第2話 とうさんを探して

 あれから、とうさんは僕の前から居なくなってしまった。

 とうさんの代わりに、僕の家には知らない人が代わる代わるやって来るようになった。その人達が来る度に、僕は問い続けた。


「とうさんはどこにいるの?」

「どうしたら会えるの?」



「私も知らないんだ」

「ごめんね。今は会えないの」

「遠いところにいるんだよ」



 みんな、言うことはバラバラだった。だから僕は、それが嘘だとすぐにわかった。

 嘘だとわかってからは、とうさんを探す日々だった。保育園の先生に聞いた。小学校の先生にも聞いた。そのうち僕は、「困った時に助けてくれる」お巡りさんという人について知った。

 僕はとうさんに会えなくて困っている。だからお巡りさんに会いにいくべきだと思った。


「お父さんを探してる?」


 その日も、雨が降っていた。僕はいつものように合羽と長靴姿で、お巡りさんが居る交番というところに向かった。


「うん」

「君のことを、お父さんが探してる訳じゃなくて?」

「違うよ。僕が探してるんだ。もう一年以上会えてないんだ」


「なんだ? どうした」


 困り顔でお巡りさんが腕を組んだ時、ガラリと交番の扉が開いた。

 そこには同じ制服を着た、もう一人のお巡りさんが立っていた。


「お帰りなさい。迷子の子ども……のようなのですが、逆に父親を探していると」

「父親を? ……まさか、君……」


 合羽のフードを取り、僕はもう一人のお巡りさんをじっと見つめた。眼鏡の向こうで見開かれた瞳が、何を意味するのかは分からなかった。


「思い出した……あの時の子だ」

「あの時?」



 父と子が乗った自転車が――

 ――そう、歩行者を

 死亡――父親は現行犯逮捕され――



 目の前で繰り広げられる会話を、僕はうまく理解できなかった。次第にこちらを見つめる二人のお巡りさんの顔が、同情の色に染まっていくことだけは分かった。


「……いいかい。お父さんはね、あるところで今も元気に暮らしているよ」

「本当? どこに行ったら会えるの?」

「刑務所というところだ。お父さんは、逮捕されちゃったんだ」

「けいむしょ……? たいほ?」


 聞いたことがない言葉だった。おうちに帰ったら調べなきゃ、と僕は頭の中でその言葉を何度も反芻した。


「今の君には、まだ怖くて、難しいところだと思う。だからもう少し大きくなってから会いに行くといい」

「ほんと? 大きくなったら、とうさんに会える?」

「ああ、会えるさ」


 お巡りさんは優しい笑顔で頷いてくれた。誤魔化され、嘘ばかりついてこられた僕にとって、その答えは大きな救いだった。

 僕はお巡りさんの話に従った。大きくなるのを待って、待って、待ち続けた。

 具体的に何歳になればいいのかわからなかった。けれど成長痛であちこちがぴきぴきと痛んだし、刑務所がどういうところなのかや、逮捕とは何なのかも、僕は理解していた。

 その頃にはお手伝いさんも必要なくなって、僕は日常生活の全てを一人でこなせるようになっていた。

 寂しくはなかった。とうさんにもう直ぐ会える――そんな期待で、胸がいっぱいだったからだ。

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