4 「君はここまで馬鹿にされても、黙ってやり過ごすのか?」
――仲良くすると悪魔の契約を結ばされるとか、意地悪すると魔法で仕返しされる。
タッくんがそう言っていたのを思い出したけど、そんなの嘘っぱちに決まっている。僕はふわふわとした足取りで、名浜さんと横並びになって廊下を歩く。
隣を歩く名浜さんは、僕よりも背が高い。
ちょうど僕の目の高さに名浜さんの耳があって、そこに綺麗な黒い髪の毛がかかって、さらさらと揺れる。そして、ふわっといい匂いがする。
「どうした? 私の髪に何かついているか?」
名浜さんが僕の視線に気づいた。
「えっ、あっ、いや……!」
じろじろ見つめて気持ち悪いとか思われたかもしれない。何か、何か上手な言い訳をしないと! そう思えば思うほど、何も言えなくなる。
そんな僕を見て、名浜さんが笑った。
「はっはっは。私の耳に興味があるのか? 面白いな、結城恒河沙は!」
僕は恥ずかしくて、なんと返事をしていいかわからなかった。
すると。
「おぉ? ガチャじゃねぇか、久しぶりだな!」
「ガチャだ! ガチャ!」
前から嫌な声が聞こえてきた。
「誰だい? そして、ガチャって何のことだ?」
名浜さんが尋ねてくるから、あんまり言いたくないけど、説明することにした。
「五年生の時に同じクラスだった山田太郎と田中三郎。ことあるごとに僕の名前をガチャと呼んで馬鹿にしてくるんだ」
「ほお、山田に田中……ね」
「おっ、ガチャの隣にいるのは噂の魔王じゃないか! 確かにカワイイけど、魔王ってだけでドン引きだわ!」
「ガチャがガチャを引いたらハズれましたってか!」
学年が上がりクラスが変わって、もう関わることもないと思っていたんだけど……。会ってしまうと、やっぱりこうやって馬鹿にされてしまうのか。
しかも今回は名浜さんのことまで「魔王ってだけでドン引き」とか「ハズレ」だとか。さすがに転校してきたばかりの、しかも女の子にまで意地悪をするとかありえない。ありえないけど……言い返せない。
「おい、なんとか言えよガチャ!」
「魔王はスーパーレアか? それともノーマルか?」
言い返したら、この二人はすぐに手を出してくる。これまで何回も痛い目に遭ってきたんだ、無視するのが一番。無視するのが一番なんだ。
僕は下を向いて山田太郎と田中三郎に目を合わせないようにして、二人の横を通り過ぎようとする。
「ちょっと待て」
僕は右腕を掴まれた。
びくっとして振り返ると、名浜さんが僕の腕を握っていた。
「結城恒河沙、君はここまで馬鹿にされても、黙ってやり過ごすのか?」
いつものかわいい名浜さんじゃない気がした。怒った目をしていて、口調もいつもよりもきつい。
「私は……許せないな」
名浜さんは山田太郎と田中三郎の前に立つ。
「な、なんだよ。俺たちに何か文句あるって言うのかよ!」
「ああ、あるね」
自分のことをハズレだとかノーマルだとか、ゲームのガチャと同じ扱いをされて怒っているんだろう。なんだか、名浜さんの体が少し震えているようにも見えた。
「結城恒河沙の名前をガチャだどうだと馬鹿にしているようだが……山田太郎と田中三郎……お前らは自分の名前がごくごく平凡なものだという自覚はないのか? ガチャでいうところどノーマルじゃないか」
ぷっ! 名浜さんの言うことはもっともだ。つい笑ってしまって、その後に気づいた。
あれ、名浜さんは自分のことに怒っているのではなく、僕のことを怒ってくれている?
「私の友達を馬鹿にするような真似は許さん。二度と結城恒河沙の名をガチャと呼ぶな……
「うるせぇ! ガチャはガチャなんだよ!」
「何度でも呼んでやるよ! ガチャガチャガチャガチャ! お前、魔王のくせに生意気だぞ!」
山田太郎と田中三郎は怒って、名浜さんに向かって拳を振り上げた。やばい! まさか女の子に向かって手をあげるなんて! 僕は思わず名浜さんの前に立った。殴られるのを覚悟で、歯を食いしばって目を閉じた。
あれ……。痛くない。
目を開けると、山田太郎と田中三郎の手は空中で止まっていて、二人は苦しそうな顔をしていた。足が内股になって、まるでトイレを我慢しているように見えた。
「……ぐっ、急にお腹が……」
「もっ……漏れる!」
「お前たちが結城恒河沙のことをガチャと言おうとすると、お腹を壊す呪いをかけておいた。いいか、二度とガチャなどと口にするな」
名浜さんがそう言うと、二人は殴りかかろうとした手でお腹を抑え、近くのトイレに早歩きで行ってしまった。
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