知らない人がたくさんいる……?

 ────えっと、何年なんだっけ? 陸が小学一年生になる頃は四年後……?

 幸か不幸か、ちょうど薬の開発と製造が間に合うタイミングかな……?

 まあ、それはそれで楽しみになるかなあ。


 ……ん? あれ、わたしまだ意識がある?

 もしかしてわたし……まだ意識があるの⁉︎ 麻酔に失敗してたってこと⁉︎

 やだ! やだー! 意識があるまま氷漬けにするのは勘弁してください!

 そんなの絶対寒いで済まされないじゃん! 

 急いで一旦止めてもらわないと!


「ス、ストーップ! 起きてます! 起きてます! 麻酔が効いてません! 中止! 一回止めて下さい!」


 さも恐ろしい結末を想像してしまったわたしは、寝ていたはずの身体を全力で起き上がらせて、恥ずかしげもなく大声で助けを求めて思いっきり叫んだけれど……あれ? ここ元の病室?

 いや、なんか色々と違うような……。


「姉さん?」

「…………誰?」


 助けを求めることに夢中で気付かなかったけれど、どうやらベッドの隣にはわたしより少し年上なのかな、かっこいい男の人がいて──ん? 姉さん?


「……あー、俺だよ、俺。陸人」


 陸人? あの泣き虫だった陸人?

 いやいや、いくらなんでも数年でここまで背が伸びるわけないでしょ。


「えーと、病気からコールドスリープから、全部仕込みの……ドッキリでした?」

「いやいや、姉さんはちゃんと寝ていたんだよ! 想定外のことがあったとはいえ……とりあえず先生を呼ぶから! あと父さん達も!」


 ……え、えええええええ? 本当にあの陸人なの?

 なんか麻酔も効いていた気がしないし、なんなら泣いていた陸人を見ていたのも体感ではまだ数分前なんですけれど。

 ちらっと近くにあった鏡を見てみると、……うん、間違いなくコールドスリープする前と何一つ変わっていない姿のわたしが鏡に映っている。

 だから、コールドスリープが終わった感覚が一切ないよ……!


「陸人くん? どうしたの……?」

「大崎さん! 姉さんが目を覚ましたんです! 俺は皆を呼んでくるんでお願いします!」


 ナースコールをした後、謎の男の人は大急ぎで病室から出て行ってしまった。

 そして入れ替わるように部屋に入って来たのは、男の人から大崎さんと呼ばれていた、綺麗な女の人だった。

 ……え? 大崎さんって、まさか、しののことじゃないよね……?


「ちなちゃん……? ちなちゃん!」

「え? え? もしかしてしのなの?」

「そうだよ! ずっと待ってたんだから!」


 わたしより一回り以上大きな体に包まれるけれど、わたしのことをちなちゃんって呼ぶのはこの世でただ一人、大宮忍、しのだけだ。


「ほ、本当に本当? わたしの知ってるしのはもっと背も小さくて、髪も短かったんですけれど……? そっくりさんとかでもなく?」

「そんなわけないよ! ……信じられないかもしれないけれど、私は大崎忍! ちなちゃんの一番の親友だよ!」

「本当に……しの、なの?」


 改めてわたしと彼女は目を合わせる。

 きちんとお化粧をしていたり、すっかり大人になって顔つきも変わっていて手には──うん、わたしは何の根拠もないまま直感的に、彼女を大崎忍であると認識した。

 でも、たった数年でしのがこんな美人になるなんて——と考える間もなく、大きな音を立てながら病室のドアが再度開いた。

 ドアの向こうにいたのは、見慣れない学校の制服を着ていた、おそらく高校生ぐらいの女の人。


「——お姉ちゃん⁉」

「ええと、しのの妹?」

「……酷い、私だよ、渚だよ!」

「渚か~、大きくなって…………へ? 渚?」


 困惑する間もなく、見慣れない女の人は自分のことを渚だと名乗った。

 いや、渚もまだ四歳で、数年じゃこんなに成長しないはずなんですけれど……?


「……ちょっと、待ってくれよ渚姉さん」


 続けてさっきの男の人も病室に戻ってきて、渚と名乗る人を空姉さんと呼ぶ。

 ……え? じゃあ、このかっこいい男の人が陸人なの?


「ちょっと皆さん落ち着いて下さいね、……えっと、この超美人になったのがしのちゃんで、そちらのかわいい女子高生が渚、お隣のかっこいい男の人が陸人……であっておりますでしょうか?」


 わたしがそう尋ねると、三人は即答で頷いた。


「……続けて確認させていただきたいんですけれど、渚? わたしと最後にした会話、覚えてる?」

「うん、今でもちゃんと覚えてるよ、姉の——ごめん、やっぱり忘れちゃった」


 渚と思われる女の人は、覚えていても有言実行する気がないからなのか、言葉を途中で呑み込み、忘れたという嘘をついた。


「……じゃあ陸人? 最後までやだやだって泣きじゃくってたのは覚えてる?」

「い、いつの話だよ……。俺はきちんと覚えていないけれど、渚姉さんから見舞いの度にしょっちゅうそれでからかわれるから……」


 陸人と思われる男の人はかなりバツが悪そうに、顔を赤くしながらそう答える。

 ……え? じゃあ本当にあの小さかった渚と陸人なの?


「……えっと、お父さんとお母さんは仲良くしていらっしゃいますか?」

「お姉ちゃん、落ち着いてって。変な敬語になってるよ? 二人もすぐに来てくれると思うし、あれからずっと仲良くしているから心配しなくていいよ」


 ……! それはとても良かった! 正直一番心配だったから……。


「それは一安心。……じゃなくて、なんでみんな一気に成長してるの? たった三年ぐらいで——」

「ちなちゃん、三年じゃないの」


 困惑しているわたしの目を見ながら、しのはどこか覚悟をしたような眼でわたしのことを見つめる。


「三年じゃないって、まさか……」

「……今日は2081年、12月11日。……あれから約十一年経ってるの」


 ……いや、わたしはなんとなく察していたはずだ。

 陸人がわたしの目覚めに反応して、姉さんと呼んで来てくれた瞬間から。

 でも、分かってはいても認めたくなかったんだろう。

 想定の倍以上の時間、わたしが眠っていたという残酷な事実を。

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