1話
2070年2月8日
「いよいよ……今日かあ」
2070年2月8日、日本でも有数の大きな病院の中庭にあるベンチで、わたしは体をぶるぶると震わせながら、一人寂しく日光浴をしていた。
……正直、日光があっても寒くて寒くて仕方ない。当たり前だけど。
でも、もしかしたらこれがわたしが浴びる最後の日光になるのかもしれないと思うと、寒いのは嫌だけれど、まだまだ日光が浴び足りないなと思えてしまって仕方がない。
わたしは少し前に、ふとした体調不良をきっかけに新種の難病を患っていることが発覚してしまい、それからは学校を休んでずっと入院をしている。
だから、これからわたし、穂坂千波は——
「——ちなちゃん! なにやってるの⁉︎」
一人でぼんやりとする中、聞き覚えのある女の子の声が中庭に響く。
おかしいな、声の主と思われる、学校で一番の友達であった同い年の大崎忍ちゃん、しのとももう会えなくなっているから、声が聞こえるはずがないのに。
でも、確かにわたしの耳にはしのの声が聞こえ、目にはしのが見えている。
「──しの⁉ どうしたの?」
「どうしたの? ……じゃないよ! なんで何も言ってくれないの⁉」
「え~、だって……もう会えないかもしれないからさ」
わたしが患っている病気は、世界中でも症例が両手で数えられる数しかいない上、子どもの症例はわたしが初めてのケース。おまけに現状まだ治療方法がなく、最終的には……病を患った人の命を短い間に確実に奪う病気。
それを知った時のわたしは、ショックでそのまま倒れてしまったりして、つい最近まで自暴自棄になってしまっていたりもしていた。
そういう事情もあって学校のみんなや、それこそ一番の親友であるしのにはなにも明かさず、ちょっとした病気で入院している……と嘘をついて、何も言わずにこのまま有耶無耶にして、別れてしまおうとしていたはずなのに。
「今朝、ちなちゃんのお母さんから連絡があったんだよ! ……ちなちゃん、これからコールドスリープで、何年か眠っちゃうんでしょ⁉」
お母さんが気を回してくれたんだ……、と思う間もなく、しのから聞いたコールドスリープという単語を聞いたわたしは、無自覚に体を固くさせてしまう。
コールドスリープ、……漫画やアニメとかでもたまに出てくる、まあ簡単に言ってしまえば人を歳をとらせずそのままの状態で冷凍保存させることができる技術。
つい数年前に実用化できることが判明して以来、世界中で大騒ぎになったけれど、いざ使えるとなっても費用が高すぎたり、望む人全てがコールドスリープする資源も管理する人もいないという問題点が次から次へと出て来てしまったり、指摘されたりで、使えはすれども使い道が難しすぎて、使用するためのハードルが高すぎるという事が明確になり、特に使われない無用の長物になりかけていた。
でも、世界……名前は忘れたけれどなんとかって組織が決めた条約で、今後数年以内に確実な治療方法が確立または用意できる場合に限り、対象者のコールドスリープを認可することができることになった。
そう、実はわたしの難病の治療に必要な薬は製造に時間がかかるけれど、逆に待ってさえいればコールドスリ―プ中の投薬で、確実に治療することができる。
そのため、実質的な特例兼被験者という形でわたしのコールドスリープは認められたんだ。
……とはいえ、今も着実に病気は進行していて、周りの人から見た今のわたしは一見元気で、わたしも言われないと病人だと分からない程だけれど、悠長に治療薬の完成を待っていたら治療が不可能になるかもしれないらしい。
「二、三年年ぐらいね。……そうしたらしのはもう中学生だし、小学生のままのわたしとは友達でいられないでしょ?」
「そんなことはない——なんて言い切れないけれど、そうしたらちなちゃん、家族の人以外誰もいない、一人ぼっちになっちゃうじゃん! だから待ってるよ!」
しのは涙を流しながらそう答えてくれたけれど、……いざ自分から捻くれた事を言って引き離そうとしていたのに、こうして真っ向から否定されるとわたしの方が恥ずかしい。
だって、もしわたしとしのの立場が逆でも、わたしはしのと同じことを言っただろうから。
「……ありがとう。今の言葉、責任持っててね? 一応今だってビビッてるんだからさ」
「……うん! 毎日お見舞いに来るから!」
「そこまでしなくていいよ! ……その代わり、わたしが眠っていた間の事、わたしが起きたらいっぱい教えてね。しのは中学生になってるから部活とか勉強、後は……彼氏とか?」
「勿論! でも、彼氏は無理そうだけど……」
「しのはかわいいんだから大丈夫だって。今だってしののことが好きな男子だっているんだからさ~」
しのなりの謙遜なのかもしれないけれど、同じ女子からしても、わたしと違ってしのは控えめなところこそあれど、充分かわいくて綺麗だから、それこそ数年後に彼氏がいないのは……とてもじゃないけど想像できない。
「え⁉ そうなの⁉ ……ってなんでちなちゃんが知ってるの?」
「え~、だってその男子の反応一つ一つが分かりやすいから……って、本当に気づいてなかったの⁉」
逆にわたしはしのの反応につい驚いてしまい、大きな声を出してしまった。
自分でも無自覚な程大きな声だったのか、病室から脱走したわたしを探していたであろう、看護師の人や家族がこっちに向かって走ってきてしまった。
「げ、見つかっちゃった……しの、待っててね」
「うん。……またね、ちなちゃん」
一番の親友であるしのを、呼ぼうと思えば呼べたのに呼ばなかった一番の理由、それはコールドスリープにつく瞬間のわたしを見られたくなかったからだ。
わたしなりのわがまま、というよりプライドなのかな。病人としてではなく、最後まで一人の親友として接し続けたかったから。
しのもそんなわたしの思いを察してくれたのか、手を振って、わたしの視界から去って行った。
……さて、わたしも次の覚悟を決めなきゃね。
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