2070年2月8日-②

 ……わたしが長い眠りに着くまであと十数分。

 わたしはすでに物々しいベッドで横になっているけれど、これから麻酔で眠らされて……まあそこら辺はあまり想像したくないから省略するとして、今のわたしが今のお父さんとお母さん、妹の渚と、弟の陸人と話せる時間ももうあまりない。


「お姉ちゃん、……あたしがもし、お姉ちゃんを追い越しちゃったらどうする?」

「えー、年上の妹かあ。その場合面倒だから姉の座を譲ってあげてもいいかなー。まあ、起きるまで大体二、三年らしいからそれはないだろうけど」


 わたしの妹、穂坂渚。

 わたしとは年が大分離れていて、再来年から小学校に通うんだけど……一緒に学校に行きたい! って言ってくれてたこともあったっけなあ。


「……でも、さびしいよ」

「ありがとう。じゃあさ、わたしがいない間、陸人とお母さん達のことよろしくね、前みたいになったら──」

「おねえちゃん!」


 ぐふっ! ベッドに寝ているわたしの上に、いきなり弟の陸人が乗っかってきた!

 もう三歳だから、いきなりのしかかられると大分重い……。


「り、陸人……い、一旦どいて……?」

「やだ! やだ!」


 陸人も幼いながらになんとなく、わたしと会えなくなることが分かっているのだろう。さっきからずっと涙を流して鼻水をすすっている。


「……駄目! ちょっとの間だけだから、渚お姉ちゃんを頼ってあげて」

「やだ! ちなみおねえちゃんのほうがすき!」

「陸人ー? ちょっとおねーちゃんとお話をしようか? こわーくないお話」


 陸人の発言にムカっと来たのか、怒り気味の渚が陸人をわたしから引きはがして、ベッドから降ろしてくれた。

 ……うん、陸人のこと、ちょっとの間だけよろしくね。渚。


「じゃあ次は……お父さんとお母さん⁉︎ しつこいけれどもう一度同じ事を言うからね!?」

「「はい!」」


 ベッドから少し離れたところで、わたしはお互いに距離をとって、気まずそうに座っているお父さんとお母さんに声を掛ける。


「じゃあまずお父さんから」

「な、なんだ、千波……?」

「言われのない疑念をかけられて腹が立つのはしょうがないけれど、……もうあんなことしちゃ駄目だよ。わたしだってあの時、頭真っ白になっちゃったもん。次、お母さん!」

「は、はい!」

「……お父さんが手を出した事はいけないことだと思うけれど、少しづつでもいいから許してあげてほしいんだ。元を正せば二人とも悪いけれど、二人のどちらかが悪いって問題じゃないんだからさ」


 わたしのお父さんとお母さんは、実はただいま絶賛別居中。

 原因は約一年前、お母さんがお父さんの浮気の証拠を掴み、執拗に問いただしたところ、ムキになったお父さんがお母さんに手を出してしまったから。

 それにショックを受けたお母さんは幼い空と陸を連れ出して、わたしはお父さんの元で別居していた。

でも幸か不幸か、わたしの病気が発覚するのと大体同じ時期に、会社で優秀で人望があるお父さんを陥れようと、第三者が企んだ事件だったことが発覚したんだ。

 今思い出しても本当に腹が立つけれど、お母さんが掴んだ証拠も、掴まされたでっち上げの罠で、一から十まで完全に仕組まれたものだった。

 それからわたしの病気のこともあり、五人でいる時間も段々と戻せるようになったけれど、お互いに負い目があるお父さんとお母さんは気まずいまま。


「……分かったわ。もし何があっても、千波が目覚めるまではお父さんと一緒にいるから安心して」

「千波、今まで自分の心配もろくにさせてあげれず、本当にすまない。渚と陸、……お母さんも千波が寝ている間は守るから」


 ……大人って面倒だなあ、こんなきっかけがなければ素直になれないだなんて。


「……じゃあわたしからは以上! 先生! いきなりですが麻酔をお願いします!」


 「ええ⁉」と、唐突な催促にわたし以外のみんなが驚くけれど、……わたしもわたしでこれ以上先延ばしにされるのは怖いんだから!


「お願いします! これでも結構怖いんで!」


 担当の先生がかなり困惑していたから、わたしは都度催促をする。


「じゃあ、ちょっとだけ待っててね──」


 そして麻酔が体の中に入るけれど──怖い、どんどんと意識がどこかへ遠のいてしまう。


「──おねえちゃん! おねえちゃん!」


 遠のく意識の中、陸人の泣いている声がわたしの頭の中にこだまする。

 起きたあとに思う存分からかってやろう。

 

 ……いや待って、コールドスリープの期間次第では、よく考えたら渚と陸、わたしの三人で兄弟仲良く同じ学校に行くのも夢じゃないのか。

 ──えっと、その場合わたしが何年──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る