多分自分は女難の星の下に生まれついたのか。不倫なんてされてしまっている。
「信頼関係を築く要素のひとつとして、秘密の共有ってのがあるじゃないか」
「秘密のレベルが違うでしょ」
「じゃ、場の雰囲気を明るくするため、じゃダメー?」
「あんたバカにしてんの? 一応私、不倫されたばっかで傷心中なんだけど?」
「してないしてない。僕はいつだって真剣さ」
真剣そうな顔つきをつくって言うが、命異の瞳の奥には好奇が疼いている。なんというか、分かりやすいと思う。昔から一緒だったから分かるのもあるかもしれないが、この男、もとい宇宙人の性格はそれなりに分かっているつもりだ。
「めぐちゃん、それにしてもウンチャカなんたらなんて失礼だなぁ。ウンチャカピャカチュラ星人。それが僕らの種族の名前だよ。日本人だってニホンナンチャラなんて言われたら嫌でしょ? 正式名称で呼ばないと」
「めんどいわ。略称ないの。USAみたいに」
「略称がウンチャカピャカチュラ星人なんだけどなぁ」
「ソレマジで言ってる?」
「そう、マジ。正式名称はウンチャカピャカチュラ=ダゴスモスラ=ピッピカピチュウジャン星人だから」
「あんたそれ絶対嘘入ってるでしょ」
「あ、分かった?」
「分かるわよ。一応幼馴染みなんだから」
はぁ、と溜め息を吐けば自称ウンチャカピャカチュラ星人の幼馴染み四ツ辻命異は、心底不思議そうな顔をしていた。なによ、と恵がいえば、命異は「べつに」とそっぽ向いてオレンジジュースを一気飲みした。なんだ、こいつ。こうしてそっぽ向く時いて「べつに」っていうときは、大抵何かある時だ。ガキの頃から変わっちゃいない。恵はそれに気付きながらも、気付かないふりをした。生憎こちらは宇宙会議をしにきたわけではない。不倫について相談しに来たのだ。
「まぁ……ちょっとウンチャカピャカチュラ星人とかのことは後日聞くとして。命異は離婚したことあるでしょ? あの時ってどんな感じだったの? 運命じゃなかったとか言ってたらしいけど、本当は別の理由、あったんじゃない?」
命異がスピード結婚スピード離婚したことは、当時の同級生の間でとてもホットなニュースだった。悪意の持った人間は影であることないこと言っていたし、恵の耳にもそういった嫌な噂は入った。
けれど当の本人である命異が「
命異はプリンを勝手に追加オーダーしたところで、あれね、と事も無げに言った。
「だって、めぐちゃんのせいなんだもん」
「はぁ?」
「あ、プリンこっちです」
店員からにこやかにプリンを受け取った命異は、スプーンでプリンを掘削すると美味しそうに頬張った。それからスプーンの先を威嚇するように恵に向けて言う。
「めぐちゃん自分で言ったことも覚えてないの? 『結婚したこともない人にあれこれ言われる筋合い』はないって」
スプーンのまるい切っ先を見ながら、恵は目をぱちくりさせた。
そうだ。鮮明に思い出した。結婚すると決めてから、結婚した後も、命異は事ある毎に恵の結婚に「ケチ」をつけてきたのだ。あんな男めぐちゃんに相応しくない(それはそうかもしれなかった)だの、結婚なんて人生の墓場だの、もっと自由に生きた方が楽しいだの、あれこれ小姑のように詰め寄ってきたのである。
今の夫である純一と結婚したのは、恵からの一目惚れだった。結婚する前は本当に優しい人だったし、顔面がドストライクだったし、性格も合っているように思った。ただ結婚してから地盤沈下するみたいに純一の性格が歪み始めたのは、結局のところ命異の言うことが合っていたということなのだろう。
「だからさ、僕は結婚とやらをしてみたんだよ」
「は? だから? え? 私のせいで?」
「そうだよ。そうさ。だから僕は結婚してみたんだ。だけどやっぱり結婚はだめだった。ぜんぜんおもしろくない。よく十年もめぐちゃんはつづいたね。僕だったら退屈すぎて菌類にでもなってしまいそうだよ」
ぺろりとプリンを平らげた命異が、次に何を頼むか迷うようにタッチパネルを操作する。まだ食べるつもりらしい。
「えーっと……あんた、バカなの?」
「バカ? 俺が? 馬鹿なわけないじゃないか。こっちは真剣だぞ。こら」
こら、と握りこぶしを作ってジャブをする目の前の美形は、本当にバカなのかもしれない。成績は優秀だったし、出た大学も日本で一番頭の良い大学だったのに、どうしてこう酔狂な生き物と化してしまっているのだろうか。宇宙人だからか。
「人に言われてする結婚なんて楽しくないに決まっているじゃない」
