3 「よかったら理科室の場所、教えるよ」

 名浜さんが転校してきて一週間が過ぎた。


 初日は、名浜さんの周りにはたくさんの友達が集まって、いろいろ話をしていた。結局僕は一言も話をすることができなかった。

 けれど、一週間も経つとそれもずいぶん収まってきた。


 彼女は特定の誰かと仲良くなることもなく、だれとでも分け隔てなく接していた。ちょっと言葉遣いが独特だったけど、それもみんな慣れてきたみたいだ。


 隣の席に一人でいることも多くなった名浜さんだったけど、僕は簡単な挨拶ぐらいしかできなかった。どうしてだろう。


 あまりにも可愛過ぎて、ドキドキしてしまうから?

 変なことを喋って、おかしな奴と思われるのが怖いから?


 とにかくこの一週間、僕は隣の席にいる名浜さんのことを意識し過ぎて、ちょっとフワフワした気分が続いていた。


「おーい、ゴウくん。大丈夫? 最近ボーッとしてることが多くない?」

「え?」


 タッくんの声に、はっとした。気がつくと僕は、理科の教科書とノートを持って廊下を歩いていた。理科の授業は理科室であるから、教室から隣の校舎の三階まで移動しないといけないんだ。


「僕、ボーッとしてる?」

「うん。隣に名浜さんがきてから、様子がおかしいよ」

「そそそそ、そんなことないよ」


 明らかに声が上ずった。なんとか話題を変えないと。


「そういえばタッくんも名浜さんのこと、あんまり話さなくなったね。転校初日はすっごくテンション高かったのに」

 結局話題は名浜さんのことになってしまった。

 しまった、意識しているのがバレたかなと思ったけど、タッくんは神妙な顔つきで話してきた。 

「いやぁ、名浜さん。確かに超絶カワイイけどさ、マジで魔王なんだよ。言葉遣いとか、態度とか」

「そうなの?」


「隣にいて気付かない? 最初はみんな美人だから近づいてたけどさ……最近ちょっと引いてるよね」

「そうなんだ……」

「なんか、悪魔の契約を結ばれるとか、意地悪すると魔法で仕返しされるとかいろいろ噂が広まってるよ。ゴウくんも気をつけな」

「……まさかぁ」


 確かに自分で名は魔王だ! とか言ってたけどさ、本当に魔王なわけないじゃない。魔法っていったってさ、まさか鉛筆を持って、魔法の杖代わりにするとか?

 って、ふと自分が筆箱を持っていないことに気がついてしまった。ぼーっとしていたのか、どうやら忘れてしまったらしい。


「タッくん、ごめん! 教室に筆箱を忘れたから先に行ってて!」

「やっぱりぼーっとしてるじゃん! 休み時間あと少しで終わりだから、遅れないようにね!」


 僕は一人教室へと早歩きで戻った。


「あれ……名浜さん?」

 誰もいないはずの六年一組の教室に戻ると、名浜さんが一人座っていた。僕は思わず、声をかけてしまった。


「ん? おお、結城ゆうき恒河沙ごうがしゃじゃないか。私に何か用かな?」

 あ、僕の名前……覚えていてくれたんだ。

 それだけで嬉しくなる。

「ははっ、僕は筆箱を忘れちゃって……それより、名浜さんは理科室行かないの? 遅れちゃうよ」

「理科室?」


 名浜さんの机の上には理科の教科書とノートが置いてあったから、次の時間が理科だということはわかっていたみたい。

 もしかして、理科の授業が理科室であるってことを知らなかったのかも。


「理科の授業は理科室であるんだ。よかったら理科室の場所、教えるよ。一緒に行かない?」

 つい僕はそんなことを口にしていた。しまった。嫌がられないかな? もしかして、何か事情があって一人残っていたとか、友達を待っていたとかだったかな?


「ごっ、ごめん! 余計なお世話だった……?」

「いいや」

 名浜さんは僕を見て、にこりと笑った。



 ズキューン!



 そんな彼女の顔を見て、僕にまた、天使の矢が刺さってしまった。

 か、かわいい!

 みんなは名浜さんのことを魔王だとか言うけど、僕にとっては天使だ。


「では、お言葉に甘えて、理科室まで案内してもらおうかな」

 自分が言い出したことではあるけれど、まさかまさか、名浜さんと一緒に理科室に行くことになってしまった。

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