恵が頬杖をついてジト目で命異を見る。命異は意味がまるで分かっていないのか、こてんと小首を傾げる。とうに成人した男性がやってもいいポーズではないのだが、顔立ちが抜群に良いこの異星人がやると「アリ」になってしまうのが怖い。
「あのねぇ、命異。結婚ってのは本当に好きな人としないと幸せになれないの」
「本当に好きな人……」
少し考え込んだ命異が、
「それは嘘だよ!」
と晴天のような笑顔で否定した。前のめりに倒れそうになるのをどうにか堪えて恵が見れば、だってさ、と命異はきっぱりと言い放った。
「めぐちゃんは本当に好きな人と結婚したんだろう? それなのに幸せになってないじゃないか!」
「……あんた、本当に人の傷抉るの好きね」
言葉が足りなかったか、と恵は髪を耳にかけて言う。
「お互いのことが、本当に好きな人、かな。そんでずうっと好きで居続けられる人じゃないと、きっと多分幸せになれない」
「なにそれ。めぐちゃんにも分からないんじゃん」
「そりゃあ、分かっていなくて失敗したから、こうやって不倫って形になって浮き上がってきたんだし? でも失敗を失敗で終わらせたくないのよ、私は」
珈琲を一気に流し込み、カップを机に置いた恵は「で」と話を戻す。
「あんたのスピード結婚スピード離婚は別に不倫とかそういうのではなかったの?」「いや不倫された。不倫現場にバッタリ。ベッドインしている最中さ。あ、バニラアイスこっちです」
店員からバニラアイスを受け取った命異は、またスイーツに舌鼓を打っている。不倫されて、しかも目撃したというのに、なんてこともないというように。
「ベッドインって……あんた、どうしたのよ?」
「写真撮った。地球……日本の裁判では物証が大事だとゲームで教わったからね」
得意げに、うたうように言う命異に恵は愕然とする。
「なっ、なぐりかかるとか、しなかったの?」
命異だと想像つきにくいが、普通の男だったら自分の女を寝取られたら頭に血が上るだろう。カッとなって暴力をふるったりもするかもしれない。
けれど命異はむっと唇をへの字に曲げた。
「なんだい、僕はそんな野蛮な人間じゃない。地球人の方は棍棒持ってうろついて狩りに出ていた頃と、ちっとも変わっていないようだけど」
「なにそれ見てきたみたいに言うじゃない」
「見てきたからねぇ」
さらりと言ってのける命異に恵は眉根を寄せる。
「いや、宇宙人っていうのは良いとして、あんたの成長記録をすぐそばで見てきたんだから、そんな大昔にあんたが存在するわけないじゃない」
「母体回帰さ」
「ン?」
「僕らの種族は母体という巣に帰ることで回帰するんだ。歳を取ってもまたピッチピチのベイビーがやりなおせるってこと。生体寿命の長い僕らの種族で、回帰しているやつらは7、8回くらい回帰しているんじゃないかな。ま、僕はプリンスだから特別長命で、まだ1回しか回帰していないけどね!」
もう何を言っているのか分からないが、兎に角この男の身体は一度は生まれ変わっている──産まれ直しているらしい。自分の不倫問題以外に思考を割くのは疲れると思い、恵はもう命異が何を言っても「そういうものなのか」と思うことにした。自分をプリンスって言う神経とセンスは、いかがなものなのだろうとは思うが。
「そこらへんはまぁ、宇宙人だからうまいことやってるって考えておくわ。それより、命異。あんた本当に私に協力してくれるの?」
「復讐? 勿論! 楽しそうだからね。女が怖いってところ見せてくれよ!」
ワクワク! というのを隠さない命異に、恵は生温かく微笑んだ。こいつ人の不幸を楽しみやがって。けれどそんな命異の無遠慮な明るさに助けられているのも事実だった。命異となら、この復讐もやり遂げられるかもしれない。
「それじゃ、命異。これからよろしく」
「ふふふ、僕ら今日から同盟を組むんだね。エキサイティング」
「それで、最初に何をしたらいい?」
問えば、命異は斜め四十五度のキメ顔で言い放った。
「物証を集めつつ、少しずつ、精神的に追い詰めていこうか! 峠を攻めるみたいにさ! ギリギリを攻めていこう!」
そして不倫男も女も地獄に叩き堕とすのさ、と。
語尾にハートマークでも付きそうな甘い調子で命異は言った。
その口端にはバニラアイスがべっとりついてて、本当にこいつと組んで大丈夫だったのだろうかと恵は早くも思った。
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